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第23話:地熱の調査と大穴

「それじゃあ、あたしはこれで帰るよ。フルオラ、調合鍋を作ってくれて本当にありがとうね。大事に使わせてもらうよ」

「いえいえ、こちらこそ錬成させてもらってありがとうございました」

「せいぜい気をつけたまえ」


 翌朝、みんなで地底の入り口に行き、マチルダさんを見送った。

 昨日はあんなにお酒を飲んでいたのに、元気いっぱいなのはさすがだ。

 なんだかんだ、アース様も微笑みを浮かべて見送っていた。

 お屋敷に戻ると、私は”錬金博覧会”が終わってから考えていたことをアース様にお伝えする。


「あの、アース様。ちょっとよろしいですか?」

「ああ、どうした」

「そろそろ……地熱の調査を行うと思うんです」


 私が告げると、アース様は真剣な顔になった。


「……以前に君が言っていた、地底に流れるエネルギーのことか」

「はい」


 暗黒地底はだいぶ環境が改善したけど、まだまだ問題は残っている。

 地底全体の暑さもそうだし、最深部にあるという“大穴”の対処もそうだ。

 アース様はしばし顎に手を当て考えていたけど、やがて私に言った。


「それならば、先に暗黒地底の"大穴”について説明しておいた方がいいな。私の執務室で話そう。ついてきてくれ」

「は、はい」


 ドキドキしながらアース様の後を追う。

 いよいよ暗黒地底の最重要場所、"大穴”について話されるときが来た。



 □□□



 アース様の執務室に移動し、私は緊張したまま椅子に着席した。

 すぐにお話が始まるのかと構えていたけど、アース様は壁際の棚に向かう。

 カップとティーポットを出すと、紅茶を淹れてくれた。

 お水と茶葉を入れると勝手に紅茶を作る魔道具のようで、茶葉の産地とかよりそっちの方に興味を惹かれるね。


「ほら、まずは紅茶でも飲みなさい。クリステンほど、うまく注げはしないがな」

「ありがとうございます、アース様……おいしいです」


 こくりと飲むと、芳醇な香りとほのかな渋みが広がった。

 謙遜されたけど、なかなかの腕前でいらっしゃる。

 一息ついたところで、アース様はカップを置いた。


「……さて、“大穴”について説明しよう。“大穴”とはその名の通り、暗黒地底の最深部にある、おおよそ直径20mの穴のことだ」

「直径20m!? ……ずいぶんと大きいですね」


 思わず驚きの声が出た。

 思ったより巨大な穴のようだ。

 20mなんて、隕石のクレーターにも匹敵しそう。


「ここからが重要なのだが……"大穴”の先には魔族や強力な魔物が住む魔界が広がっているんだ」

「ま、魔界……。それに魔族に強い魔物までいるんですか……」


 アース様の話を聞くと胸がドキドキする。

 この世界に来て魔族と実際に会ったことはないけど、とても怖い存在だと知られている。

 前世ですら、ファンタジー物の定番の敵を務めるくらいだ。

 ごくりと生唾を飲んでいたら、アース様は優しげに言ってくれた。


「フルオラ、過度に緊張する必要はない。先祖が張った結界は強力だ。魔族や強い魔物は通り抜けることができない。だが、力の弱い魔物はすり抜けてしまう。地底に出現した魔物の討伐が、グラウンド家の主な務めなんだ」

「なるほど……。なんだか、地底の全貌について初めてしっかり理解できた気がします」

「外の人間はあまり知らないだろうからな」


 暗黒地底や地底辺境伯についてのぼんやりとした前評判みたいなものが、徐々にはっきりと形作るのを感じる。

 アース様の心境を察すると、思うことがあった。


「"大穴”がある限り……アース様は暗黒地底から離れられないということなんですね」

「……なに?」


 私はインドアな人間なので、地底にずっといても苦には感じない。

 でも同時に、世の中の人の全部が全部、そういった嗜好の持ち主ではないともわかっていた。

 死ぬまで……と言ったら大げさかもしれないけど、"大穴”の管理があるから、アース様はあまり遠出できないということだ。


「アース様は地底より地上の方がお好きなような気がします」


 地底に来るまでは各地を歩いて剣術の修行をされていたみたいだし、何より以前の「地底に空を作ってほしい」というお願いからも、アース様は本当は地上で暮らしたいんじゃないかなと思ったのだ。

 アース様は何も言わない。

 執務室を沈黙が支配する中、私は急激に自覚した。

 ……またやらかしてしまったのでは?

 慌てて頭を下げた。


「す、すみませんっ、私なんかがわかったような口を利いてしまいましてっ」

「いや……君の言うことはもっともだ。私は幼い頃から外で過ごすのが好きでな。正直なところ、暗黒地底に来たときはさすがにうんざりしたものさ。だが、最近は地底で暮らすのも楽しいと思えるようになった。……君のおかげだよ、フルオラ」

「私のおかげ……でございますか?」


 思わず、アース様の顔を見る。

 とても穏やかな表情で、私を見てらした。


「君が作ってくれる錬金魔導具があるから、私は劣悪な地底でも豊かに暮らせるのだ。感謝するばかりだ」

「あ、いえ……私はただ、自分の好きなことをさせてもらっているだけです……」


 暗黒地底に来て、今まで以上に錬金術に夢中に没頭できている。

 感謝するのはむしろ私の方だった。

 アース様はしばし黙った後、優しく言ってくれた。


「それが……私たちのためになっているんだ」

「アース様……」


 その言葉は私の胸にじんわりと染み入る。

 なんだか、いつもお客さんに言われてきた感謝の言葉と違う感触だ。

 嬉しいような恥ずかしいような、心をくすぐられる感覚……。

 この感覚の正体はきっと……と思ったところで、アース様が椅子から立ち上がった。


「では、そろそろ"大穴”に向かおうか。ついてきてくれ」

「はいっ」


 元気よく返事して執務室を出た。

 何はともあれ、今は"大穴”の対処だね。

 アース様に続いて、暗黒地底のさらに地下へと潜る。

 冥界に繋がるという"大穴”、今その姿を見る日が来たのだ。

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