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そんなナツメの台詞の直後、階下に騒がしいくらいの足音が鳴り響く。
それは散り散りになって、複数の気配が吹き抜け部分へとやってきたと思うとまた別れ、そうして1つがナツメたちの居る部屋へと近づいた。
騒がしい足音は、やがて聞こえた乱れる息遣いと共に、其処に現れ、声を上げていた。
「そこに居る者達、止まれ!」
最初から動いていないナツメらにそう叫びながら銃口を向ける少女がそこに居た。
ナツメは扉の出入り口に仁王立ちする西篠の隙からそれを除き見て、やはり、と笑顔を作る。
其処に立つ少女は、ナツメが電車に乗車した際に暴れていた不良者達を捕まえていった『荒波水城』であったのだ。
「彼女は?」
荒波が近づく中で、涼谷はナツメにそう聞いた。ナツメは簡潔に出会い頭を語ると、感心した様に声を漏らす。
「へぇ、いまどき珍しい娘じゃあないか」
まず手始めにと、荒波は西篠の両手を後ろで組ませて、その手に手錠を掛ける。
さらに腰に下げた手錠を手に取り、前へと進み、部屋の中に押し入った。
そうしてまず眼に入るのは、血に浸っている部屋の床。生臭い、鼻を突く臭いにのなか、倒れて動かない男の姿。
その中で座り込み、原型を何とか留める、肉がグチャグチャになっている手を頭上に上げて、これまた動かない少女の姿。
荒波はまず後ろに跳ねる様に引いて立ち止まり、それから小さな悲鳴を上げた。そうして、ゆっくりと、ナツメに視線を合わせた。
「借りを作るのは嫌なので付いてきました。話は追い追いで聞いて何とか理解していますが……、殺人は、殺人なのだと私は思いますが」
サッと、荒波はナツメの左腕を掴んだ。既に血は止まっているその腕は、それでも傷を治す体力が残っていなかったために痛々しい銃痕が残り、血で汚れていた。
その手を掴み、手首に丸い輪を押し付けると、それは押され、半円が一回転してまた戻り、ナツメの手を輪の中に収めることに成功した。
「おい、ちょっと待て、俺はやってない。俺は誰一人として殺してないぞ?」
「ソレが通用したら殺人犯なんて居なくなりますよね」
まるで話を聞かない荒波に、流石にコレは酷いだろうと、頭に血を上らせて叫ぼうと、腹に力を入れた瞬間――――ナツメの力は、フッと抜け、膝から崩れ落ちる。
落ちる最中で、さらに落ちた意識を取り戻すことのないナツメは、体力の限界であった。
ナツメが床に倒れると、間も無く他を探していた委員会局員達が部屋の中へと入り、少し気圧されながらも呉氏崎を連行、歩くたびに顔を歪ませる西篠は、遅れながらも何とかその後を付いていく。そうして岩垣を担架で運び、階下の3人を連れて行く。
瞬く間の内に全てが終わったソレは、最後に上守宅の門の前に「立ち入り禁止」のテープを張って終了した。
ナツメに濡れ衣を着せたことと、支部局長という理由で自由の身に為った涼谷は、屋敷の前に立ち、最後に寂しそうにソレを眺めてから、屋敷を後にした。
この後、涼谷に残るのは、荒波の所へ行きナツメの冤罪を主張し、自身の犯した事を告白した後――――治安維持委員会から立ち去ることであった。
結局、武装したことは無意味であったなと、涼谷は右手を包む黒い布を眺めてそう思った。
「…………、」
その右手で、涼谷は顔を覆う。未だ野次馬もなく、辺りには誰も居ないそこで立ち尽くす涼谷は、静かに涙を頬に伝わした。