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これで完結とします。
「サボりじゃないよ、このお喋りもちゃんとしたお仕事だよ? 朔くん、私のお仕事に付き合ってもらって悪いね~」
僕には雰囲気しか分からないけど、保科さんはきっと、ニコニコとしているんだろうな。
「じゃ、聞いてもいい?」
瞬き一回。
「う…ん」
「えーっとねぇ。スタッフの皆からも聞いてこいって言われていることがあるんだよねぇ。まずは~……じゃじゃん! 『好きな子はいますか?』だって」
え?
思わず眉をしかめて、保科さんがいる方向を睨んだ。
「ん? この質問は救命救急ナースの小池リエカちゃんからだよ。意識が戻ったら絶対に聞いておいてねって頼まれてたの。だから、答えて~」
何を一発目から聞いてるんだよ……。
「…………い…あぃ……」
「んー……いない。で、合ってる?」
瞬き一回。
「えー? いないの? 残念! なら、クラスの中に可愛い女の子、いる? あ、この質問は救命救急ドクターの清水裕子先生からね。どう?」
はい?
同じようなことを連続で聞いてきた……。
保科さん、こんな質問ばっかりなの?
「……わ…か………ない…………」
幼気な男子小学生に聞く事じゃないと思う。
「んー? 分からない? ホント~?」
「ん!」
「そっかー。じゃあ、しょうがないなー。もっと恋しろよ? 次! 次の質問!」
何だとー! 上から目線やめてよ。
「好きな、……食べ物はなんですか? これは、事務員のペンネーム子猫の肉球さんからです」
「…………………………ぇん、ねぇんん?」
ペンネーム!?
ペンネームって、何? ここどこ!?
困惑する僕を放置したまま。
「そう、ペンネーム子猫の肉球さんからの質問だよ。好きな食べ物」
やっと普通の質問が来たと思ったのに。
「はぁ……」
僕はため息をついた。
……えーと。好きな食べ物。
「ㇵ……んバー…ゔ」
子供の大好物の定番だと思うけど。
ハンバーグに人参とブロッコリーがあれば僕は満足だ。
そして、僕の好きなマンガ、教科、遊び、嫌いなもの、いろんな事をいろんな人からの聞かれていたみたいで、僕はたどたどしい言葉で答えた。
もちろん言葉になってないことのほうが多いけど、それでも保科さんは僕が伝えたいことを理解してくれていたからで、僕はコミュニケーションを楽しめた。
保科さんはお喋り他にも手足のマッサージや体位変換と清拭もしてくれた。
身体の関節を曲げたり延ばしたりして、目覚めた時にリハビリがスムーズに出来るように動かしてくれていた。
たまに引っ張ったりして、回復を促していて、何かあれば声に出して伝えるようにといって、これは痛くない? こっちはまだ大丈夫? と触ってくる。
藤代先生と違って、妖しい事は言わないし、ヘンな事を言わないし、触って来ても擽られたりはしなかった。
雑談の時に何故かラブな話しをしようとしたのにはビックリしたけど、それはもう保科さんの知り合いからの質問を集めたからだと、諦めるべきなのかも……と、自分に言い聞かせておこうかと思っている。
「まだまだ体力がないから、眠気がきたら寝てもいいけど、少しずつ起きている時間を延ばせるようにしなきゃいけないんだよね。朝起きて夜に寝るのが未成年者の正常な日常生活だし、徐々に近づけるように様子を見ながら起こしてあげるね」
「う…ん」
保科さんがいてくれた時間は長時間ではなかったけど、やっぱり疲れてしまっていたのかな。
清拭が済めばスッキリして心地よい疲労感のなかで、すぐに眠ってしまった。
白い雪の世界の夢の中。
シマエナガが雪だるまを見て悲しそうな顔をしている。
「シマエナガ? どうしたの?」
雪だるまは不安になって問いかける。
「…………そろそろお別れしなきゃいけない」
シマエナガの小さな目に涙が溜まる。
「お別れ……」
茫然とした雪だるまは言葉を繰り返して、シマエナガが何故自分から離れるのかと悲しんだ。
「お別れしなければならないんだよ」
「なぜ?」
「春が来る。雪が融けて花が咲けば、君はいなくなってしまう」
「あ、そうか……」
「君がこれから生きていくための力をあげるね。……私のすべての魔法の力を使って私が君の身体を治す!」
シマエナガの決意を込めた瞳は輝き、その輝きは小さな白い羽毛までも光輝く。
「やだよ! 僕はまだシマエナガと別れたくない! 一緒にいてほしい! ダメだ! 魔法を使わないで!」
雪だるまが必死に叫ぶが、シマエナガの魔法は止まらない。
「いいんだよ。……私は充分に生きた。君が生まれてきてくれて、私は朔をあの事故から守れた」
シマエナガと朔の母親の姿が重なって見えた。
「朔が生きている、それだけでお母さんは幸せだよ。大好きな朔が守れて良かった」
朔の母親が笑っている……。
雪だるまから朔の姿に変わった。
雪の世界だったのに、シマエナガの最後の魔法がかかったせいで雪が融けてしまった。
雪だるまから朔に戻った夢では、足元は花が咲き乱れ、朔の母親が穏やかな顔で眠っていた。
シマエナガが消えた。
雪だるまも融けてなくなり、朔が残された。
朔は、眠る母親に何と声を掛ければ良いのか分からなかった。
ただ、涙を流して静かに夢から覚めるのを待った。
「朔」
お父さんの声だ。
お父さんの暖かい手が僕のほっぺに触れる。
ゆっくりと瞼を押し上げてぼやけるお父さんの顔を見上げた。
「朔。悲しい夢を見たのか?」
「ん……お…か……さ…ん……う…め……ぇぇ!」
見ていた夢を思い出して涙が溢れだし、僕は声にならない叫びを繰り返した。
お父さんも僕の気持ちを分かってくれた。
「朔っ! ごめん。お母さんの事、知ってしまったんだな……」
お父さんは僕の頭を撫でて一緒に泣いてくれた。
それから僕は眠っていた一年間と同じくらいの時間をかけてリハビリを頑張り、日常生活を取り戻す努力をした。
まだ視力は完全には戻らず、花嫁さんが着けるベール越しのような視界ではあるけど、慎重に動けば何とか移動は出来るし文字も分かってきた。
手も足も、しっかり動かせる。
発音訓練は保科さん達ナースの皆さんが楽しく付き合ってくれたけど、なんだか僕はあの人たちのいい玩具にされていたとも思える。
病院の中の学校で授業にも出席して小学校卒業までの勉強も……頑張らされた。
視力のサポートが必要なだけなので普通に中学校に入学させてもらえそうだ。
お父さんは何度も教育委員会に相談に行っていたらしい。
ありがとうね。
事故から二年経った今日、僕は退院だ。
たくさんの人に支えられて僕は生きている。
今度は僕が誰かの支えになれるように、もっと力をつけようと思う。
だから、お母さん、シマエナガ、僕の事ちゃんと見ていてね。
読んでくださった方、ありがとうございました。