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やがて二人は門の前に立つ。
額から流れる汗も枯れ果て、口の中の唾液も無くなり喉も乾燥。
二人に残るのは、生への執着と、汗で湿った服が作り出す不快感のみだった。
目の前に、岩壁の如く威圧感を見せる、閉まったままの観音開きの鉄製の門扉。
その前に、立ちふさがるように佇む二人の男の姿があった。
白い布を外套に、頭にターバン。手に鋼鉄の長槍というその姿は、紛いもなく兵士。
身体に巻き付けられている外套の肩辺りに墨で何かを描かれているのか、鳥のような翼が見えている。
鳥――――それはこの国家の象徴的存在であり、首都東京の国旗に描かれている姿でもある。故に、その外套から見える翼の絵から、その二人が兵士だと想像するのは容易であった。
それで無くとも、唯一開放される門の前に武装した人間がいる、さらに検問が必至だという事からその考えに行くことは簡単であるのだ。
「お前たちは旅人か?」
ナツメ達が立ち尽くしていると、二人が視界に入った時から構えていたであろう兵士の一人が声をかけた。
ナツメは疲労で現実感を無くしかけている頭で、それでもその言葉に答えるべく首を縦に振ると、
「なら、こちらへ来い」
そう言ってから、ナツメ達に向けた槍の切っ先を天へ向け、二人を呼ぶ。
さらに門へと近づくと、ナツメは何も言わずに兵士にバッグを渡し、外套を脱ぎはじめた。
ナツメは慣れた手つきで検問を受け、兵士もまた、当たり前のように荷物を検査する。
バッグの中身を丁寧に取出し、確認。
空になった水袋が3つに、塗り薬の入った缶。様々な大きさの銃身に、弾薬が沢山詰まった木箱が複数に、方位磁石が2つ、そして地図が一枚。
検問官はそれを検査してから、最後に薬物が隠されていないかだけ確認して、荷物を元に戻した。
西篠は、そんな荷物を見て目を丸くしたが、さらに外套の下に身につけていたナツメの武器を見て、さらに驚く。
地面に置かれた、鞘に入ったロングソード。鞘には綺麗な飾りが施してあり、業物であることが見て分かる。
並べられた回転式拳銃に、自動拳銃。
さらに武装の中で一際目立つのが、――――純銀で出来ているのか金属光沢がよく目立つ――――ショットガン。
まるで悪魔でも払うために作られたようなそれには、銃身に十字の形が彫られていた。
「武装許可証を出せ」
一人は元に戻したショルダーバッグを肩に掛け、一人は銃器を確認しながら、ナツメに声を掛けた。
「はいよ」
ナツメはズボンのポケットから革製の黒い財布を取出し、中から写真添付済みのカードを出し検問官に渡す。
検問官は渡された許可証とナツメを交互に見比べながら一つ頷き、ナツメにカードを突き返した。
「夏目……だな。よし、通っていいぞ」
ナツメは検問官が許可証を見ている間に武装を整え、既にバッグを背負い終えた直後だった。
腰に剣、ジャケットの様に着るガンホルダーは、脇辺りで拳銃を備える仕様になっている。
左肩からはストラップでショットガンを下げ、右肩からショルダーバッグを担ぐ。
返された許可証を財布に仕舞い、ポケットに戻してから、左手に脱いだ外套を抱えるナツメは、開く様子もない門の近くへ移動する。
門が開くのは、街に入る者全員の検査を終えた後。
それは勿論、開扉した際に、どこかに潜む盗賊などの侵入を防ぐためだ。
故に、西篠の検問をしなければならないのだが――――
「次、早く来い」
そうに検問官が声を掛けても、西篠は動く気配すら見せない。
それは動けずにいるが故に固まる身体が原因で、その動けない理由というのが、目の前の検問官なのだ。
「どうした。具合でも悪いのか?」
検問官が聞くとおり、その顔からは血が引き蒼白。
身体は痙攣を起こしているのか、ふるふると小刻みに震えていた。
「ん? お前、どこかで――――」
「すみません。ソイツ持病の発作が出ていて、急いで街の薬を飲ませなければならないんです。検問は後にしてもらえませんか?」
検問官の言葉と重なるようにナツメは言葉を紡いだ。
西篠の守るようなその台詞は、ナツメの口からは聞いたこともない位丁寧で、だがはっきりと、それは『胡散臭く』聞こえた。
「病には見えるが、お前の言葉は嘘臭い」
ナツメはそれを聞いて一つため息を吐いてから、再び財布を抜いて紙幣を二枚。
それぞれ検問官に手渡してから、同じ台詞を口にした。
検問官はそんな行動に警戒を見せながらも、薄汚れ、荷物もなさそうな西篠を一瞥し、仕方ない、と言ったふうに首を縦に振る。
西篠は、そんなナツメと検問官のやりとりを見て、複雑ながらもようやく安心を手に入れた。
顔面蒼白はそのままで、だが身体の震えは払拭した西篠は、大きな深呼吸をして心を落ち着かせる。
――――やがて、ようやく威圧的な鉄扉は検問官によって開かれ、真っ先に眼に入る人の多さを目の当たりにしながら――――
二人はようやく、街の中へと入っていった。
首都東京は、東西南北にそれぞれ区を名付けられ、それぞれ門を聳えさせている。
そして唯一開門を許されているのが、ナツメ達が入った北区である。
東京で栄えるのは、それぞれ分けられた区の中心部だが、取り分けその繁栄を目立たせているのが、旅人をカモとして見る商人達が構える商店が多い北区と――――
日本の中心である首都の、さらに真ん中である中央区。
そこに行けば揃わぬモノはないと言われている程であり、そんな事実もあってか、その人口密度は驚きを超し、絶句するほどであった。
人造石に軽く砂が乗る程度の小綺麗な大地の脇に、平屋の商店や、高く聳えるビルが見える風景の北区は、人でごった返していた。
「話は後、まずは飯にしよう」
ナツメは振り返らずに、背後に立ち尽くす西篠に声を掛けると、迷わず、並ぶ商店の一つに足を向けた。