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魔王と勇者 ~キミを殺した千年と、キミと暮らした千年と、キミと殺した千年と~  作者: 夕藤さわな


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第3話

 質の良い生地で仕立てられた服を脱ぎ捨て、男は下品な笑みを浮かべてベッドに横たわる少女の一糸まとわぬ肢体したいを見下ろした。少女の艶のない金色の髪を不釣り合いな上等なリボンが飾っている。身につけているものはそれだけ。

 唇の端に真新しい赤いアザがある以外は白い肌に傷はない。しかし、やせ細った体や肌つやの悪さから男とは違って良い暮らしはしてこなかったのだろうと想像できた。

 少女の赤い瞳は光を失い、ぼんやりと虚空を見つめている。


 今年、十二才になる少女の唇の端にあるアザは血縁関係的には父であるロクデナシに服をはぎ取られ、どこぞの貴族だという男に商品として引き渡されそうになった時に抵抗して殴られ、できたものだ。

 ここ半年ほど父とは名ばかりのロクデナシも母とは名ばかりのロクデナシも少女に暴力を振るうことはなかった。あいかわらず罵声は浴びせかけられていたけれど殴られも蹴られもしない日なんて物心がついてから一日とてなかった。

 普通なら何かあるのではないかと警戒するところだ。でも、少女はしなかった。両親が優しくなった、やっと自分を家族として愛してくれるようになったんだ。そう思った。

 思い込もうとした、と言うべきかもしれない。


 でも、その結果がこれ。


 両親が少女を殴らなかったのは傷があったら商品としての価値が下がるから。ただ、それだけ。淡い期待は失望に変わり、少女の赤い瞳にわずかに残っていた光も消えた。

 少女が横たわるベッドに落ちた影が不自然に揺れる。少女と、少女に覆い被さる貴族の男の影とは明らかに違う。紙にインクの染みが広がっていくように、影はベッドにかかった白いシーツを黒く染めていく。

 ぽたり。

 影は床に落ち、部屋中に広がり、ボロ宿全体に広がり、王都全体に広がり、少女を売った親とは名ばかりのロクデナシも、少女を買った身なりばかり良い貴族の男も、そんなロクデナシと同類の大人たちも呑み込んで王都を滅ぼす。


 それが魔王が生まれる瞬間。

 少女が魔王へと生まれ変わる瞬間。


 でも――。


「間に合ったか」


「な、なんだ!?」


 ドアを蹴破って私が部屋に飛び込んだ時、黒い影はベッドから落ちて床に小さなシミを作っているだけだった。誰かを呑み込んで殺すことも、王都を呑み込んで滅ぼすこともまだしていない。

 少女が半身を起こすと不自然な動きをする影はすーっと縮んでただの影に戻った。少女はと言えばぼんやりとた表情で突然、現れた私に顔を向けている。その様子からしてまだ魔王にはなっていないはずだ。

 ほっと息をついて、しかし、すぐさま唇を引き結ぶと飛び退いた。貴族の男が腹立ちまぎれに掴みかかってきたからだ。


「質問に答えろ、この、小むす……め……」


 掴みかかろうとしてくる男の腕を払いのけ、顔面に眠り薬を染み込ませたボロ布を叩き付ける。ここまで来る道すがら、急いで材料を探して作ったのだ。盗賊や魔族、魔王を相手に旅をしてきた一度目の千年の知恵だ。

 栄養も腕力も足りていない子供の姿で使うのだ。すぐさま効果が出るようにと一度目の千年の時よりも強めに作ってある。後遺症の一つや二つ、出るかもしれないけれど知ったことではない。


 ボロ宿に入ってすぐに鉢合わせた少女の父親やガラの悪い見張り連中と同じように貴族の男もすぐさま床に倒れ込んだ。つま先でつついて完全に気を失っていることを確認。床に落ちている白いワンピースを拾い上げ、ベッドの上でぼんやりとしている少女の胸に押し付ける。


「逃げるぞ。着替えろ」


「……」


 もたもたと頭からワンピースを被り、もたもたとベッドから下り、もたもたと靴を履く少女をやきもきしながら見守り――。


「行くぞ」


「……」


 ようやく靴を履き終えた少女の手首を掴んで部屋の外へ、ボロ宿の外へと駆け出した。外は薄暗くなり始めていた。あと一時間もすればすっかり暗くなって夜になる。

 教会の鐘が一つ鳴った。ぐるりと街を囲む城壁の門が開き、どこかとの戦争を終えて帰ってきた兵士たちが王都に入ってきたのだ。彼らが王都に入り、教会の鐘が一つ鳴るまでがリミットだった。

 少女が魔王へと生まれ変わるリミット。


 でも――。


「……」


 腕を引かれるがまま。ぼんやりとした表情でついでくる少女は少女のまま。魔王になった様子はない。


「……どうしたものか」


 大人しくついてくる少女の様子を振り返り、振り返り、見ながら思わずぼやいた。

 一度目の千年の魔王の記憶を見たのはできるだけ早く、確実に魔王を倒したい、殺したいと思ったからだ。このまま少女を人目のつかないところに連れて行き、殺してしまえば魔王の誕生を阻止できる。魔王を倒すための長かった千年を、始める前に終わらせることができる。

