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堅い靴底が不確かな地面を踏みしめ、足は前へと進む。
朝方はまだ寒かった砂漠も、日が丁度頭上に差し掛かろうとしている昼頃になると、気温は40度を上回る。
雨が降っても水さえ吸収しないこの渇ききった砂は、気候によって気紛れに気温を変化させるのだ。
深夜から早朝は気温10度を下回り、日が出始めて沈むまで、気温は40度を簡単に超える。
その余りにも強い日差しの中肌を露出していると、僅かな時間で、皮膚は紫外線や、純粋な熱によって焼かれてしまう。
故に、服の上から全身を包むような外套や帽子をかぶらなければならない。
それは、旅人にとっては常識といえる程当たり前で、水と同等に大切な事なのだが――――
街からいささか離れた、辺りには砂漠に適した植物も生命もなにもない、殺風景な砂上で、『腕』が『生えていた』。
「こいつはまた……変わった植物だな……」
男は困ったような表情を作りながらも、眼下の地面から生える『腕』に、そんな冗談を吐いていた。
男は、こんな経験は初めてと言うわけではない。だからこんなことも軽口に言うのだが――――
歩いていて、目の前に突然『死体』が出てきたようなものなのだ。
いくら慣れたと言っても、気分が悪くなるのは仕方がない。
死体を見て喜ぶのは、狂人くらいなものだ。
男は一つため息を付いてから、ソレを街へ運ぶために、腕をつかみ、力一杯引っ張るのだが――――
肘から上が見えるその腕の、手首を掴んで引っ張った瞬間、恐らく身体が埋まっているであろう場所がビクリと激しく弾け、引っ張った勢いと力が相乗し、
「うわっ!?」
引いた方向が逸れ、結果的にソレは襲い掛かるように、男へとのしかかったのだ。
地面に背中を打ち付け、その衝撃は砂を巻き上げて、男は思わず目を瞑る。
「み…………」
そんな中で、小さな擦れる声が耳元で囁かれた……気がした。
「み……ず…………」
みみず? こんな砂漠じゃみみずなんてものは生息してないだろ。
男はそう、声に対しての返答を思惟しながら、身体の上に乗る『死体』を下ろした。
全身にかかる砂を払い、立ち上がりながら、死体の形相に視線を移す。
短い髪に、薄く開かれた生気のない瞳。まだ水分が抜き切っていないのか、その肌にはまだ水も弾きそうな若々しさが宿っていた。
だが、全体的に色が薄く感じるのは、砂ぼこりで汚れているからなのだろう。
「死後数時間ってとこか……」
街の裏側から1時間ほど歩けばつくだろうこの場所は、道も舗装されていないために、面積の広い靴底でないとすぐに砂に足をとられてしまう。
道の舗装とは、人がよく通る道に石畳のように石板を起き、歩き易くすることだ。
実際、これが有るのと無いのとではかなり違い、足も砂にとられずに済むので、徒歩の速度も倍以上になる。
恐らく、この死体は、外歩きが慣れないのに未舗装の道に来て、足を取られ、埋まっていた、ということは砂嵐にあったのだろう。
見た目はまだ若く、17、18歳と言ったところだろうか。
短く刈り込んだ髪は、生前は頼もしかったであろうその姿をよく表していた。
「……仕方ねェ、街まで運ぶか」
男は大きくため息をついてから、その死体の腕を握る。
その瞬間――――死体の目は突如として力一杯開かれ、
「水を……くれ」
驚いて腰を抜かし、砂のうえに尻餅を着いた男に、『死体』はそう、声をかけた。