第6話
次の定休日――。
朝起きると約束通り、テーブルにずらりとケーキやクッキー、紅茶が並んでいた。店ではなく私とロザリーが生活している二階のリビングのテーブルにだ。
席についたロザリーはケーキを一口、口に入れたところで目を丸くしてかたまった。そのまま。私が話し終えて口をつぐむまで結局、フォークをくわえたままだった。
「えっと、つまり……」
ロザリーの口からぽろりと落ちたフォークがテーブルの上で跳ねる。
「私は魔王で、タリアは勇者で、千年を生きるバケモノで、タリアは人生二度目で、私は魔王にならなかったし、タリアも勇者にならなかったけど、千年を生きるバケモノにはなっちゃってたってこと?」
こくりとうなずいてロザリーの言葉を肯定する。
窓から差し込む光を映してフォークがオレンジ色に染まる。朝から話し始めたのにもう夕暮れだ。本当に一日がかりになってしまった。
どんな反応が返ってくるのか。テーブルの上で握りしめた自分の手から視線をあげることができない。
そんなの妄想だよと笑われるだろうか。頭がおかしいと気味悪がられるだろうか。距離を置かれるだろうか。一度目の千年では殺し、殺された相手だ。怖い、近寄らないで欲しい、関わり合いたくない。そう言って拒絶されてもおかしくない。
「前から時々、感じることがあったんだよね」
不安から顔をあげられずにいた私はため息混じりのロザリーの声にようやく顔をあげた。見ればロザリーは真っ直ぐに私を見つめている。宝石のような赤い瞳と目が合った。
「私を見て、私と話をしているはずなのに、私じゃない誰かを見ている気がするなって。そういう時、タリアはきっと私の後ろに透けて見える一度目の千年の私の話をしていたんだね」
そう、なのだろうか。
首を傾げる私を見てロザリーは困ったように笑う。
「なんだか妬けちゃうな」
ぽつりとつぶやいてうつむいたあと、ロザリーは黙り込んだ。気まずい沈黙にオロオロする私をよそにしばらく考え込んでいたかと思うと勢いよく顔をあげた。
「ねえ、タリア。タリアは一度目の千年の私に記憶を託されて、その記憶を見たんだよね」
「ん? あ、ああ」
「その記憶って私も見れない?」
あごに手をあてて考える。
一度目の千年の魔王の記憶を閉じ込めた深紅色の宝石は今、神のもとにある。ロザリーにも記憶を見せることができるのか、神に聞いてみなければわからない。
ならば――。
「少し待っていてくれ。聞いてくる」
「聞いてくる?」
あたりを見まわす。
そういえば最近、ロザリーが包丁を買い換えたいと言っていた。店で使っている包丁ではなく二階で使っている包丁だ。
「これは捨てて新しい包丁を買うことにしよう」
つぶやいてキッチンに置いてある古くなった包丁を手に取る。
そして――。
「タリア……タリア!?」
自身の首の動脈があるだろう位置を真横に掻き切った。
***
「聞いてきた。神が言うにはロザリーも一度目の千年の記憶を見ることができるそうだ」
むくりと起き上がった私を涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をしているロザリーが凝視する。
なぜ、ロザリーは大泣きしているのだろう。なぜ、二階のキッチンで死んだはずなのに自分のベッドに横たわっているのだろう。
状況を呑み込もうとあたりを見まわしていた私は――。
「そう言えば勇者って何度死んでも魔王を殺すまで生き返るバケモノなんだっけ」
ロザリーの低く震える声に背筋を伸ばした。
「……ロザ、リー?」
「だからって普通、いきなり自分の首を掻き切る!? 死んだりする!!?」
「うぶっ」
身構えていた私の顔面に濡れたタオルが叩き付けられた。
「普通はしないかもしれないが私の場合は何度死んでも生き返るとわかってい、うぶっ」
「生き返るとわかっていてもあんな躊躇なく自分の首を掻き切ったりしないでしょ! 何の説明もなしにあんなことされたらビックリするでしょ! ビックリし過ぎて私の心臓、止まっちゃうでしょ!」
「いや、だが、少し待っていてくれと、うぶっ」
「その一言だけで伝わると思ったら大間違いだから! 何の説明にもなってないから!」
ロザリーに怒鳴られ、何度となく濡れたタオルを顔面に叩きつけられ、私は鼻を押さえてうなだれた。
一度目の千年の時もそうだったが神のもとに行けるのは死んだ時だけだ。だから、ちょっと死んで、ロザリーにも一度目の千年の魔王の記憶を見せられるのか、ちょっと聞きに行ってきたのだ。
ただ、私にとってはちょっとのことでも今日、初めて一度目の千年の話を聞いて、まだ呑み込みきれていないロザリーにとってはとんでもないことだったらしい。
「タリアの感覚、ちょこちょこおかしいなとは前から思っていたけど! 今日、その理由もなんとなくわかったけど!」
「感覚が……おかしい」
「でも、お願いだから二度とこんなことしないで! こういう! 頭のおかしいこと! 絶対にしないで!」
「頭の……おかしい」
ロザリーにとってはというより世間一般的にとんでもないことだったらしい。突き付けられた現実にうなだれながらこくりとうなずく。