 でも――。


「……」


 私に腕を引かれるがまま。ぼんやりとした表情でついてくる少女は世界中の人々を虐殺した冷酷非道の魔王ではない。少なくとも今のところは魔王ではない。親に商品として売り飛ばされ、捨てられ、打ちひしがれているただの少女だ。

 そんなただのか弱い少女を、一度目の千年で魔王だったからといって手にかけるというのはためらわれた。


 迷いながら少女の腕を引いて走っているうちに城壁に作られたアーチ形の門が見えてきた。兵士たちが疲弊しきった顔で門をくぐり、街の中に入ってくる。

 彼らと入れ違いに門をくぐり、王都を出てどこかに逃げてしまえば親とは名ばかりのロクデナシも、少女を買った貴族の男もさすがに追いかけては来ないだろう。

 足を止めた私は少し迷った後、少女に向かって巾着袋を突き出した。


「これだけあればしばらくは暮らしていけるはずだ」


 ぼろきれで作った小さな袋の中には銀貨がいくらか入っている。

 ロクデナシの親たちの目を盗み、一度目の千年で得た知識を駆使して集めた薬草や鉱物を売って貯めた金だ。でも、もしも魔王が生まれることもなければ、あの長くて過酷な旅も始まらないのであれば、なくてもどうにかなる金だ。


「この街を出て、あのロクデナシの親たちから逃げて、好きに生きたらいい。お前はもう自由だ」


 そして、魔王になんて二度となるな。その言葉は胸に留めてもう一度、銀貨の入った巾着袋を突き出した。

 でも――。


「……」


 一応は受け取ったものの、少女は両の手のひらに乗せた袋をぼんやりと見下ろすだけ。お礼も言わなければ門に向かって歩き出そうともしない。


「……おい」


 そう声をかけるとようやく顔をあげたけれど、やはりぼんやりとしていて目が合わない。

 このまま無理矢理に門の外へ、王都の外へと追い出すこともできるが、この調子ではすぐにロクデナシの親に見つかって連れ戻されるか、人さらいにでもあって奴隷にされるか、野垂れ死ぬか、それともまた魔王になるかだ。

 ため息を一つ。


「やっぱりそれは返せ」


 少女が手のひらに乗せたままの銀貨が入った巾着袋を取り上げた。


 ――あなたは千年前の今日、夕食に何を食べたか覚えてる?

 ――私は一週間前に何を食べたかすら思い出せないわ。

 ――魔王になるかならないかの遥か昔のことなんてとっくに忘れてしまった。


 一度目の千年の終わりに魔王は――あの女はそう言った。それを聞いてあの時の私は腹を立て、怒りに任せて突き刺していた聖剣を引き抜き、再び、あの女の体に突き刺した。

 でも、確かに彼女の言うとおりだったのだ。千年という長い年月の中ですっかり忘れ去られ、美化されていた。


 一度目の千年であの女に殺された親は今回の親と同じように親とは名ばかりのロクデナシだった。あの女があのロクデナシたちを殺していなかったら私も目の前の少女と同じような人生を送っていただろう。

 金だけは持っているクズに商品として売られていたか、ロクデナシたちにこき使われて殴られ、蹴られ、罵倒されて死んでいたか、あるいは魔王になっていたか。


 だから、あの日、親とは名ばかりのロクデナシから私を自由にしてくれたあの女は、やり方にかなり問題はあったと思うけれども、それでも、私を救ってくれた勇者だったのかもしれない。

 今、私の目の前でぼんやりとしている魔王にならなかったこの少女と同じように、殴られ、蹴られ、罵倒され、考えることも、何かを思うこともやめてしまった私に手を差し出したあの時の魔王は――。


 ――ほら、顔をあげて私の顔をちゃんと見て。あなたの親を殺した女の顔よ。

 ――しっかり覚えて、生きて、追いかけてらっしゃい。

 ――あなたが私を殺す、その日まで。


 ぼんやりと一点を見つめて座り込んでいるだけの私にそう言って顔を上げさせ、強引にでも腕を引いて立ち上がらせたあの女は、あるいは、もしかしたら、私を救ってくれた勇者だったのかもしれない。


「やり方にも言い方にも、やはり、かなり問題があった気はするが」


「……?」


 ぼやく私をぼんやりとした表情ながらも見つめて少女は首をかしげた。そんな少女に向かって私は取り上げた巾着袋の代わりに手を差し出した。


 放っておいたら野垂れ死んでしまいそうな少女をこのままにしてこの場を去ることなんてできない。あの時の魔王も――まだ少女と呼んで差しつかえない姿をしていたあの女も同じ気持ちだったのだろうか。座り込む私を見て放っておくことができなかったのだろうか。

 あの女の一度目の千年の記憶を見てもあの女がどこで何をしたかはわかっても、何を考えていたかはわからない。私の疑問の答えはわからない。

 ただ一つ、言えることがある。


「行く当てがないのなら私といっしょに来るといい」


 あの女と違って私は〝私を殺しに来い〟などと言ったりはしない、ということだ。


「私はタリアだ」


 差し出した手を見つめ、私の顔を見つめ、少女は困惑した表情を浮かべる。

 でも――。


「私、は……ロザリー」


 ロザリーと名乗った一度目の千年では魔王だった今のところ魔王ではない少女は、か細い声でそう言って、ためらいながらも私の手を取ったのだった。

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