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ナツメは静かに、背後の気配から動作を伺って、剣を鞘に収め始める。


皮製の鞘は、音も鳴らさずにその刀身を飲み込んでいく。その最中で、岩垣は楽しそうに声を張り上げた。


「潔く諦め申すのか? 一般的に社会が構成される動物畜生のように腹を見せて降伏の意を見せるのか? だァが、アンタは駄目だお客人、アンタは首を突っ込みすぎた」


そんな言葉を背に、ナツメは集中する。意識を最下層に落ち込ませる感覚を自身で作り出し、自分の中の妄想さっかくを現実だと誤認させる。


すると、不思議と力が湧いてくる。その代わりに、少しばかり思考のめぐりが悪くなっていく感じがした。


「……20、30、50……再振り替え終了……」


頭の中で思い描いていた事が口から漏れ出す。だが、さして気にした風もなく、ナツメはゆっくりと振り返り――――ソレと同時に銃口をナツメへと向ける岩垣が居るであろう暗闇に、目を凝らした。


予想通りの壁際から移動は無い。直ぐ後ろの壁があり、そこから少し進んだ先に岩垣。その岩垣の正面、離れた位置にナツメが居て――――力を込める足に集中し、強く蹴ろうとした瞬間。


「やめなさい、岩垣!」


上守の声がして、ナツメは重心を故意にずらし、バランスを崩してその場に留まった。


やがて――――ナツメは静かにそのやりとりに耳を傾ける。


「彼は知ってはいけないことを知りました。その上『治安維持委員会』だと。それを野放しにしていては、お嬢様は――――」


「私は構いません。たとえ誰が何をしようとも、この家の当主は私です。貴方が私を思ってしてくれたのは、理解できなく、気持ちも受け取れません。誰かの犠牲の上に立ってまで、生きていたくなどはありませんわ」


なんて生っちょろい、少しは利口だと思っていたが――――そう心の中で呟きながら、ナツメは首をゴキゴキと鳴らす。


目先の、闇と同化しかけている影は大きな声を張り上げ、話し合う。感情的になる上守に対し、静かに黙りこくっている岩垣に、ナツメは少しばかりの不安を抱き始めた。


「――――貴方の罪を明らかにして、償い、私も貴族の地位を……」


「甘い! 何を言っているのですかお嬢様! お嬢様は私なくしてどうこの世界を生きていくおつもりですか? 今ならまだ、あの男を始末すれば良いだけの話。人手が足りないのならば、余りある財源で増やせば良いだけの話! この世界では、真っ当に生きていくことなどは――――」


