表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と勇者 ~キミを殺した千年と、キミと暮らした千年と、キミと殺した千年と~  作者: 夕藤さわな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/19

第4話

 私とロザリーが暮らしているこの街は国境近くにある。

 大きな街に向かうための通過点。宿に泊まった旅人や商人たちは本来の目的地に向かうべく朝早くに発つし、日中のうちは先を急ごうと足を止める者も少ない。街がにぎわい出すのは陽が傾き、旅人や商人たちが今日の宿を探し始める頃。

 街の大通りに市場が開かれるのも夕方からだ。陽が傾き、すっかり暗くなり、旅人や商人たちが宿屋の寝床や酒場にもぐり込む頃にようやく閉まる。


「今の時期は柑橘類のお菓子がよく売れるのよねぇ。あ、ナッツの在庫が少なくなってたんだった。買い足しておかないと」


 私とロザリーが買い出しに出かけるのも店を閉め、出店で夕食を食べがてらだ。近所の店の店主や店員も買い出しに来ている姿をよく見かける。

 真剣な表情で露店に並ぶ果物やナッツ類を選ぶロザリーを横目に今日もそれなりににぎわっている市場を見まわす。


「こんばんは」


 今、すれ違った四十代後半、五十代前半の女性二人も二十年来のご近所さんだ。片や、肉屋の奥さん。片や、父親から引き継いだ酒場を切り盛りするおかみさんだ。

 私が声をかけると二人は会釈を返した。私に向ける取りつくろったような笑みと、足早に歩き去りながら顔を見合わせて何やら話をする様子をじっと見つめて人ごみに消えていく二人の背中を見送る。


 と――。


「私といっしょにいるのに私以外に目をやるなんていい度胸ね。いちゃうんだけど」


 にーっこりと笑って私の腕に腕をからませたロザリーにため息をついた。


「買い出しに来ているんだ。買う物を探すためによそ見くらいする」


「鶏肉を頼んだのに豚肉を買ってきたり、ブロッコリーを頼んだのにカリフラワーを買ってきたり、小麦粉を頼んだのに謎の白い粉を買ってくるような人が探すべき物なんてありません。今、タリアがここにいるのは買い出しに来た私といっしょにいるためです。それだけです。よそ見しない」


 にーーーっこり笑ってますます強く私の腕にしがみつくロザリーに言いたいことは山ほどある。でも、きっと言っても無駄だ。豚肉にカリフラワーに謎の白い粉を買ってきたことがあるのは事実なのだ。だから、ため息混じりに一点だけ注意する。


「何度も言ってるだろ。腕にしがみつくな」


「昔は私の手を引いて歩いてくれたじゃない」


 間髪入れずに言ってロザリーは唇をとがらせる。


「それは子供の頃の話だろ。いい年して結婚もせず、女二人で暮らしているというだけでも奇異の目で見られるんだ。目立つ行動は控えた方が……」


「私以外に目をやってるからまわりの目が気になるんです。よそ見しない」


 私の腕にしがみついたまま、大真面目な顔でそんなことを言うロザリーを見下ろす。魔王になるはずだった少女の腕を引いてボロ宿を逃げ出してから三十年が経つ。私と少女も――ロザリーもすっかり大人の姿になっていた。


 緩くうねるつややかな金色の髪と深紅の瞳、豊満で女性的な体付きは一度目の千年の魔王と同じ。ただ、魔王は〝女〟を強調するようなデザインのドレスや靴を身にまとっていたけれど、目の前にいるロザリーはゆったりとしたワンピース姿で化粧っ気もない。

 一度目の千年の魔王が大輪のバラなら今のロザリーはヒマワリだ。


 ちなみに私はと言えば短く切った焦げ茶色の髪のせいか。白のシャツに黒いズボンという格好のせいか。それとも、一度目の千年の時から変わらずにすとん……としていて育たない胸のせいか。

 一度目の千年で勇者だった時と同じように〝男……いや、女……?〟と初対面の人をちょくちょく悩ませている。


 という話はさておき、私は月が出ている空を仰ぎ見た。

 なんて言うか――。


「あのまま放っておいても野垂れ死ななかった気がしてきた」


「ちょっと、タリア。何、ぶつぶつ言いながら空を見上げてるの。よそ見禁止って言ったばっかりでしょ。私を見る! よそ見しない!」


 ロザリーにぐいぐいと腕を引っ張られながら今までに何度もぼやいてきたセリフをぼやいた。


 ***


 十二才で親とは名ばかりのロクデナシのもとから逃げ出した私とロザリーはまず山奥の神殿に隠れ住んだ。道が整備されていないせいでいつの間にか忘れ去られてしまったさびれた神殿だ。

