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やがて、西篠は呼吸も、心もしっかり落ち着かせたようで、決意した眼差しを以って、男へと視線を投げた。


「話します。僕が、逃げた理由と……、ご主人様の事を」


重々しい雰囲気を辺りに蔓延させながら――――西篠は、大きく息を吸った後、一気に言葉を紡いだ。


西篠の主人というのは、西第3区に居住を構える『上守社かみもりやしろ』という貴族の少女らしい。


歳の瀬は18、外見はいかにも貴族といった風な美貌を持ち、それを程よく際立てる西洋風の洋服を好んで身につけているという。


――――貴族。それは人類が世界を再建し『まともな生活』を送れるように働いた者達が優遇され、託された地位である。

人類が滅びかけて4000年が経ち、その時代まで使われていた『西暦』は滅び、数千年の空白を置いて、新しく『天暦てんれき』と呼ばれる紀年法きねんぽうがとられた。

因みに、現在は『天暦1788年』ある――――


少女は早い内に両親を亡くしたがために、心労は絶えず。だが、それが為に人一倍の頭脳を持ち、奴隷を弄ぶのだという。


弄ぶといっても、この時代、肉体労働することはさほど無く――――上守の場合は、主に屋敷の掃除や、物品の整理、管理など。


ほかと比べると優遇されていると思うほどの、奴隷というよりは従者と呼ぶほうが正しいような扱いなのだが――――


「……確かに、お優しい一面もあるかと思いますが、僕は……ダメなんです」


貴族としての仕事に出かけ、戻ってくるのは日が暮れる頃。


そして、帰ってきた際には必ず奴隷の中から1人が上守の私室へと呼ばれ――――感情のままに、その身体を痛めつけるという。


時にはナイフで肉を削ぎ、時には槌で骨を砕き、時には炎で肌を炙り―――――そんな、地獄の如き憂さ晴らしを、毎日のように行っていて、西篠は、その1被害者なのだ。


だから、逃げ出した――――西篠はそう言って、深く息を吐いてうな垂れる。


そんな西篠を見て、ナツメは呆れたように息を漏らした。


「扱いが従者並で、さらに『ご褒美』がもらえるなんつーのは、一部の特殊性癖を持つ人間には極上の環境だと思うけどなァ……。まぁ、冗談は置いといてだ」


ナツメは脇から自動拳銃を抜き、掌で弄びながら話を続けた。


「昔とは違って、奴隷の地位は家畜以上。さらに人口が極端に少ないから、奴隷に対する法律も出来ている。『買った』以上そう口出しできることでもないし、奴隷自身も訴えてこないから取り締まるに取り締まれないんだが――――『貴族は地位や権力を行使してそれ以下の身分の者を強要してはならない』つー法律があってな。まぁ、コレは貴族の法律だけど」


「……人身売買っていうのは、その法に触れてはないんですか」


西篠は怨むように聞くと、ナツメは飽くまで明るく、「あぁ」と頷く。


「人身売買ってのは、そもそも両者の承諾の上で行われるもんだ。その証拠となる書類も作ってるし、『治安維持委員会』がそれを管理してる。話は戻るが――――お前が勝手に逃げたということは、お前自身も恐らくだが、法を犯してる。この世界じゃ『紙面』がすべてだからな。多分、人身売買を行った際の『契約書類』には、『逃亡に関する諸注意』なんつーご丁寧な欄があったはずだ」


それを聞いて西篠は俯き、目を瞑り、記憶を探るように黙り込むが――――


「……いや、そもそも読んでませんから。両者間とは言ってますが、実際は保護者とか、『管理者』が書類の手続きをやってたし……」


「そうか。そりゃ難儀なこった。だが、法律っつーのは、どんな理由であれ、法を犯したことには変わりがないという事実が証明できれば、取り締めることが出来る。お前は逃亡によって『契約違反』をしたが――――上守卿のソレを、誰が証明できる?」


「っ!? だ、誰って……、皆一方的な暴力の被害にあってるんですよ? 物理証拠は傷だけですが、その人数を見れば偶然なんて事はいえないはずじゃ……」


「『皆がそれを証明すれば』、の話だろ? もし、その皆が上守卿の逆恨みを恐れて黙っていたら? もし、お前の決定的な契約違反の巻き添えを喰らうまいと、誰もが知らん振りをしたら? お前はただの『逃亡罪』でお縄につくだけになる」


「そ、そんな……」


がくりと、冷めた言葉が心を射抜いたように西篠はその場に跪く。そんな姿を見ながら、ナツメは掌で弄くっていた自動拳銃を右脇のショルダーホルスターに仕舞い込んで、優しい言葉をかぶせた。


「ま、そんな簡単に捕まって貰っちゃ困るから、俺はお前の味方をするぜ」


「……哀れみ、ですか?」


頭を垂らしたまま、呟くように言う西篠に、ナツメは首を振る。


「お前を助けた際に生じたお助け金、10万をまだ頂戴していないからだ」

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