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お月さまと私

絵本のようなお話。いつものような恋愛物語ではないですが、可愛い気持ちが詰まってます。


「ねぇねぇお月さま。お月さまはどうして夜だけじゃなくて朝や昼にもいたりするの?」




ある日、とてもお月さまが気になった6歳の頃の私。


お月さまに話しかけてみた。


返事がないから隣にいた父に顔を向けて


「パパ、お月さまは喋れないの?」


と尋ねたら


「今はおねむの時間なんじゃないか?」


と答えてくれた。


「そっかあ。じゃあお月さまは何時に起きてる?」


「そうだなあ。晴れてる日の夜9時にお月さまが空にいたら起きてるんじゃないかな」


「そうなの?じゃあ明日も話しかけてみる!」


すぐ忘れちゃう私でも、今はお月さまが気になってしょうがないから、きっと覚えているはず、そう思ったのを覚えている。忘れなかったことは徐々に習慣化してしつこくなる性格だと今は自覚した。


□  □


「ねぇねぇお月さま。お月さまはどうして夜だけじゃなくて朝や昼にもいたりするの?」


「私は寝坊な時期と早起きな時期があるんだ」


「お月さま!答えてくれた!」


嬉しくて、二階のバルコニーで飛び跳ねて母に抱きついた。


『お月さまと話せて良かったね』


うふふと楽しそうに笑う母の顔を今も何故か覚えている。


『お月さまは忙しいから、1つだけの質問にしようね』


「うん!」


答えてもらったことが嬉しくて、


「お月さまはお寝坊なときがあるんだね!私と一緒」


またつい話しかけてしまった。


「君はまだ小さいからたくさん眠るといい」


「お月さまは大きいから寝坊しちゃダメ?」


「それは困るな。お寝坊は気持ちがいいから」


「わかる!」


ふわふわの温かい布団でうとうとと半分ぐらい起きて、半分ぐらい寝ているときが雲に乗せてもらって空に浮かんでいるようで私も好き。


『莉子ちゃん、もう寝る時間だよ』


「わかった!お月さま、また明日ね」


『会えるといいね』


窓からお月さまに大きく手をふりお布団に入ると、じわじわと手足があったまって眠くなる。


『ふふ』私の寝顔を見て、幸せそうに笑うママが好き。


『おやすみ、莉子ちゃん』


□  □


「ねぇねぇお月さま、どうして少しずつ形が変わるの?」


「君も赤ちゃんのときと今、これから成長する間にきっと形が変わるだろう?」


「うん!大きくなったらピュアサンシャインみたいになるの!」


「それは太陽だね。私は太陽の光で形が変わるのだけど、色んな形になるのは楽しいよ」


「そっか。じゃあお気に入りの形はなあに?」


「そうだな・・まんまるより少し欠けたまんまる未満の形が好きかな」


「私は三日月の形が好き」


「あれも楽しい」


「お月さまはドレス着ないの?」


「雲がたまにドレスの代わりをしてくれる」


「そっか!私はね、黄色いふわふわのドレスが着たいなあ」


「きっと似合う」


「うん!」


□  □


「ねぇねぇお月さま、今日はかけっこで1番だったんだよ!」


「走るのは楽しいかい?」


「うーん・・そんなに好きじゃないけど、1番は嬉しい」


「君は負けず嫌いなのかな?」


「負けず嫌い?」


「負けたら悔しくて泣いたりしないか?」


「泣かないよ?」


「そうか。それもまたとても幸せなことだろうね」


「今日はなかなか取れない1番だったから嬉しかった。あの1って描いてある旗を持ってみたかったの」


「私も嬉しくなったよ」


「お月さまも持ってみたかったの?」


「君がうれしそうで嬉しいんだ」


「私もお月さまが嬉しそうだと嬉しい!」


『楽しいお話ができて良かったね』


「うん」


□  □


「ねぇねぇお月さま。クラスの男の子に意地悪されたの」


「どんな意地悪だい?」


「私の上靴を隠したって」


「それは残念だね」


「なんで靴を隠すんだろう」


「靴は見つかったのかい?」


「うん」


「その靴は汚れていたかい?」


「ううん、全然」


「その靴は誰が見つけてくれたんだい?」


「クラスの別の男の子」


「見つけてくれたのは嬉しいね」


「うん、あって良かった」


「靴を隠した子はね、君に何か不満があったのかもしれない。仲良くなりたいのになれない、とか、言うことを聞いてくれない、とか」


「うん」


「そういう不満を物にぶつけてしまう子はいるんだ」


「そうなの?」


「そんなことをされても何もわからないし、相手の気持ちは変わらないのにね」


「わかんない」


「その子はきっと、先生や親にものすごく怒られただろう?」


「うん、ママが言ってた」


「君のママは怒ってたかい?」


「ううん。男子はそういうことやりがちだから許してあげてって」


「そうだね。君も少しびっくりしただけで怒ってないよね?」


「意地悪されたんじゃない?」


「その子の精一杯の悪あがきだったんだと思うよ」


「悪あがきってなあに?」


「どうすればいいかわからなくて、相手が悲しむかもしれないようなことをやってしまうのを悪あがきっていうんだ」


「悪あがきって楽しくないね」


「そうだね」


「やっても楽しくなかったんならもうやらないよね」


「そうだね」


「じゃあいい」


