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「……ふぅ、一命を取り留めた気分だ。本当にありがとう、感謝するよ」
空になった水袋を男に手渡しながら、青年は微笑んだ。
まだ数リットルは残っていたであろう水の悉くを飲み尽くされてしまった男は、ため息を吐きながら水袋をショルダーバッグに仕舞い込み、右手を差し出す。
もちろん、これは『どういたしまして、こっちとしても助かってよかったよ』なんてフレンドリーなものでも偽善的なものでもない。
「お助け代10万円になります」
街から歩いて一時間ほど離れたここは、街に入るまでにその倍以上の時間が掛かる。
この街は、日本の数多有る街よりも遥かに大きく、豊か。
辺りにも街は在るが、その街が存在できるのは、この『都市』にあるオアシスから水の配給があるからだ。
男はその日本の中心であるこの街にようやくたどり着くという所だったのだが――――不幸な事故か、水を全て奪われてしまったのだ。
この鋭い日差しの中、水なしで2時間の徒歩。不可能ではないし、旅なれた男なら余裕さえ見せるだろうが――――
この明らかなオアシス育ちの、砂の上を歩くのでやっとの青年を連れての徒歩は、中々きついものがあるのだ。
それゆえに伴う危険からの護衛と、水代。全てで10万。
男はそれを要求しているのだ。
青年はその言葉を聴いてから、その顔から笑みを消し、俯いてから、呟くように返答する。
「……俺には、金が無い」
「大体見れば分かる」
男は即答し、また青年はその返答に眼を丸くして男を見つめていた。
身なりは、一応外套を身に纏っているが、安っぽい布で、それも不器用に着付けられている。
荷物は無く、ただその身だけで砂漠を越えようとしたという姿を見るに、それは明らかに不審。
砂漠を越えるとなれば、まず水が要る。水を手に入れるには金が要る。
水を持っていた痕跡すらないという事は、金が最初から無いということだ。
なら、なぜソレを知っても自身を助けたのか。青年はそれを疑問に思っていたが――――
「だから、お前には文字通り身体で払ってもらうんだよ」
男は青年の疑問を知ってか知らずか、言葉にして伝えると、青年に背を向けて、街へと歩き出した。
背を向けたなら、逃げられる。身体で金を払うという事は、どう意味を捉えても危険なことなのだ。
故に、今なら逃げるチャンスがある。そう、考えることも出来たのだが――――
青年はただ真面目に、純粋に男の借りを返すために、その背を追うようにしてついていった。