「わかった。次は事前にロザリーに話をして、死に方や死に場所も相談した上で、うぶっ」
「そもそも死なないで! 生き返るとしても死なないで! いい!? わかった!!?」
「……」
ロザリーに濡れたタオルを叩きつけられ、ピシャリと叱られてますますうなだれる。
一度目の千年で私が死ぬときは魔王や魔獣に殺されたとか、危険な道を行かざるおえなくて崖崩れに遭ったとか、そんな理由ばかりだった。その場にいるのは私一人、あるいはその場で生き残ったのは私一人という状況ばかりだった。私が死ぬところ、生き返るところを見ている人なんてほとんどいない。
もし、見ている人がいたとして、勇者で、千年を生きるバケモノの私が死んで生き返ったことを気にするよりも仲間や家族の死に打ちひしがれ、泣き崩れる人ばかりだった。
だから、こういう反応をされるとは考えもしなかった。考えもしなかったということ自体が、ためらいなく死ねるということ自体が、もうバケモノなのかもしれないけれど。
とにかく、こういう反応をされるとは思ってもみなかったのだ。
「本当にもう……すごくすごく心配したんだから! 生きた心地がしなかったんだから!」
私の手を握り締めて、私の胸に顔を埋めて、いつまでもグズグズと泣いているロザリーの金色の髪を撫でながら不謹慎にも笑みをもらしてしまう。うれしいと思ってしまう。
そして、うれしいと思うと同時に不安に思う。
「それで神様はなんて?」
一度目の千年の魔王としての記憶を取り戻したロザリーは今のままのロザリーなのだろうか、と。
「……っ」
一瞬、言葉をつまらせ――。
「……私の時と同じだ」
努めて平静を装ってそう告げた。
「寝ている間に一度目の千年の魔王の記憶を深層意識に送る。千年分の記憶すべてを送り終えたらその記憶を見られるようになる。私の時には十二年ほどかかったが……」
しかし、それは親とは名ばかりのロクデナシのもとにいてろくに寝ることも許されなかったからだ。今の私とロザリーは実に健康的な生活を送っている。
きっと――。
「今の生活なら十年ほどで見られるようになるはずだ」
腕組みをして私の話を聞いていたロザリーがふむふむとうなずく。かと思うとパン! と手を叩いた。
「十年なんて待ってられない! 一度目の千年のタリアと私のことが気になって気になってとてもじゃないけど待ってられない! ので!」
「ので?」
「お店の営業時間を短くしようと思います! あと、お休みも増やそうと思います!」
生活に困っているわけではない。だから、営業時間を短くしても、休みを増やしても、なんなら店を閉めてしまっても構わない。
ただ――。
「私が作ったお菓子をおいしそうに食べてくれる人たちの笑顔が見たくて、裏口にやってくる子供たちの笑顔が見たくて、お店をがんばっていただけ」
そういうことなのだ。
ロザリーが楽しそうに菓子を作って、楽しそうに店に立っていたから続けてきたのだ。その店の営業時間を短くして、休みも増やして、それでロザリーはいいのだろうか。
深紅色の瞳をのぞきこんで真意を探ろうとする私をよそに――。
「あとタリアといっしょにお店に立って、働いて、タリアを独占したかっただけ」
ロザリーはさらりと付け加えた。
その理由は知らない。店を続けてきた理由にそんな理由があるとは聞いていない。
「お店の営業時間を短くしたことでタリアの自由時間が増えて、私の知らないタリアの時間が増えるのが許せなかったんだけど」
「……許せない」
反応に困ってオウム返しにするだけの私をよそにロザリーは自身の発言に何の疑問も抱いている様子もなく、大真面目な顔で話を続ける。
「私の知らないタリアの時間が千年分もあるなんてそっちの方が耐えられないもの!」
「……なる、ほど?」
ガシリと拳を握りしめるロザリーの言葉に聞き返したい点は山ほどある。でも、何をどう聞いていいのかわからないので一点だけ聞くことにした。
「つまり、できるだけ早く一度目の千年の記憶を取り戻したい。だから、睡眠時間を確保するために営業時間を短くするということだな。……そんなに寝てばかりいたら眠れなくなるんじゃないか?」
我ながら一番どうでもいいことを聞いたな、と思う。聞かれた当のロザリーはと言えば力強く、それはもう力強く宣言した。
「大丈夫! 根性とタリアへの愛で寝て、寝て、寝まくって、一秒でも早く一度目の千年の記憶を取り戻してみせるから!」
「……そうか」
そんなに力いっぱい、寝まくる宣言をしなくてもと苦笑いする私の額にロザリーがキスを落とす。早速、寝まくるつもりなのだろう。おやすみのキスに私はさらに苦笑いを深くした。
でも――。
「早めに千年の記憶を取り戻して、この先、どうするかも考えないとだものね」
ロザリーの言葉に一瞬で現実に引き戻された。
そうだ。
いくら国境近くで人の出入りが激しい街とは言え、三十年も四十年も容姿の変わらない人間がいれば気味悪がられる。すでに長く暮らしている近所の人たちからは避けられ始めている。ウアラやウゴナも不審に思っている。
できるだけ早くこの街を出なくては。この街を出て、この先、どうするかを考えなくては。
なにせ、私とロザリーは千年を生きるバケモノなのだから。