「君は本当にいい子だ。優しくて愛でできているんだね」


「愛ってなあに?」


「可愛くて大好きなことだよ」


「ピュアサンシャインみたいに?」


「そうだね」


「じゃあお月さまはピュアお月さまだよ」


「雲のドレスは何色にしようかな」


「白!」


「そうだね、そうしよう」



□  □


「ねぇねぇお月さま、私子供のままがいい。大人になりたくない」


「どうして大人が嫌なんだい?」


「大人って可愛くない」


「ふむ。大人の可愛いもいっぱいあるけどね」


「私、このまま子どもの服を着ていたい」


「君が可愛いと思う服を大人になって作って着ればいいと思うよ」


「そっか!じゃあ作る。絵に描くからママに作ってもらう!」


『ママにそんな技術ないわよ?』


「えー、困る」


『ママも困る』


「大人になってから可愛いを作る方法が見つかると思うから大丈夫」


「子供より可愛い?」


「そうだよ、大人にしか出せない可愛さもあるんだよ」


「うーん・・やっぱりやだ!」


『あらあら』



□ □


「ねぇねぇお月さま。好きな子がいるんだけど告白するならいつがいいかな?」


「・・・」


「お月さま?」


「告白しなくていいんじゃないかな」


「えー・・好きって気持ちがいっぱい溢れそうだから、伝えてみたいのに」


「小学生男子は女子に比べて気持ちの成長が遅いよ。伝えても受け取ってもらえないかもしれない」


「お月さまなんて嫌い!」


「・・・」


『あらあら』


□  □


「ねぇねぇお月さま。私、失恋したみたい」


「告白したのかい?」


「してない。だってお月さまが邪魔したもん」


「・・・」


「私より仲良しの女の子ができたみたい」


「振られたわけじゃないと思うよ。その子は今、他のことに夢中で恋愛する状態にない」


「ほんとう?」


「男子は気持ちの成長が遅いんだ」


『好きだと伝えてもいいけれど、同じ好きが返ってこないかもしれない。ちゃんとそれを理解した上でどうしても伝えたいなら、ママは構わないと思う』


「うーん・・考える」


「いつか本当に大切な人には必ず大好きを返してもらえる」


「うん!」



□  □


「ねぇねぇお月さま。お月さまと結婚するにはどうしたらいいの?」


「そうだね・・まずはロケットに乗ってここに来る方法もある」


「えー・・ロケットになんて乗りたくない」


「・・そうか。では・・私は意識体だから、意識でなら結婚できると思うよ」


「意識体ってなあに?」


「体を持たない気持ちだけの存在ってことだ」


「じゃあ結婚できないね」


「意識はとても自由だからね。しようと思えばできるはずだよ」


「じゃあ私の友達の彩夏ちゃんと結婚して」


「それは無理かな」


「どうして?」


「今君が話している私は、君の意識が作り出した『お月さま』なんだ。だから、私が彩夏ちゃんと結婚することはできない。ただ、彩夏ちゃんの意識を通した『お月さま』ならきっとできるかもしれないね」


「よくわかんないからいいや。無理って言ってたって言う」


「・・そうか」


□  □


「ねえお月さま。夕日に向かって叫びたくなるんだけど、これが思春期かな?」


「それは間違いなく思春期だね」


「無性に怒りたくなるときもある」


「思春期とはそういうものだ」


「それでね、気がついたことがある」


「なんだろう?」


「お月さまの声ってパパに似てるよね」


「それはきっと、君の知ってる大人の男性の声が父親の声だったからそれを使うようになったんだろう」


「ふうん」


□  □


じわじわとお月さまが父親だったなら、あんな恥ずかしいことを訊いたりしなかったのにという怒りに似た羞恥心がわいて、小学5年の頃にお月さまに話しかけるのをやめた。


□  □


高校で初めて彼氏ができて、大学生で3人の人と付き合って別れた。

社会人になり、取引先の三つ年上の人と結婚を見据えた交際を重ね、いよいよ明日は結婚する。


思えば、小さい頃は毎晩のようにあれこれとお月さまに質問をしていた。


最初は一階から答えてくれていた父も、できるだけそれっぽく聞こえるようにと、DIYでパイプを外壁に這わせて答えてくれるようになったらしい。


寒い季節も暑い季節も、私が話しかけてくるかもしれない時間にスタンバイしていたのだろう。


母に「質問は1つだけ」と言われても、全然守れなかった。どんなに長引いてもちゃんと答えてくれた。


1人旅が趣味のパパはたぶん、月が夜に出ない時期を狙って行っていたのだろう。


それがどれだけ小さい頃の私の愛情の入れ物に溢れるほど注がれたのか今の私にはわかる。



「ねぇねぇお月さま。私は溢れるほどの愛情を注いでもらってたんだね」


「私も君からたくさん愛情をもらっていたんだから、おあいこだね」


久しぶりなのにちゃんと答えが返ってきた。


「私にもできるかな」


「君なら大丈夫」


聞こえた声はしっかりと心の深いところへ届いて涙が溢れた。



『ねぇねぇお月さま。私の意識を通したお月さまは、最高にパパに似ていて優しいんだね』


心でそう言ってから


「ありがとう」と小さく呟いたら、


「こちらこそありがとう」


と返ってきた。


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