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そんなナツメが鬱陶しいと、涼谷はその頭に鋭いチョップを喰らわせた。
「あいたっ!」
声を上げて起き上がるナツメは、「なにをするんだ」と言わんばかりの視線を突きつけると、涼谷は煙を払うようにソレを手で振り払う。
「男がメソメソするな気持ち悪い。女々しいんだよ」
「いや、だって……」
「だってじゃない!」
涼谷はそう言って卓子を強く叩くと、そのまま立腹したように立ち上がり、ナツメに背を向ける。
「どこへ?」そう聞くと、首を回して得意気な顔を見せて言った。
「お花を摘みに」
なんだ、と嘆息すると涼谷は何かが不満だったららしく、小さく舌打ちをしてそのままどこかへと消えていった。
そうして、未だ財布が残した傷を痛ませながら、辺りを見回す。
顔を右に向けると、扉の無い玄関。その正面に卓子と椅子があり、それは片側3人ずつ座れる仕様になっている。
振り返ると後ろには台所。銀光りを見せるシンクに、ガスコンロ。左を向くと――――つまり玄関の正面、そこは既に壁であり、大きな窓から燦燦と降り注ぐ日光。
正面には少しばかりの区切りがある。恐らく、2つの部屋が続きになっている為であろう。
その向こう側は薄暗く、4つ向かい合わせにくっついて、その奥にまた1つ、それらより少しばかり大きな机があるという事くらいしか判断できなかった。
木造設計のそこは小さな事務所風の内装で、見た目の割には綺麗に掃除が施されて、日光に照らされるハウスダストの少なさに、ナツメは感心する。
「待たせた」
天井の蛍光灯を眺めていると、前から声が掛かる。そこへ視線を向けると白いハンカチで手を拭きながら歩み寄ってくる涼谷が、清々しい顔を見せていた。
「そんなに電気が珍しいか?」
続けて言う。そんな涼谷に、ナツメは素直に頷いた。
「いやぁ、なんというか……この東京はバランスの悪い発展の仕方してるなぁと思いまして」
電気が無く、治安も悪い北地区に対して、高層ビルの立ち並ぶ中央区。慎ましいがそれなりに発展した技術を持つ西地区。
どれもコレもが整っていない。地区を移動しただけで、まるで他の世界に来たような錯覚すら覚えるこの街は、それでも何故か、人で潤っていた。
「――――それは置いといて」
聞いた涼谷は興味なさそうに切り捨てて、ナツメの背後に回る。
シンクの上に並ぶコップを2つ手に取り、その脇に鎮座する巨大な樽から水を汲みながら、涼谷は続けた。
「ここを訪ねたという事は、何かしら用事があったのだろう? 力が必要な事が」
足音を立てながら、再び先ほどまで座っていた席まで歩み、椅子に腰を落としながら、ナツメの手前に水が並々と汲まれたコップを置く。
「……、あぁ、アンタ――――涼谷さんなら知っているだろうが」
「涼子で構わないよ」
言葉を遮りそう伝えると、ナツメは了解したと、頷く。それを見て満足そうに微笑むと、コップを手に取り、口元まで運んで傾け、喉を鳴らした。
口元から水が滴る。喉を沿ってインナーに着るシャツが濡れていくのを見ながら、ナツメは涼谷を待つ。
やがて、「ぷっはー」と息をついてコップを置くのを確認して、言葉を紡ぎ始めた。
「えぇ、実は――――」
そうして、昨日から今日にかけて起こった出来事と――――それに関する、自身の疑惑、疑念、推測を簡単にまとめて涼谷に話して聞かせる。
上守の事、岩垣の事、西篠の事、それらが関連する昨日のこと。そうして、それらを通して怪しく思った点。
その全てを聞かせるには、十数分ばかりの時間を要した。
話し始めると、少しばかり緩んでいた涼谷の顔は引き締まり、決して茶化すことなく、聞き逃すことなく耳を傾け、それが話し易かったのか――――ナツメは口がカラカラに渇きながらも饒舌に続けて、終わったと同時に、コップの中の水で喉を潤した。
「なるほど。その事に話す前に、1つ聞くが――――」
卓子の上に、コツンとコップを置くと、涼谷が口を開く。
涼谷に気を許したナツメは、真剣なその眼差しを、しっかりと見据えた。
「あたし」、そう言って、涼谷は1つ咳払いをして――――
「私の部下は、上守卿宅にお邪魔していなかったか?」