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ガチャリと音を立てて、鍵は静かに開いた。ナツメは静かに鉄製のドアノブに手を伸ばし、捻りながら引く。
ドアノブと同じく鉄製の扉は、それでも錆びたような音は立てずに、静寂を壊すことなくその身を開いていった。
ある程度解放すると扉は手を離しても勝手に閉まることは無くなり、その位置でナツメは扉をそのままに中に入って行く。西篠はそのドアノブに手を掛け、自身を部屋の中に押し込んでから、扉を閉めるように手で軽く引いてから、すぐに離す。すると、ドアはバタンと比較的乱暴な音を立てて閉まっていった。
完全な暗闇の中、2人の息遣いだけが感じられる室内。そのままナツメの足音がして、カチリと何かを押すような音。すると、すぐさまに部屋の中に灯りが灯った。
眩しく、西篠は思わず目をくらませ腕で光を遮ってから、光になれた頃にようやくその部屋の中を見回した。
「……へぇ、中々いい部屋じゃないですか」
偉ぶってそう評価する西篠は、あちらこちらに顔を向ける。
綺麗な、明るい彩色の壁紙、埃1つない家具、新鮮な明るさを作り出す蛍光灯に、整っている2つ並んだ見るからに寝心地のよさそうなベッドがあり、正面には、広場が見える大きなガラス戸。
それは確かに、手ごろな値段にしては割合質のよい部屋であった。
「ま、部屋にトイレも風呂も付いてないからだろうな。あと食事が質素とか」
思いついたままにナツメは口にしながら、外套を背の高いコート掛けに掛け、窓際のベッドにショルダーバッグとロングソードを投げた。
部屋の構造は、扉を開け、まず左手に洗面所がむき出しに存在するという1つの空間があり、そこを抜けると2人が居る寝室。ベッドは右手壁際に横になって並んでおり、その足元から少し離れた位置に2人がけのやや大きめのテーブルがある。
ナツメはそれからテーブルに拳銃二丁とショットガンを並べ、思いついたようにバッグの元へと駆け出した。
何かするのかな? そう思った矢先に、ナツメはおもむろに自動拳銃を解体し始めたのだった。
「……整備ですか?」
手持ち無沙汰の西篠は開いた壁際のベッドの足元に腰をかけ、その光景を眺めながら言う。
「あぁ、砂漠から帰ると使わなくてもいつの間にか砂が入ってるからな。あと、この純銀製の拳銃もそもそもの整備が必要だし」
手に取り、西篠に銃口を向けるように構えると、それはチャッと音を立てながら静止する。
西篠は突然の事に驚き、悲鳴を上げながら、その場で手を前に突き出して怯えるように、そのままベッドへと倒れ込んでいく。
「冗談だよ。悪かった……。こうに、ただ構えるだけで音がなるっつーのは、中に無駄な隙間があるっていうことだからな。隙間があると、ただでさえ精度が低いのにさらに低くなる」
慣れた手つきでマガジンを引き抜き、スライドを外し――――やがて、自動拳銃はスリムな形へと変貌していった。
「原型が無くなるまでバラバラにするわけじゃないんですね」
「ん? あぁ。それは内部の部品が破損した時とかだ。コレは飽くまで調整とクリーニングだけだからここまで」
そう言ってから、ナツメは「あぁ、しまった」と席を立ち、洗面所で水でぬらし、よく絞ったタオルを持ってきて再び席に座り込んだ。
「油汚れとかもあるから、ホントはお湯の方がいいんだが――――」
そんな説明やらを興味津々に聞いていると、暫くの時間が経ってようやく2丁の拳銃と1丁のショットガンの簡単な整備は終了した。
そうして、ナツメはテーブルの上に申し訳なさそうに置いてある、ドーム状のプラスチックの頂上についているポッチ――――呼び鈴のボタンを押した。
すると、少しの間が開いてから、扉をコンコンと控えめにノックする音が聞こえた。
ナツメは静かに席を立って、扉の向こうに立っているウェイトレスを迎え入れる。白色のサービスワゴンに皿を載せた女性店員が、笑顔のままテーブルの前までやって来て、「失礼します」と丁寧に声を掛けた後、そのまま丁寧にテーブルの上を皿で満たしていった。
ロールパンが2つに、並々注がれたスープ。ベーコンの上には目玉焼きが乗り、様々な種類の野菜が彩られているサラダ。
割と軽めの品々が並び終えた後、ウェイトレスは、
「ごゆっくりどうぞ。食べ終えたお皿はこちらで片付けますので扉の前に重ねて置いてください」
と台本通りの丁寧な台詞を言って、頭を下げて部屋を後にした。
そうして、ようやく2人は欲望を満たすべく騒ぎ立てる胃へ、とその並ぶ食物を消化のバランスを考えることなく詰め込められ――――十数分後には、早くもその皿は扉の前で重ねられていた。
その後、2人はそれぞれタオルを水でぬらし、それで身体をよく拭き、頭を洗面所で適当に洗って、ようやく寝床に着く。
電気は既に消され、沈黙が部屋を支配する。
ナツメは仰向けに、静かな呼吸を繰り返す。西篠はナツメに背を向けて眠っていた。
それから数時間が経ち――――西篠はむくりと起き上がるとベッドから降り、靴を履いて呟いた。
「ん~……トイレ……」
寝ぼけたように言いながら――――やがてたどり着いた玄関の扉は音も無いままに開かれ、また『音も無く閉まっていった』。
「……」
そうして、ナツメは目を『開けた』。
無言のままナツメは布団を剥ぎ、何かを思いついたようにガラス戸へと向かう。そうして、少しばかりのバルコニーがあるそこへと出た。
夜風は昼間の生ぬるい風とは裏腹なほどに冷たく、少しばかり肌寒い。冷えたバルコニーを踏む素足は、ナツメの身体を冷やしていった。ナツメは冷め始めた眠気を惜しいと考えながらも、バルコニーから下の、静まり返った地上を見下ろした。
「……はぁ」
そこを見て、1つの決意をしてから嫌気が差したように息を吐き、ナツメは部屋へと戻り、しっかりとガラス戸を閉めてから再びベッドへと潜り込んだ。
「あー、ったく。俺は働き者だなァ」
そんな愚痴を漏らしてから少しが経ち、西篠はようやく『トイレ』から戻り、ベッドへと潜り込んでいった。
そうして、ナツメは再び心の中で深く嘆息をした。