第5話
ロザリーが調理、私が接客を担当している小さな店はケーキやクッキーと言った菓子類を中心に紅茶やコーヒー、軽食を提供している。ケーキやクッキーは持ち帰りも可能だ。特に日持ちする焼き菓子は子供へのお土産として買って帰る人が多い。
営業時間は朝八時から、昼休憩をはさんで夜十九時まで。
その昼休憩中に昼食で使った調理器具や食器を洗っていた私は裏口から顔をのぞかせる二人の少女に気が付いて目を細めた。七才になる二人は仲良く手をつないで私とロザリーが忙しそうにしていないか、邪魔にならないかと様子をうかがっている。
「ロザリー」
「なぁに?」
声をかけると店のテーブルで作業していたロザリーが笑顔で振り返った。でも、裏口の少女たちに気が付くなり目尻を下げ、作業の手を止めてイスから立ち上がった。
「いらっしゃい、ウアラ、リン。ちょっと待っててね」
ウアラとリンと呼ばれた二人の少女はこくりとうなずくといつものように裏口のたたきに腰掛けた。
形が崩れてしまったり焦げてしまったりして店に並べることのできない菓子を裏口にやってくる子供たちに配るのは店を始めて以来、ロザリーがずっと続けていること。寂れた神殿の薬草や水晶のおかげで金に困ってはいない私たちが店を続けている理由のようなものだ。
時間を問わず裏口のドアをノックするのはスラム街で生まれ育った子供たちだ。
「焦って食べないのよ。大丈夫。ここでは誰も取ったりしないから」
裏口のたたきに腰かけてロザリーが渡したクッキーをせっせせっせと頬張るウアラとリンもスラム街で暮らす少女だ。ウアラが最初に来て、いつからか、ウアラに手を引かれるようにしてリンも訪れるようになった。
二人とも、体は小さく細く、着ている服もボロボロだ。
ただ、ウアラは他のスラム街の子供に比べたら綺麗な肌をしている。色つやがいいということではない。ケガやアザが少ないということだ。ないわけではない。でも、ウアラは母親のウゴナに大切に育てられているのだ。
「ウゴナは今日も来れないの?」
「うん、今、お仕事」
「なら、あの子にも持っていってあげて。タリア、紙袋を持ってきて」
「わかった」
「ありがと。ママ、ロザリーのクッキー、大好きだから喜ぶ」
口一杯に頬張ったクッキーを飲み込んだ後、ウアラはにっこりとロザリーを見上げた。そんなウアラの隣でリンは黙々と、無表情で割れたクッキーをほお張っている。スラム街にはこういう表情の乏しい子供が多い。ロザリーも、一度目の千年の時の私も、リンと同じ年の頃には同じように表情に乏しかった。
と――。
「ねえ、ロザリー。タリア。二人はいくつになるの」
クッキーを食べ終え、ロザリーに濡れた布で腕や足を拭われてすり傷に薬をぬってもらっていたウアラが唐突に尋ねた。真っ直ぐな、なんの含みもない目で見上げるウアラに私は凍り付き、ロザリーは目を丸くした。
そして――。
「ウ、ウアラ……!」
リンはと言えば珍しくうろたえている。
「レディに年令を聞くなんてマナー違反よ、ウアラ」
「でも、ママが言ってた。ママがウアラと同じくらいの頃にもロザリーとタリアはこのお店をやってたって。今と同じように裏口のドアをノックするとお菓子をくれたって。その頃からロザリーもタリアも全然、変わってないって」
ロザリーがお道化た調子で頬をふくらませてみせても、リンに腕を引っ張られても、ウアラは不思議そうな表情のまま。
「ははぁん、ウゴナから若さの秘訣を聞き出してこいって言われたのね。内緒よ、内緒。そう簡単には教えられないわ」
フフン! と胸を張るとロザリーはウアラの焦げ茶色の髪とリンの薄茶色の髪を手櫛でとかし、最後に顔の汚れをエプロンで拭った。きゅっと目をつむる二人を見てロザリーは愛おしそうに微笑む。
「ウアラ、リン、また食べにおいで。ウゴナにも伝えておいて。また、おいでって」
母・ウゴナのためのクッキーが入った紙袋をウアラの膝の上に置いて、私はくしゃくしゃと二人の頭を撫でる。
「うん、お母さんに言っておく。クッキー、ありがと。また来るね」
「ごち、そう……さま」
手をつないで仲良く帰っていく二人の少女を見送りながら。振り返っては元気いっぱいに手を振るウアラと小さく手を振るリンに手を振り返しながら。
「ねえ、タリア。私も不思議に思ってる」
ロザリーは笑顔のままでそうつぶやいた。
「タリアと出会って三十年、この店を開いてから二十八年が経つかしら。でも、私の見た目もタリアの見た目も十代後半か、二十代か。そのくらいの年の頃から変わってない」
ウアラの背中は遠のいてどんどんと小さくなっていく。でも、母のウゴナに手を引かれて歩いていた数年前と比べたらずっと大きくなった。
「ウゴナの母親はオバアサンの顔になって病気で死んだ。ウゴナもウアラを産んで今ではすっかりお母さんの顔、オバサンの顔になってる。ウゴナのお腹にいる頃から見守ってきたウアラももう七才。でも、私とタリアは?」
ウアラの背中がすっかり見えなくなるまで見送ったあと、ロザリーは振り返って真っ直ぐに私を見つめた。
「ずっと十代後半か二十代かの姿のまま。こんなの、おかしいでしょう?」
赤い瞳に見つめられて私は短く息を吐き出した。都合の悪い現実から目をそらし続けるのもさすがに限界だ。
長く暮らしている近所の人たちからは避けられ始めている。ウアラとウゴナも気が付いた。ロザリーも不審に思っている。
これ以上は誤魔化せない。
魔王は生まれなかった。勇者も生まれなかった。
だから、千年を生きるバケモノも生まれなかったと思っていた。バケモノになんてならなかったと信じたかった。
でも――。
「これは、多分……ダメだったんだろうな」
苦い笑みを浮かべてくしゃりと前髪を掻き上げる。
「タリアは何か知っているのね」
「ああ」
「ずーっと疑問に思っていたの。知り合いでもなんでもないはずの十二才の私を、どうしてタリアはあのボロ宿から助け出してくれたんだろうって。それもその何かが関係しているのね」
「……ああ」
こくりとうなずいた私はゆっくりと顔をあげるとロザリーを真っ直ぐに見つめた。
「長い話になる。ややこしい話にもなるし、説明の難しい話でもある。だから、店の次の休みにゆっくりと話す。それでもいいか」
「うん、わかった」
そんなこと言ってないでとっとと話してよ。そう言って唇をとがらせるかと思ったけれどロザリーはあっさりとうなずいた。
そして――。
「それじゃあ、今度のお休みは飛び切りに美味しいお菓子と美味しいお茶を用意しましょう。タリアは何が食べたい?」
そう言って私の腕に腕をからめると肩に頭を預けてぴたりと寄り添ったのだった。