瞬間、銃口から火花が散るのが見えると同時に、言葉を遮る銃声が烈しく響き渡り――――銃弾が天井を貫く音がした。


「黙りなさい。私が、私で決めたことです。貴方に口出しはさせません」


「……あー」


そうに、岩垣は何かを思考するように声を発しながら、カチャリと音をさせて、続ける。


「お嬢様、アンタ、邪魔だ」


「なっ――――」


忠誠を誓っていたと思っていた岩垣の口から思いもよらぬ言葉が吐かれ、ナツメの思考は一瞬白く染まる。


次の瞬間、行動を起そうとするナツメの前では既に行動を起す足音が激しく鳴り響いていた。


「岩垣、何を――――きゃぁっ!」


悲鳴が聞こえ、その直後に鈍い音がドスっと重く耳に届く。


ナツメはなにやら嫌な予感というか、恐らくそうなのであろうというあまり信じたくは無い現実を想像しながら、足を進める。


暗闇の中、だが幾らか慣れた闇。正面にある2つの気配、其処から、1つの息遣いだけが妙に粗くなっていくのを聞いていた。


衣擦れの音。乱れる呼吸――――冷たくなっていく背筋とは裏腹に、握った拳は熱い血潮が流れている。


「貴方は何も分かっちゃあ居ませんよ……、何も……」


呟きながら、やがて何かが床に置かれる。そうして新たな、ナツメ以外の足音が加わって――――ナツメの目の前に、ようやくその身体の形が分かるほどの影が現れた。


「人の言ったことを素直に信じてしまうお嬢様が、この世界で生きていくことは難しい」


「だからって過保護なのはどうかと思うけどな? だから育たないんだよ。身体だけは大人になっても、まだコウノトリやキャベツ畑を信じてらっしゃる」


ナツメが嘆息しながら言うと、岩垣は静かに笑う。


「構わない。お嬢様は傷つかず、綺麗なままこの家で一生涯を過ごすのだから」


「うわ、気持ち悪ぃ」


ナツメは言うと同時に強く地面を蹴り、大きく右に跳ぶ。するとその直ぐ後に、足元で破裂音にも似た銃声がけたたましく鳴り響いた。


銃声の余韻がまだ空気を振るわせる最中、着地した足でそのまま、男の下へと再び地面を蹴って移動。


数メートルある距離は瞬く間に縮まって――――


「速」


「お前が遅い」


男の目の前、呼吸が感じ取れるほどの距離で立ち止まり――――ナツメは僅かに集中しながら、腰を落とし、拳を構え、放つ。


放つその最中で、ナツメの髪が勢いよく逆巻くのを見た岩垣は、ショットガンの射程外のナツメに咄嗟の挙動が成せず、そのまま鳩尾に鋭い打撃を貫かれた。


その巨体は、一回り程小さいナツメに、背後へと吹き飛ばされ、やがてそのまま地面に自然的に落ちて落ち着くのかと、岩垣は僅かに空白に染まる意識の端で考えていると―――――吹き飛ばされている中で、再び先ほどと同じ場所に、鈍い衝撃。そんな攻撃に、岩垣は一瞬にして気を失った。


背後へと飛ぶ速度に追いついたナツメが、追撃にと放った拳は思惑通り岩垣に辺り、そうして、程なくして岩垣はプラスされた衝撃によって本来到達し得なかったであろう壁に叩きつけられた。


ナツメは地面を擦るようにしてブレーキを駆けて立ち止まり、「解除」と呟く。すると、逆巻いていた髪は下がり、身体のバランスもようやく安定する。


『能力者』――――ナツメはその1人であった。


ナツメは静かに、乱れる呼吸を幾度も繰り返し、肩を大きく上下させながら、壁に張り付き、少ししてから地面に伏した岩垣へと歩み寄る。


頭の先に立ち、ピクリとも動かないその巨体を仰向けに起こし、その手からショットガンをやっとと言った様子で剥ぎ取ると、その近くで倒れる上守の下へと足を向けた。


ショットガンのセーフティを確認しながら、ストラップで肩に背負い、上守の様子を伺うために屈む。


影の一部と化しているために外傷、内傷は分からないが――――少なくとも血の臭いはしない。呼吸も安定していて、脈も正常。ただ、気を失っているだけらしい。


ナツメは安心して1つ息を吐くと――――静かに、扉が開く音が微かに聞こえた。


そんなことで、ナツメは違う意味で1つ、また息を吐くと、上守の脇に置いてあったアサルトライフルを手にした。


そして、続けて上守の外套を軽く引っ張り、重さのあるほうに手を伸ばして、そのポケットから、弾倉マガジンを取り出して、ポケットに詰め込む。


この弾倉は、もう1丁あった銃の弾倉なので、コレと、装着してあるもの以外換えはない。


さらに拳銃を上守の手から取り――――結局、外した、預けた武装は一通り元に戻っていく。


拳銃の弾倉の予備もバッグから取り出そう、そう考えた先から、行動は遮られた。


「……岩垣さんを倒すなんて、やはりナツメさん、貴方は只者じゃない」


足音を隠そうともせず鳴らして、階段を下りる『西篠』は――――身体を発光させていた。


否、『身体』ではなく、それは正確には身体の周りを迸る電気が西篠を照らしているのであるのだが……。


ナツメは1つ息を吐いて、むき出しになっているホルスターへ乱暴に拳銃を閉まって、アサルトライフルの引き金に指をかけた。


「横から入ってくるわけでもなし、仲間がやられるのを助けるわけでもなし。お前は何だ? 第三者か?」


軽口の如く口走ると、西篠は余裕たっぷりに口を開いて返答する。


「えぇ、まぁ、そんな所ですかね。タイミングが必要だったんですよ。この力があればまともに生きられる。どうせそんな特異な力があるのならば、大きな事がしてみたい……とね。岩垣の強要に堪え、上守卿の哀れさに同情し、そうして『その時』が来た」


「……俺との、出会いか?」


「流石です」そう言って、西篠は手を胸の辺りまで上げて、その掌で電撃を弄ぶ。


細く、青白い糸のようなソレは、まるで生き物のように動き回り始めていた。


「誰かのために部下を殺す? それを認めず地位を捨ててまで正義を貫く? 僕にはそのいずれも興味がありませんでした……。だから、貴方の登場を待った。帰ってくる道に、死なない程度で干からびて貴方を待っていた」


「お前……不特定多数ではなく、俺を待っていたと? 何故知っているんだ? 何故――――」


思考が絡まるのを防ごうと、矢継ぎ早に疑問を口にすると――――バチンと、何かが弾ける音がして、ナツメは口をつぐんだ。


「正確には『ナツメ』ではなく、外から帰ってくる『治安維持委員会』を待っていたんですよ。全てを巻き込むために――――そして、僕の存在を、その歴史に刻ませるためにね」


「な、何を――――」


「僕はこの時を持って奴隷の地位を捨て、一人間として立ち上がり――――そして宣言する。一能力者として、『治安維持委員会あなた』を潰す!」


そう叫びながら、西篠は電撃が迸るその手を、静かにナツメへと向けた。

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