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『ねえ、シマエナガ。ここは僕の夢の中のようだ』
「そうなのかい?」
真っ白の雪の大地の真ん中で、雪だるまは小鳥に話しかけた。
『うん。僕は事故に巻き込まれて、今は体が動かないし声も出せないみたいだ。なんだかこの夢と似てる』
「君は声が出てないけど私には伝えたいことが分かるよ。それではいけないのかい?」
『うん。夢の中のここだけでも、僕は自由に声を出してあなたとお喋りがしたい』
「そう。なら、君に魔法で口を作ってあげよう」
『え、いいの? 嬉しい!』
雪だるまは喜んだ。
「でもね、もしかすると、私の魔力が無くなるかもしれない。そうしたら、また記憶を失くしてしまうと思う。それでも良い?」
『あ……』
雪だるまは小鳥がいなくなるのは困ると思った。
『シマエナガがいなくなるのは寂しいよ! 困る! えっと、どうしたら僕の事を忘れないでいてくれる?』
独りぼっちになることを雪だるまは嫌がった。
『じゃぁ、少しだけっていうのは? 無理かな?』
雪だるまは必死になってどこまで譲れるのか考えて提案してみる。
「そんな中途半端なこと、したことない……」
小鳥は不安げに小声で零したが、やがて決心を瞳に宿して雪だるまに告げた。
「でも、やってみる。じゃないと、出来るかどうか、わからないものね」
『やってみてくれる?』
「うん。……やる」
『ありがと』
そして、小鳥は雪だるまに小さな口を付ける魔法をかけた。
僕はまた、あの雪の原の夢を見ていたようだ。
ゆっくりと目を開けて、僕は夢の中で魔法をかけてもらったことを思い出し、声を出せるのか試したくなった。
夢の中での魔法が現実でも続いているなら、どんなに良いだろう……。
僕は事故に巻き込まれる前は普通に喋って、歌って、友達と口喧嘩もしたし、たくさん笑っていたんだ。
だから声を出せない、喋ることができない、伝える事が出来ない、そんなことはないはずなんだ。
声を失うなんてこんなにつらい事はないと思う。
一年間寝てたからって喋り方を忘れる事はないはずだ。
「あ、朔くんおはよう。よく眠っていたようだね」
あ、この声は僕の身体を触りまくったお医者さんだ。
「ぅぅ……」
「あ、少し声が出せたね。昨日は目覚めて直ぐに無理をさせてしまってごめんね」
昨日?
僕はどれくらい眠っていたんだろう?
僕はゆっくり二回瞬きをしてお医者さんに合図を送った。
「分からない・困ってるの瞬きだね」
お医者さんは僕の合図を分かってくれた。
「何に困っている?」
「何が分からない?」
お医者さんたちは僕が何を伝えたいのかを考え始めた。
「朔くん。朔くんが何を聞きたいのか分からないから、教えてほしいと思う事をどんどん言っていくから、また瞬きで返事をしてくれるかい?」
瞬き一回。
「よし。じゃあ、朔くんが効きたいと思う事を聞くよ? 最初はー。あ、お医者さんの名前?」
瞬き二回。
本当、誰なのかは知りたいけど今は要らない。
「えッ!? 知らなくていいことなのか!? ショック!」
白くぼやけたままの視界でもお医者さんポイ人が後退り、ガタガタと物音をたてたのが分かった。
「……フフ……」
空気の漏れるのと一緒に僕の笑い声が混じった。
「あっ!! 朔くん、笑った!!」
「笑ったな~! ……うーん、笑うなんてひどいじゃないかー」
「でも笑ってくれて良かったですね、先生」
「うん。あ、知りたくなくてもいいけど、教えておくよ。俺の名前は藤代将希藤代将希。君の主治医、よろしくな」
瞬き一回。
「朔くんが効きたいこと……。あ、自分の身体がどうなっているのか、かな?」
うーん、それは前に聞いたからいいや、瞬き二回。
「そうだね、昨日少し説明したから大丈夫なのかな」
あっ、瞬き二回。
「うん? 昨日、説明したことが分からなったってこと?」
瞬き二回。
「分からない、か」
「昨日?」
瞬き一回。
「昨日?……昨日は五月八日です。今日は五月九日、午前八時半。それがどうしたの?」
……聞いてみたかっただけ、なんだけど?
でも、他にも聞きたいことがある。
お父さんは?
お母さんは?
お母さんはどうしたの?
お母さんは確か事故の時に、僕に抱き着いてきたはずなんだ。
なのに何でお母さんの話が聞けてないんだ?
僕は声を出そうと口を動かす。
「ぉ……あぁ、…ん」
口が、僕の声が、言葉にならない……。
も一度!
「お…ああ、…ん!」
僕は、お母さんは?って聞きたいんだ、解かって。
お医者さんの藤代先生に聞こえたかな!?
「朔くん。……聞きたいことがわかったよ。お母さんがどこなのか知りたいんだね」
先生は淡々とした声で、応えてくれた。
そうなんだ、わかってくれた、やっと。
僕は瞬き一回をしっかりとやった。
「朔くん。お母さんのことはもうすぐお父さんが来る時間だから、それまで待ってくれるかい?」
なんで?
瞬き二回。
「これはお父さんが話すって、決めているからね。ごめんね」
瞬き一回。
「分かってくれてありがとう」
コツコツと足音が近づいて、聞き慣れたお父さんの声が聞こえた。
「朔……。あぁ。本当に、朔が目を開けている!……良かった。……本当に、良かった……。朔、生きてくれて、戻ってきてくれて、ありがとう。お父さん、お前が生きていてくれて嬉しいよ」
僕の左手をそっと掬い上げて、優しく握りしめてくれた。
お父さんの、握ってくれている手が震えている。
声も震えていて、……泣いているの?
左手が暖かい水滴で濡れていく。
お父さんの流した涙?