 神殿の周辺には貴重な薬草が、奥の洞窟には巨大な水晶がいくらでも生えている。それらをほんのちょっと採取して街で売るだけで数年、暮らしていけるだけのお金が手に入った。

 ちなみに人々に忘れ去られた神殿の場所をなぜ私が知っているのかと言えば、一度目の千年でそこが魔王の瘴気によって生まれた魔獣の巣窟になっており、近隣の村人の依頼で退治しに来たことがあったからだ。

 一度目の千年では危険な魔獣の巣窟だった神殿も、魔王もいなければ魔王の瘴気もなく、当然、魔獣もいないこの世界では安全な隠れ家だ。


「これだけあれば金が生活には困らない。あと二年もして成人のフリが出来るようになったら街で部屋を借りて暮らしてもいい。……ロザリーは何かしたいことはあるか」


 大理石で出来た神殿の床に座り込み、見たこともない大金をぽかんと見つめていたロザリーはぽかんとした表情のまま顔をあげた。


「……したい、こと?」


「ああ、ロザリーがしたいことだ。薬草も水晶もり尽くせないほどにある。金の心配はない。大抵のことは叶えられる」


 例えば、広くて立派な屋敷に住んで、執事やメイドを雇って、綺麗なドレスを着て、毎晩毎晩パーティを開く。そんな暮らしを一生、続けることもできるだろう。

 親とは名ばかりのロクデナシのもとでボロ小屋に暮らしていた頃、薄汚れた布切れをまとった私に施し物を投げてよこし、あるいはゴミを見るような目で一瞥いちべつし、あるいは使用人に手だけで指示して私を視界から追い出すような真似をした貴族や金持ちの商人たち。そんな連中と同じような生活をして、同じようになって気分がいいだろうかとも思うけれどロザリーの望みを叶えることが――ロザリーを魔王にしないことが最優先だ。


 あれこれと思いめぐらせて渋い顔になる私をよそにロザリーはうつむいて真剣な表情で考え込んだあと――。


「お菓子のお店を……やってみたい」


 か細い声でそう答えた。


「菓子の、店?」


「……うん。小さなお店がいい。食べている人の顔がよく見える、小さなお店」


 ロザリーはそう言うとはにかんで微笑んだ。それはボロ宿から連れ出してから初めて見たロザリーの笑顔で――。


「……っ」


 ロクデナシの親たちに殴られ、蹴られ、罵倒されて、考えることも何かを思うこともやめてぼんやりするばかりだった少女がようやく見せた笑顔に私は息を呑んだ。


「タリアもやらされなかった? 教会の炊き出しとかバザーの手伝い」


 私の動揺をよそにタリアはそわそわと目を泳がせ、指をもじもじとさせながら尋ねた。ああ、と呟いて同意する。

 親とは名ばかりのロクデナシでも神は信じているし、地獄に落ちるのは怖いらしい。でも、教会に献金できるだけの金なんてない。だから、金の代わりに労働力を提供する。自分たちではなく子供を行かせるところがロクデナシなのだけれど――それはさておき。


「お菓子を作ることもあってね。形が崩れたり焦げたやつは持って帰っていいよって言われるんだけど、それを近所の子にあげたらすごく喜んでくれて」


 その〝近所の子〟をロザリーが妹のように可愛がっていたことも、ロザリーや私と同様に親とは名ばかりのロクデナシのもとに生まれ、ボロ小屋で暮らし、七才になる前に怪我と栄養失調で衰弱死してしまったことも知っている。

 一度目の千年の魔王の記憶はその少女のことを――あの女自身は長い年月の流れで忘れてしまっていたかもしれない少女のことをきちんと記憶していたから。


「どう、かな?」


 一度目の千年の記憶のことなんて知らないロザリーは上目遣いに私の表情をうかがって小首を傾げた。一度目の千年の記憶を見て〝近所の子〟のことを知っている私はうなずいた。


「わかった。店をやろう。二人で」


 そうして十四才になった年に国境近くにあるこの街にやってきて、サバを読んで成人のフリをして、二階建ての住居付き店舗を購入し、ロザリーと二人、小さな菓子屋を始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