2
西篠の集団、というのは妙な言い方だがそれは確かに、全く同じ背格好で、一寸も変わらない顔を持つ西篠が何人、あるいは何十人といるのだ。
脳を圧迫するような、言いようの無い苦しみの中、ナツメは膝を立て、腰を上げる。
その弱弱しい姿を無表情で眺めるそれらは、静かに右手を上げて、指先をナツメにあわせるという動作を見せた。
「ったく……、んとにツイてねぇな」
ナツメは呟きながら、頭を締め付ける様な吐き気を催す苦痛を押さえつけ、手の中から落ちそうになる拳銃をしっかりと握り締め、撃鉄を起す。
乱れる呼吸をそのままに、ナツメは辺りを確認する。
アーチ状に隊列を組み、西篠たちは誰一人漏れることなくその指先をナツメに差し向けていた。
少し視線を上げて、吹き抜け部分の――――先ほどまで西篠が居た場所を見るが、そこには既に、人影は無かった。
気配を探ろうとするが、そんな集中力も皆無。思考という思考が、紡ぎだされる前に頭痛が邪魔をする。
気がつくと――――ナツメは数十の西篠に囲まれ、作り出す円の中心に立ち尽くす形となっていた。
シュールだな……、そんな呑気な言葉だけはしっかりと出てくるナツメは、ゆっくりと、自身を囲む西篠の内の1人へと歩み寄った。
だが、それでもただ手を伸ばすだけの西篠は、無表情で、何の意思も持たないように立ち尽くすのみ。
そこでようやく、ナツメは確信した。
「これは……幻影ですね」
誰に言うでもなく、1人呟いたつもりだったのだが――――不意に現れたソレは、1つ咳払いをして頷いた。
「確かに」
盾を左手に装備し、軽々と持つ剣の切っ先を下に、涼谷は西篠の集団を『すりぬけて』ナツメの隣へとやってくる。
「バレない内に何かしら手を打てばよかったのにな。電撃を枝分かれさせて幻影から放たせた、見たいな感じにするとかさぁ」
「敵にダメ出しするのは勝ってからですよ。まだ敵が西篠を除いて2人残ってるんだし」
「2人?」
「力が強くタフな岩垣に、未知数の上守(仮)って話しましたよね?」
あぁ、そういえば。そう呟いて、涼谷は提案する。
「2手に分かれよう」
「えっ」
そうして強制的にそれは実行に移された。
涼谷は、最早それは提案ではなく、これからの行動を口に出したと受け取れる言葉を残して駆け出す。
今はソレはやめておこうと、何とか考える時は既に遅し。元気良く床を鳴らす足音は、既に階段を登っているという事を知らせていた。
恐らく岩垣は上守と共に行動しているだろう。だからこそ、単身で向かうのは少しばかり、いや、それはかなり危険で無謀なのではないか? 涼谷の実力を知らないからだろうが、強くても、驕りはピンチへと繋がるのだ。
そんな思考をめぐらせていると――――不意に背後から、速射される発砲音が空気を振るわせる。
幾発分もの銃声がなり、発砲音は止まるかと思いきやまた別の方向で同じ銃声が重なって響き渡る。
天井の照明が割れ、ガラスが降り注ぐ。階段上の窓ガラスが盛大に割れていく。
屋敷を省みない、暴走に似た速射は数分続くがやがて終了。だが、それはまるでナツメには当たらず、思わず屈んでいた身体を起して周りを確認する余裕が心に生まれた。
――――気がつくと、辺りの西篠は消え、そうしてその発砲していた主の姿が露になった。
2人。サブマシンガンを両手で構えた男が、壁を背にして両側に立っている。
「よく来たお客様! 今朝は失礼な事をしたので!」
男が声を張り上げる。どうやらさっきのは威嚇だったらしいと納得していると、もう片方の男が続けて叫ぶように言った。
「だから今回はその報復といたしまして」
「惨殺」「パーティーを」『開催します!』
それぞれ交互に口を開き、最後に言葉を重ねるという、まるでこれからお遊戯を見せる年少の子供のような事をして――――2人は同時に、片方はライフルの銃身の下になにやら大きな銃口の銃身を装着している『グレネードランチャー』というゴツイ、敵弾を装弾したままライフルが撃てるタイプの銃を。
また片方は狙撃銃を床から取って、装備する。
そんな2人を見て――――ただの雑魚かな、と甘く、舐めていたナツメは思わず浮かび上がる苦笑を隠せずに居た。