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魔王と勇者 ~キミを殺した千年と、キミと暮らした千年と、キミと殺した千年と~  作者: 夕藤さわな


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第10話

「魔法使いの始祖とされる大魔法使いシャルル=ヴィアは山々に囲まれたこの村の出身だった」


「この人?」


「……恐らく」


「恐らく?」


 ロザリーが指さした銅像を見上げて私は困り顔で答えた。


 〝天空の神殿〟から三百年振りに戻ると世界は様変わりしていた。戸惑い、呆然とする私の腕に腕をからませてロザリーは言った。


 ――一度目の千年では殺し合った私たちがこの世界ではもう三百年以上もいっしょに暮らして、生きているんだもの。

 ――この世界が一度目の千年とまったく違う姿になっていたとしても何の不思議もない。


 そして、こうも言った。


 ――聖剣を手に入れたら次は二人で世界を見に行く約束だったでしょ?

 ――どこに行きたい? 今、タリアが思い浮かべた景色は?

 ――……よし、それじゃあ、そこに行こう!


 どこと答えてもいないのにロザリーは私の表情を見てにこりと笑うと腕を引っ張った。ヒマワリのような笑顔に背中を押され、私はシャルル=ヴィアと初めて出会った、彼の故郷を目指した。

 と、言ってもあまりにも世界が様変わりしていて見つけ出すまでに十年以上かかってしまったのだけれど。


 シャルル=ヴィアは一度目の千年で魔王を倒すために共に戦った仲間の一人だ。百年間、一人で旅をしてきた私に初めてできた仲間。そして、共に戦った何百、何千の仲間たちの中で唯一、魔王に殺されずに生き延びた仲間。

 だから、シャルル=ヴィアは私にとっては特別に印象深い仲間だ。


 でも、一度目の千年の魔王にとっては千年のあいだに蹴散らしてきた何億、何兆の人々の中の一人でしかないのかもしれない。


「……」


 銅像をにこにこと見上げるロザリーを横目に見る。

 一度目の千年でロザリーも魔王としてシャルル=ヴィアと対峙しているが覚えているようすはない。

 いや、名前を憶えていないだけで顔は覚えているのかもしれない。その上で銅像のシャルル=ヴィアと記憶の中のシャルル=ヴィアとが一致しないのかもしれない。

 なにせ――。


「私と共に旅をしていた頃のシャルル=ヴィアは……私が知ってるシャルル=ヴィアはまだ青年と言えるような年頃だったからな」


「ああ、なるほど」


 そう、私の記憶の中にあるシャルル=ヴィアは青年だった。魔法使いぜんとしたローブを羽織り、杖を握りしめた青年。生意気でプライドが高くて、でも、その分、影で人の何倍も努力する青年。


 でも、銅像は老人の姿をしているのだ。


 十年ほどいっしょに旅をした後、シャルル=ヴィアは後進を育成すると言って魔法研究の先進国に残ることを選んだ。それ以来、一度も会うことはなかったけれど、もしかしたらこんな風に年を取ったのかもしれない。故郷から遠く離れた異国の地でこんな風に――。


「威張った感じのじいさんになっていたかもしれないな。あのシャルル=ヴィアなら」


 一度目の千年でシャルル=ヴィアが後進を育成するために異国に残ったのも、そもそも故郷を離れて私と旅をすることになったのも魔王を倒すためだった。

 シャルル=ヴィアの魔法は当時の魔法使いの中ではずば抜けた攻撃力を誇っていたが、それでも魔王を倒すにはあまりにも頼りなかった。だから、シャルル=ヴィアは自身の代で魔王を倒すことを諦めて未来の大魔法使いたちに希望を託した。

 魔王を倒す最後の戦いの場にいた魔法使い・ハブイア。彼が放つ魔法はシャルル=ヴィアの魔法とは比べようもないほどに攻撃力も精度もあがり、魔力消費量も少なくなっていた。


