続・続・大きな古時計
前作『続・大きな古時計』で、古時計を蘇らせた主人公。
今回は、おじいさんとのお別れを中心に描いています。
1
「時計が……動いてる……」
父さんが、鐘の音を聞きつけてやって来た。
「どういうことなんだ……?」
父さんは目を瞠って、古時計がチクタクチクタクと時を刻むのを見つめている。あの歌と同じように、もう動かないと思い込んでいた時計が動き出したんだから、無理もないだろう。
僕は、時計店のおじいさんとの出会いを父さんに話した。
「そうか、親父だけの時計じゃなかったんだんな……」
父さんはもう一度、古時計を見つめた。
「おじいさんたちだけの物じゃないよ。僕たち家族の時計でも、あるんだよ」
「そう、そうだな……」
これからは、僕や父さんのために時を刻んでほしい。そしていつか増えるかもしれない、新しい家族のためにも。
2
「ところで、通夜の前に手伝ってほしいことがあるんだ」
父さんが神妙な表情で話し出した。僕たち二人で、湯灌をするのだと言う。
湯灌というのは、おじいさんの遺体をお風呂に入れてあげること。本当に湯船に入れるのは大変だし、業者に頼むことが多いらしい。でも、儀式的な面が強くて、遺族がお湯で絞ったタオルなどで拭いてあげるだけでも良いのだそうだ。
葬儀に出るのは、僕と父さんだけだ。百歳まで生きると、呼べる人も少なくなってくる。おじいさんには親戚もなく、同級生や元同僚も、みんな先に亡くなってしまっていた。年下で存命の人もいるのだろうけど、仕事を離れて数十年も経って、年賀状のやり取りすら途切れてしまっているようだった。
「たくさんの人を見送ってきたのに、自分の時は見送ってくれる人がいないなんて、寂しいよな」
父さんは言うけど、僕はそう思わない。寂しい思いをさせる人が少なくて済むじゃないか、と思う。
だけど、
「一緒に温泉へ行って、背中を流してやるつもりで、やってやろうじゃないか」
という意見には賛成だ。
古時計のある居間で、湯灌を行うことにした。シートやたらいを探したり、お風呂で沸かしたお湯を運んだりと、慣れない重労働は大変だった。でも、僕らは厳粛な気持ちで準備を進めた。
布団を敷いて、おじいさんを寝かせる。パジャマを脱がして、二人で手分けして身体を拭いていった。
おじいさんの手。小さな頃から、僕の頭を優しく撫でてくれた。いたずらをして、ゲンコツで叩かれたこともあったけど、その後すぐに、叩いた所を撫でてくれたんだ。その手はいつも温かかった。
おじいさんの顔。優しい笑顔だった。その分、怒った時はとても怖かったけど。昔の写真を見せてもらったことがあるけど、どれも厳しい顔をしていた。そういう顔をしなきゃいけない時代だったのかもしれない。
おじいさんの背中。実はおじいさんのおんぶが、一番好きだった。広くて硬くて柔らかい、草っ原に突っ伏しているような気持になるんだ。
父さんはたくさん、おじいさんに話しかけていた。僕より長く一緒にいたんだし、思い出もたくさんあるんだろうな。
3
父さんと分担して身体を拭いているうちに、僕がお尻の担当になった。男の人のお尻は、四角くて硬い。……女性のは、まだ知らないけれど。
それで、その……お尻の……辺りを拭く段階になって、僕は手がとまった。最近、似たような体勢で、何かをしたような気がしたからだ。
「どうした?」
気づいた父さんが声をかけてきたけど、応えられなかった。ちょうど、その『何か』が、記憶の隅から引っ張り出されてきたところだったんだ。
僕は立ち上がって、古時計に手を伸ばした。傍に立てかけてあった、時計店でもらったゼンマイを掴んだ。そして、おじいさんのお尻に挿した。
「おい、何をする!?」
カチリ。
「……」
「……」
僕はゼンマイを回し始めた。
ギリギリ、ギリギリ、ギリギリ、ギリギリ、ギリギリ……。
ギリギリ、ギリギリ、ギリギリ、ギリギリ、ギリギリ……。
百年分回すのは、骨が折れる。父さんも替わってくれた。
それから二時間経って……。
おじいさんの時間も、再び時を刻み始めた。