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ナツメが西篠に対して邪悪な笑みを向ける十数分前――――。


階下から響く凄まじい揺れに、涼谷は思わず立ち止まった。


――――下で戦いが始まったか。……あるいは終了したとか。


そう考える間に、再び床が振動する。涼谷は、それはないなと首を振って再び駆け出した。


向かう先は――――


涼谷は目の前に迫る扉を迷わず蹴り開け吹き飛ばし、中に飛び入る。


中はいたって普通の洋室。正面にテーブル、その右脇に屋根の付いたベッドがあるだけの、殺風景な部屋。


涼谷はそのテーブルに肘を着き、頬杖を付いた少女を確認。


そうして大剣を正眼で構えて、目の前で特に驚いた風もないその少女に対して声を張り上げた。


「ゴキゲン麗しゅう。不躾に申し訳ありません、上守嬢」


「構いませんわ、ところで貴方、どちら様かしら?」


いけしゃあしゃあと、涼谷は歯を食いしばって言葉をかみ殺すと、目の前の『見たことも無い少女』に対して吐き捨てた。


「お覚えはないですかね?」


「無いわね」


しれっと返す上守(仮)に、涼谷は辛抱たまらんと声を張り上げた。


上守社かみもりやしろをどこにやった!」


「……さぁ? 今頃汚らわしい男達の慰みものにでもなってるんじゃないかしら?」


醜い笑顔で歪む綺麗な顔に、涼谷は思わず叫んでいた。


「貴様ァッ!!」


怒りで紅く染まる視界、思考。名前負けしているその行動をやめようとはせず、涼谷は剣を振り上げて数歩前の少女へと駆け寄った。


「あら野蛮なこと」


少女はそう呟いて椅子から立ち上がる。その瞬間、振り下ろされた剣がテーブルを真っ二つに叩き折っていた。


そうして流れるように横薙ぎに放たれる一閃。少女は屈んでやり過ごすが――――


屈んだその時、頭上で刃が通過する頃。涼谷の肉付きの良い足は、少女の顔面目掛け放たれ、避ける間も無くその顎を蹴り抜いていった。


上顎と下顎ががっちり噛み合う音を鳴らし、少女はその場に倒れる。


衝撃が脳へと伝わり、朦朧とする。その中で、首筋に刃が当たるのを感じていた。


「貴様のその他の奴隷や従者、治安維持委員会西地区第3区画支部から来た4人の部下はどうした?」


歯を強く噛む。そのまま剣を振り下ろさずに入られない衝動を必死に抑えたまま、涼谷は言葉を紡ぐと……。


「フフッ」と愉快そうに笑った声が聞こえ、


「『全部』売り払ったわよ。奴隷商人にね。膨大な価格だったわぁ、何せ合法じゃあないからね」


ギリリと、歯が擦れて音が鳴った。このままでは奥歯が砕けるのも時間の問題である。


「その証拠は?」


「倉庫部屋に証書を閉まってあるわ」


「貴様らの目的は」


そう聞くと、少女は溜息をついて、


「今、其処まで聞く必要はあるの? 時間の無駄じゃない?」


「貴様らの目的は」


繰り返す涼谷、少女は呆れたとまた大きく嘆息した。


「反政府組織の成立のための資金稼ぎ。私の『能力』で周りの人間を偽って過ごしてきたけど今日で終わりね。戦闘用の能力ではないから」


「貴様は……本当に……?」


本当に言葉を聴いていたのか、窺い知れぬタイミングで聞く涼谷に、ソレがいかにも愉快であるように少女は笑顔で答えた。


「えぇ、本当に売り払ったわよ。あのお嬢様。白くて綺麗な髪に肌。紅い瞳で、アルビノだったのかしら? 難儀な運命よねぇ。それに鍛錬された男達も、案外ソッチ方面で『使われ』てたりね」


ゴリッと、奥歯の存在が曖昧になる。粉のようなものが口の中に広がり、何かの塊が下の上で転がる。


口から吐き出し、床に投げると――――それは紛う事なき奥歯であった。


「第3支部局長の権力に於いて、貴様を逮捕する」


「それは少し、待ってもらいたいわね」


そう言う少女は、続けて大声を張り上げた。


「岩垣!」


「はッ!」


声に応じて――――ベッドの下から現れた巨体は、短剣を両手に、逆手に構えて駆け出してきた。


巨体の割には素早く、それは瞬く間にして涼谷に迫り――――。


涼谷へと迫る。後数歩でその刃が敵の身を切り刻むという中で、不意に体が動かなくなった。


それと同時に、岩垣の胸に鋭い痛みが走る。それは徐々に、感じたこともない痛みへと変わり――――。


「……ッ!? ゴ……埼、様ァ……」


真っ直ぐ突き出された刃が、岩垣が認知する間をおかずに突き刺さり、やがて全てを理解した岩垣は力なく、言葉をかすれさせて紡ぎ、膝から崩れ落ちていった。


涼谷は剣先に重みが伝わる前に引き抜く。切っ先が岩垣の血で尾を引くが、涼谷は気にもせず、紅く染まった刃を再び少女の首筋に当てる。


生暖かい血が、冷たい刃で冷やされ、感覚は酷く気持ちの悪いものであった。さらに少女の近くで倒れた岩垣からは血が流れ、それは辺りを浸していく。


少女は床につけた顔を上げるが、その血は留まることを知らずに少女を包んでいった。


生臭く、鉄臭い。妙に暖かいそれに、少女は吐き気を催した。


「『ごっこ』は終わりなんだよ、呉氏崎ごしさき様?」


岩垣が最後に呟いた言葉を聞き逃すことなく、それ故に知った少女の名を刃と同じように突きつけて続けた。


「貴様が奪った十数の人生。しっかりと償ってもらうよ」


気がつくと――――階下から聞こえる轟音、発砲音の一切はなくなっていた。

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