 でも、この世界に魔王は存在しない。倒す必要もない。だとしたら、大魔法使いシャルル=ヴィアも存在する必要がなかったのかもしれない。

 だから、銅像にはこう書かれているのかもしれない。


「〝檻に閉ざされた故郷を解放した英雄シャルル=ヴィアの像〟だって。……檻って何?」


 ロザリーが読み上げた言葉を口の中で繰り返しながら私はあたりをぐるりと見まわす。


「旅の途中、シャルル=ヴィアは何度も言っていた。俺の村は隣の街に行くにも何日も細くて危険な山道を歩き、流れの早い川を渡らないとたどり着けない。医者も連れてこれないし、雨や雪が降ろうものなら山道に慣れた村の男ですら村から出ることができなくなる。まるで檻に閉じ込められているみたいだ、と」


 そんな話をして唇を噛んだ後、シャルル=ヴィアはいつも胸を張り、あごをあげ、生意気な笑みを浮かべてこう付け加えていた。


「だけど、あの青い花だけは自慢だ。あんたも見ただろ? 青い絨毯みたいにあの花が咲き誇ってるのを。見事なもんだっただろ? でも、そんな場所だから誰も見に来てくれない。だから――」


 シャルル=ヴィアの銅像は村の中央にある広場に置かれている。広場を中心に四方に通りが伸びていて観光客が引っ切りなしに行き交っている。


「この世界に平和が訪れたそのときは故郷に戻って、俺の魔法で故郷を閉じ込める檻みたいなあの山に風穴を開ける。街への近道を作ってたくさんの人たちに故郷の自慢の風景を見てもらうんだ。……そう、言っていた」


 一度目の千年でシャルル=ヴィアがその願いを叶えることはなかった。シャルル=ヴィアが生きているうちに世界に平和が訪れることはなかったから。魔王を倒せなかったから。

 でも、この世界の彼は一度目の千年の彼と同じ願いを抱き、一度目の千年の彼とは違ってその願いを叶えたのだろう。


「その人は願いを叶えて四方の山にトンネルを作ったのね。それで檻から解放した英雄。……素敵じゃない」


 四方の山に作られた頑丈そうなトンネルを見まわして、そのトンネルをくぐって引っ切りなしにやってくる観光客を見て、ロザリーは目を細めて微笑んだ。


「観光客で賑わってるし、自慢の花もたくさんの人に見てもらえてる。本当に綺麗な花ね。春の青空みたいな綺麗な色の花」


 銅像の足元に咲いている青い花を見てロザリーが言う。村のあちこちにある花壇にも、通りにも、家々の庭や窓にも、山の斜面に建てられた立派な宿の壁にもこぼれんばかりに青い花が咲いていて観光客の目を楽しませている。

 なんという名前の花だったか。一度目の千年でシャルル=ヴィアから教えてもらったのにすっかり忘れてしまった。でも、村を初めて訪れた日に青い花を指さして話すシャルル=ヴィアの誇らしげな横顔はよく覚えている。


「まるで青い絨毯のよう。その人が自慢する気持ちもよくわかる……」


「違う」


「違う?」


 振り返ったロザリーは目を丸くした。


「確かにシャルル=ヴィアが自慢していた花はこの花だ。でも、違う。こんなものじゃなかった」


 ゆっくりと顔をあげ、思わずため息をもらす。

 かつては村を檻のように取り囲んでいた山々にはトンネルという名の大穴が開き、観光客向けの宿が立ち並んでいる。高台に建つ山からあちこちに青い花が咲く村を見下ろしたらとても綺麗だろう。


 でも、違うのだ。

 シャルル=ヴィアが私に自慢げに見せた景色はこれじゃない。


「この村を取り囲む山すべてが青色だった。山すべてがこの花に覆われていた。枯れても次の花が咲き、その花が枯れてもまた次の花が咲く。この村は雪におおわれる冬の時期以外は青い花に囲まれていた。青い絨毯。青い……檻に閉じ込められていた」


 穏やかな風に揺れる青い花々がどれほど美しかったか。青い色のすき間から見える葉の淡い緑色がどれほど色鮮やかだったか。あの怖いほどの美しさを言い表す言葉を私は知らない。あの美しさをロザリーに伝える術がない。

 それが悔しい。


 唇を噛んで青い花が点々と咲く山々を見まわしていると銅像の足元にしゃがみ込んでいたロザリーが私の隣にやってきて腕に腕をからませた。


「そっか。そうだったんだね」


 そして、肩に頭を預けてぴたりと寄り添い、静かに目を閉じてささやいた。


「私もタリアが見た景色を……タリアが見せたかった景色を見れなくて悔しい」

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