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第三話『本来のお仕事』

「…………っ?」


不意に寒さを感じて、ナツメはその目を一気に開いた。


辺りは暗く、目をキョロキョロと動かすと、鉄格子の向こう側に火の灯った蝋燭が、一定の間隔で設置されていることに気がついた。


そうして、自然に、ここは地下牢の中なのだと、理解する。


肌寒く、明るければ吐息が白く染まるのが分かるであろう。床は石畳で、そこに寝ていた身体はギシギシと錆びたように痛む。


うつ伏せに寝ている身体を起そうとして、そこでようやく両足と両手が、それぞれ縛られていることを知る。


そこから、芋虫のように這ってネジって、ようやく足を前に投げ出すように座ることが出来た。


服装は、外套を取られただけ。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚は全て無事の様子。


武装は勿論全てが剥ぎ取られているようで――――ナツメは深く、息を吐いた。


一体どれ程の時間が経ったのか。ナツメは考える先から漏れていく思考に、首を振って考えるのをやめた。


上守社について――――全ては、情報屋からの『噂』であった。


ここ数ヶ月、上守社が病に伏せているという事。買出しや、庭の掃除をしていた奴隷達が、上守社が寝込み始めたとたん、その姿を見せなくなった事。


それ以降は、ナツメの大よその予測、疑惑であったのだが――――過程はどうでアレ、その奴隷達が本来法律では許されていない使用区分に使われるために売り払われている、というのはどうやら残念なことに事実らしい。


肉体、精神を限界まですり減らされ、廃人になるまで扱われる、本来の奴隷としてのあり方。


現在では、その使用方法は許されては居ない。それゆえに、そのような使用方法を実行した場合は厳重な捜査の元で、治安維持委員会に捕まってしまう。


「……だけど、依頼されてない仕事まで手を出すモンじゃねぇな」


そう、ナツメの依頼された仕事は既に終了している。この街に帰ってきた時点では、本部に連絡を入れて、暫しの休暇のはずだったのだ――――全ては、西篠と出会ってから狂い始めた。


『能力者』。それは数少ない人類の中でもさらに希少な存在。


人とは明らかに異なる超能力を自由自在に扱える、超人的存在。それは、奴隷などという底辺の地位を簡単に覆す、生まれながらのエリートコースへのチケット。


だから、親切心で、西篠を助けたのだが……。


ナツメはもう一度、息を吐いた。


その能力によって気絶させられ、現在は惨めに地下牢へと幽閉されている。


最も、ナツメにとってここから脱出することは容易である。だが、ナツメはソレをしない。


それは、まだその時ではないからである。


そうに思惟を巡らせている最中、遠くから、靴が床を踏む音がコツコツと響き、それは次第に、大きくなってきた。


程なくして――――外套を羽織ったソレは、ナツメの居る鉄格子の前で足を止めた。


「……起きて、いらっしゃいますか?」


小さな声が、辺りに響く。ソレを気にしてか、彼女はその顔を出来る限り鉄格子へと近づけた。


「何のようです? 『お嬢様』」


「もう私には、貴族で居る資格はありませんわ。ですから……、最後に貴族らしく、高貴な精神を貫かせてもらいます」


「……何を――――」


問いかける間に、目の前でガチャリと音がした。思いもよらぬ行動に目を見開くと、鉄格子の一部が錆びた音を立てながら開いていった。


「岩垣も西篠も、今は眠っています。昔から、草木も眠る丑三つ時と言うでしょう?」


上守はナツメに歩み寄り、手の中の、彼女が持つと物々しく見える包丁で、ぎこちなく、その縄を切っていく。


そんな中で、ナツメはふと、軽口を漏らした。


「ナイフとフォークより重いものは持ったことが無いわけではないんですね」


そういうと、上守は少し、困ったように笑って、


「そんなことは、ないですわ……。いつも、持ってもらっていましたもの。大事なモノは、何もかも」


「だけど、まぁ……、事情を話してもらいましょうか」


ようやく自由になった足で、よろつきながらも何とか立ち上がり、ナツメは背後で組まれる両腕に力を込めた。


ナツメの髪が、風の無い其処ではフワリと逆立ち始め――――縄はミシミシと、軋むような音を上げる。


それを見て上守は少し離れると、その直後、縄はけたたましい音で鳴きながらその身を千切り、やがてナツメは自由になった両腕を軽く回しはじめた。


「力は人一倍あるほうでね」


そう言った途端、烈しく床を蹴る足音が無数にそこへと侵入し、息を付く間も無く牢屋の前に2人程の男が現れた。


「お嬢様ッ! 見張りのものを気絶させたのはお嬢様ですか? 何故そのような事を――――」


「馬鹿者が、お嬢様が自らそのようなことをするはずが無かろうが。この男に、脅されたのだ。そうに間違いない」


平々凡々な過保護者の会話を脳に刻みながらナツメは嘆息し、牢屋から出て、2つの影の前で立ちふさがった。


廊下はさほど広くは無い。牢屋の正面は壁で左右には通路が延び、その幅は人が2人並ぶので精一杯。


2人の男の手にはアサルトライフルがあるらしく、ソレを両手で構えながら、横に並んで銃口をナツメに向ける。


「……そうか、貴様、岩垣殿が言っていた治安維持委員会の狗だな? ならば、そう傷つけることはできぬな」


「関係ない! 正当防衛だと言ってしまえば岩垣様も納得――――」


言い終える前に、壁際に立つ男の顔面は壁に叩きつけられた。烈しい衝撃がその地下全体に伝わり、耳障りな轟音がいつまでも響き渡る。


だが、その後一向に落ちることも倒れることも無いソレは、確かに壁にめり込んでいた。


何事か、そう思い、錯乱する頭でそれでも引きトリガーに指を掛ける男は、ソレを引く間も無く背後へと蹴飛ばされた。


一瞬圧迫する強打、肺から全ての気体を吐き出しながら、硬い石畳に身体を打ち付ける。頭の方でガチャガチャと何かが擦れる音がしたと思うと、その手には銃が消えていた事に気がつく。


ソレを理解した次の瞬間、目の前に迫る影に殴られ――――男はそのまま白目を剥いた。


「……でも、今までお世話になった皆さんが暴力を振るわれるのは、心苦しいものですわ」


男の落としたアサルトライフルを手にして立ち上がると、いつの間にか背後に立っていた上守がそう悲しげに呟いた。


「被害者に回るも、加害者に回るも貴方の勝手だ。悔いの無いほうへ行った方がいいですよ」


目に掛かる髪を掻き上げ、ナツメは隣の牢屋を覗き込む。すると、そこにはご都合的にナツメの全武装が管理してあり――――ナツメは鍵のかかる南京錠を、銃で南京錠ごと破壊して中へと入っていく。


「……そう、ですよね」


俯いて口にする。上守はそこで、ようやく決意したように、呟いた。


「私は、悔いの無いようにやりますわ」

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