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部屋は広めの洋室。部屋の中央には長方形のテーブルがあり、ソレを挟むように手前と奥に高級そうな革製のソファー。
正面の壁に、一定の間隔を置いて大き目の窓が2つ。そこからは穏やかな陽光が入り込んでいる。
促されるままに中に入ったナツメは、薄い絨毯を歩き、ロングソードを外してから、手前のソファーに腰を落とした。
強く反発するクッションに身体を揺らされながらも、やがて落ち着き、ナツメは大きく深呼吸をする。
少し埃っぽい空気は喉に張り付き、烈しく咳き込んだ後、ナツメは陽の光に煌めく埃を目にした。
「……『お嬢様』の看護で随分と忙しいようだな?」
「その、ようですね……」
そう言うと背後に立つ西篠は、顔を背けながらそう答える。
ナツメは身体に密着させたバッグの紐を肩から外し、少しばかり離れた隣に置いて、バッグの中から昨夜弾を詰め込んだ、箱型のケースである弾倉をズボンのポケットにあるだけ詰め込み、息を吐いた。
「先ほどは、なぜ銃を……?」
尋ねる西篠の言葉に、ギクリと胸を弾ませて、ナツメは「分かったのか?」と尋ね返す。
「えぇ、金属の擦れる音がしましたので」
「反射的に、な。暗闇は無意識の内に警戒しちまうんだ」
「……そうですか。あまり危ないことはしないでくださいね」
「あぁ、分かってる」
簡単な会話が終えると、沈黙が訪れ、辺りを瞬く間に包んでいく。
重い空気、押しつぶされるような感覚。ナツメは暇なその時間に、思考をめぐらせる。
あらゆる可能性、状況。それを突破する方法。その後の展開、自分の行動……。
全てを最悪のケースから考え、思惟する。ナツメはそこまで楽天家ではないようであった。
そうして待つこと数分。背を向けている扉が、コンコンと、2度ほどのノックを鳴らす。
西篠は慌てて扉の元へ行き開けると、遠慮のない足音が、ズカズカと中へと、そうして、ナツメの前までやってきた。
「申し訳ございません、お待たせしたようで……」
華奢な、女性ならではの体つき。薄いネグリジェを身に纏い、その上に厚手の外套を羽織っている。ソレを前から両手を交差させるように引く為に見えた指は、しなやかで、荒れ1つなく。
そうしてナツメは段々に見上げる。
肩より長い、透き通るような金髪。眉辺りで綺麗に整えられ、その下には大きく凛々しそうな瞳が、薄く開かれていた。鼻筋は通り、口元はしゅっと締まっている。
実際の年齢より、その少女の外観はいくらか大人に見えていた。そして、その外観は恐らく男女問わず10人が10人とも振り返るような、絶世の美少女である。
そんな彼女が、今目の前でそんな無防備な姿で現れたことに胸を悪い意味で高鳴らせたナツメは、それでも平静を装って立ち上がった。
「病に伏せている中で申し訳ございません。もし、そちらがよろしければ、また後日、とさせて頂きたいのですが……」
「いえ、構いませんわ。私の大切な身内を助けていただいたのですもの」
ナツメの差し出した右手に、柔らかな右手が強く握られる。そのまま引けば簡単に倒れてしまいそうな身体に、ナツメは着席を促した。
「此方が言うのも失礼ですが、どうぞ、遠慮なくお座りください」
「はい、ありがとうございます」
軽く頭を下げて、上守はゆっくりと腰をソファーに落ち着ける。
紅く火照る顔は、恐らく例の病のせいであろうと考えながら、いつの間にか上守の背後に立つ岩垣を視界に入れて、ギョッとなった。
見上げると笑顔で返す岩垣は、警戒しきっていたナツメに気づかれず、その場にいて――――ナツメはそれだけで、恐ろしく疲弊していた。
「初めまして。私は上守社と申しますわ。この度は西篠輝を連れて来て下さったそうで、なんとお礼をすればよいのか……」
「いえ、お礼の程は気にせずともよろしいですよ。此方は、それ以外の話で来たのですから」
「……お話、ですか?」
ナツメの言葉に、怪訝そうに眉を顰める上守に、ナツメは首肯する。
その直ぐ後ろで、西篠が唾を飲み込む音が聞こえて、ナツメは静かに続けた。
「えぇ、実はなんでも――――最近は物騒な世の中らしいのです」
「? ……はぁ、そうなのですか」
相槌を打つ上守に、ナツメはすかさず笑顔を見せ、
「貴族が、奴隷を違法に扱ったり、なんてこともしばしば」
そんな言葉に、上守の眉は反応を隠せずにピクリと弾む。
「……何が、言いたいのです?」
「なんでも最近――――この家はあまり良い評判じゃあ無いそうじゃないですか。令嬢は『治らぬ病』だとか、『奴隷達が突然居なくなった』、だとか……」
其処まで言うと、今度はその背後に居る岩垣が、ナツメを睨みつけるように視線を送る。
上守は、膝の上の外套を強く握り締め――――それでもナツメは気にしない風に、関係ないと言葉を重ねた。
「いや、1つの噂にですね、『奴隷を売り払った』と流れているのですよ。勿論、法律に抵触どころかどっぷり浸かってるルートでね。俺個人としては、その不名誉極まりない噂をなくすためには、しっかりと『治安維持委員会』で証言なさってもらえれば――――」
発現中の、明らかな不満を孕む舌打ちが、ナツメの言葉を遮った。そうして、言及する間も無く、地響きのような声が命令した。
「輝、やれ」
「駄目です西篠これ以上――――」
悲鳴にも似た声が止めようとする中で、ナツメの首筋に、汗で濡れた生暖かい掌がそっと触れた。
バチバチと迸る電撃が、ナツメの肌をチクチクと刺激して、
「……ごめんなさい」
そう謝罪する声が、情けなく震える声音が鼓膜を揺るがした直後――――耳に、太い腱が引きちぎれるような鈍い音がした。
ソレと同時に襲い掛かる衝撃。重量感たっぷりなハンマーでその首筋を強打されたような力を受け、ナツメは前へと倒れる。
倒れた先には図ったようにテーブルがあり、その角に額を強打。だが、先の衝撃のほうが強く、痛みは感じず。
そのまま、ようやくといった感じに床へと倒れた。だが、それでもナツメは身体を動かそうと、腕、足、指先へと力を込めるが――――その悉くが、まともな反応を見せずに『痺れた』まま動かなかった。
「申し訳ないですねェ、ウチの輝は『能力者』なんですよ。にしてもタフですねェ、お客人様よ」
低い声が、脳を揺るがす。そのまま、ズボンのポケットから財布を抜き取られる感触がして、
「チッ、ったく、また厄介なモンを連れて来てくれたなァ、輝?」
「……?」
「コイツは『治安維持委員会』の人間だ」
その言葉の直ぐ後に、ナツメの耳には西篠の烈しい咆哮が聞こえ――――再び襲ってきた、首筋への衝撃に、ナツメは苦しくも意識を手放した。




