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椅子を組みなおし、卓子を起して女と向かい合わせに座るナツメは肩身が狭いように握りこぶしを膝の上に乗せ、俯いてテーブルの木目を数えていた。
「おい、君は年、幾つ?」
卓子の下で足を組み、椅子に斜めに座って背もたれに左肘を掛けながら高圧的な態度で聞く相手に、ナツメは恐縮そうに答える。
「19……です」
「へぇ」
と女はナツメを舐めるように眺めて、その優劣を見極めたような視線を突きつけた。
「あたしは24だ」
「24にもなるのに落ち着きが無いんですね」
「もう大人の仲間入りしているのにも関わらず年上の人に対して口の聞き方を知らない君に言われたくはないなぁ……つか敬語! もっと慎みを持て!」
遠まわに言おうと試みる女だが、何かあまり効果が見えないように思えて、単刀直入に言ってみるが……。
ナツメは鼻から息を吐き出して、溜息をついた。
「いや、それは悪いと思いますけどね? こっちは急いでるんですよ、割とね。それなのにこんな職務怠慢を看板に掲げているようなところで時間を潰されて」
「あたしはその台詞に面目丸潰れになったけどな。酷く傷ついたよー」
よろよろと儚げに卓子に伏せていく芝居を打つ女に、ナツメは呆れたように息を吐く。
「電話、借りていいですか?」
椅子を引き、立ち上がりながら聞くと、女は伏せたまま、見上げるようにナツメを見て面倒そうに口だけを動かした。
「いいけど、無駄だと思うな」
何か見透かされたような言葉に、ナツメは胸に衝撃を受けつつも、知らぬ顔で「何故?」と言及する。
聞かれて、女はその顔を真面目さを入れて引き締め、大きな瞳を薄めて背もたれに身体を預けた。
「名前も何者かも、全部聞き忘れたから君が関係者だと仮定しておく。だから話すが――――知らないか? 2日前、中央区の中心部である第1区で能力者同士の戦闘があって、其処は壊滅状態。電波も通信線も元からプッツリ切れてるから連絡取り合う手段は無い」
2日前――――その言葉を耳に入れて、ナツメは記憶を探る。
2日前といえば、丁度この街に帰ってきた日だ。確か、喫茶店に入って、席に着いて――――大地を振動させる何かがあった。
ナツメは更に1日を振り返るが、それ以外に心当たりのあるようなものは無く、それ故に、その振動こそが大規模な戦闘だったのだと確信する。
だが、かなりの距離がある北第1区まで振動が伝わるのだ。一体どれ程の能力が?
聞いてみようとも思ったが、蛇足だと思い先を進めた。
「っつーことは、中央線は通っては?」
女は肩をすくめて首を振る。
「ないね」
予測どおりの答えに、ナツメは肩を落とした。
人を呼ぶにも、電話が使えないので隣の区までは自ら赴かなければならない。それには時間が掛かるので、取り合えず本部に連絡しようにもやはり電話が通じず。
唯一近くに居る関係者は、目の前の男勝りな言葉遣いの女性ただ1人。
そうして現状を簡単にまとめたナツメは、ツイていないと首を振る。
「一先ず、君の名前を教えて」
「あぁ」
そうにナツメは気後れしないように返事をして答えた。「ナツメです」
「いい名前だな、意味は分からないけど」
誉めているのか貶しているのか良く分からない感想を告げる女は、1つ息を置いてから、胸をそらして、既に漏れている顔の笑みを隠す事もせずに言った。
「あたしは『涼谷涼子』。よろしく」
熱い砂上の街で涼しそうな名前を持つ涼谷は、そういいながら身を乗り出し、手を差し出す。
「あまり、よろしくしたくないんですけどね」
悪態をつきつつも、しっかりと伸ばした手に伸ばし返し、握手を交わす。
そこで、不意に、なぜだか――――ある事を思い出して、手を引く際にズボンの後ろポケットに手を伸ばした。
――――無い。
涼谷がなにやら、今後について語る中、その言葉を右耳から左耳へと受け流すどころかそもそも右耳に流し込んでいないナツメは、椅子の下に置いたバッグを膝に乗せて、中を漁る。
空の弾薬箱、純銀の使い道の分からない短発式拳銃に、弾が切れ、分解収納されたショットガン。缶に入った塗り薬に地図、空になった水袋、方位磁石に――――
よくコレで砂漠を十数キロ歩けたなと感心する一方で、見つからない探し物に冷や汗を流し、背筋に冷たいものを走らせた。
そうして――――フラッシュバックする記憶。
尻から掏り取られた感覚に、バッグを漁られた音。全てが薄暗闇の中で行われていて……。
やがて抽象的な記憶が、しっかりと脳内で全容が明らかになった。
探し物――――財布と、天田一行の賞金は、岩垣に襲われた際に盗られていたのだ。
ご丁寧に武装といらない荷物だけを残して、金は全て。
その中には、治安維持委員会の職員証明書や武装許可書が一緒くたに記載されている特別製のモノが入っていた。
それらは紛失した際の再配布は無し。恐らく始末するつもりだった岩垣は、先にそれらを処分してしまっただろう――――
「――――でだな、……おい、聞いてんのか?」
ようやく聞こえてきた音声に、ナツメは気力が失せた瞳を向け、力なく頷いた。
不幸だ――――
そう心で叫んで、自暴自棄になりかける心中をそのままに、机に倒れ、頭をごつんと勢い良くぶつけてまた1つ、大きく溜息をついた。