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ナツメはその言い方と、言い直した一人称とでなんとなく大体を察して、視線を下げて首を振る。
「少なくとも、あそこの人間以外に居るような気配はなかったな」
それを聞いた涼谷は、一瞬、悲しそうな表情を見せた後、直ぐにその瞳を鋭くさせた。
「なら、あたしは……治安維持委員会、西地区第3区画支部の長として赴かなければならないようだ」
「……、……」
恐らく、近頃の噂を聞いて部下を向かわせたが、その悉くを消されてしまったのだろうと推測を付けて、何か言葉を掛けようとするナツメだが、何を言えばいいのか分からず、開けた口をゆっくりと閉じていく。
席を立ち、急ぐようにその姿を奥へと消して行った涼谷を見て、ナツメは心にもやがかかったような言いようの無い気持ちに襲われた。
――――俺の考えが正しければ、たかが1人や2人で上守宅に乗り込んでいくのは危険だ。だが、決心を急いたような涼谷に俺の言葉なんてものが届くのだろうか。否、それは届かないだろう。
綺麗になっているこの室内も、いつ部下が帰ってきてもいいような風に掃除が行き届いている。その部下達が、誰1人として帰ってこない理由を薄々感付きながらも、確かな真実が目の前までやってくるまで待っていたのだ。
それを、ポッと出の俺がどうして邪魔できようか――――
奥で金属の擦れる音が聞こえる。
――――この予測が、ただの予測、凡人の妄言なら、ただの思いすごしならば全ては丸く収まる。ただ岩垣と西篠を捕らえれば言いだけの話だ。だが、恐らく、これは……事実。
『上守社は既にあの屋敷には居らず、上守社に化けた何かが、その莫大な資産で何かを起そうとしている』ということが――――
その『何か』とは、恐らく警察と政府を兼ねている、治安維持委員会に対するテロ組織を作り上げること。
西篠がわざわざソレを吐き散らしたのは、ナツメとの戦闘で西篠が破れ、そこで全てが解決、未然に防げたと錯覚させるため。
長い時間、戦闘を終えた夜の深淵でナツメはその考えに至った。だが、その時点では既にナツメ自身も疲弊しきっており、全てを解決させることも、する気もなかった。
上守に化ける未知数の何かに――――ナツメ自身の弱さゆえに、命を奪えなかった西篠。
少なくとも、あの時の西篠の戦闘力は本来の半分か、それ以下だろう。
――――だったら、どうする? 少なくとも今の俺には無理だ。武器も無い、戦略もまともに浮かばない程疲弊している。だったら
その答えが、西地区第3区画支部だったのだ。
だが、実際に来てみればこの有様。部下は既に上守(仮)の毒牙にかかっており、残っているのは支部長の涼谷ただ1人。
支部長という役職についているのだから少なくとも――――
金属音がカチャ、カチャ、と聞こえ、近寄ってくるのに気づいたナツメは思考を止めて、顔を上げる。
「や、待たせた」
椅子の手前で立ち止まった涼谷は、自分の身体を見せ付けるように胸を張った。
銀光りする鉄の肩当てに、右腕だけ装着される黒い布のような何か。胴には何も装備されていないが、先ほどのつなぎ服を脱いだためか、中に着るシャツはその身体にぴったりとしていて、そのスタイルの良さが浮き彫りにされていた。
そして太ももから伸びる、鉄の脚甲。アンバランスなその装備を見せ付けた涼谷は、少しばかり笑顔を見せて、背中から何かを引き抜いた。
頭の先にある柄を持ち、慎重に取り出す。やがて姿を見せたソレは、見たことも無いほどの大きさを持つ剣であった。
柄と同程度の太さから始まり、それは次第に太くなる。そうして掌ほどの幅に到達すると、また閉じていき、切っ先へとつながる。
「グレートソードと言ってだな。あたしの愛剣だ」
へぇ、と感嘆の声を漏らしたナツメは、
「銃器などは使わないんですか?」
「いや、使い捨ての榴弾砲を使う」
言いながら、見せびらかした剣を抜き身のまま、背中へと戻していく。柄をパチリ、刃をパチリと、皮製の簡単に固定する道具でしっかりと固縛して、手を離した。
そうしてから、いつの間に床に置いたのか――――白い布のリュックサックを背負う。
「……留守番を頼むぞ」
一瞥してから横を向いて玄関へと向かう涼谷に、ナツメは慌てて席を立ち、バッグを肩に担いで横に並んだ。
「俺も行きます。そんなあからさまに死にに行くような台詞を図れても困りますんで」
そんなナツメの行動は、涼谷の予想通りだったのだろう――――その姿を見て笑みを浮かべた涼谷は、自分より少し小さいその頭に手を置いて、かき回した。
「そいじゃ行くか。まずは穏便に、腰を低くしてから証拠を掴んで――――」
頭の中の考えを口に出しながら、涼谷は歩き出す。ナツメは頭の上の手を強く振り払ってから、心許無い純銀の拳銃をバッグの上からなでて、その後を追っていった。