第8話 5年間の重み
――なんで隼人が高校にッ⁉︎
私は一度教室に寄って、鞄を引っ提げ、サッカー部が練習中のグランド脇を走り抜ける。
「おいっ! 藍!」
「ごめん、拓哉! 先帰るねッ」
拓哉に呼び止められたのはわかったけれど、隼人が校門で囲まれているから立ち止まるわけにはいかない。隼人は目立つし、好奇な目で見られてないといいけど……。
「おい、拓哉〜! 練習中だぞ! 嫁が先帰るからって集中しろ!」
「――ッ! すみません」
どうやら、注意散漫で先輩に怒られちゃったみたい。――っていうか「嫁」って言われてるんだから、否定しなさいよねっ! もうっ、拓哉ってば……。
――心配かけてゴメン、拓哉。なにがあったのか、あとでちゃんと説明するからね。
心の中で拓哉に謝りながら、人だかりのある校門へようやくたどり着いた。
「可愛いね、僕」
「誰待ってるの?」
「僕は、佐藤……いえ、今は横山藍お姉さんの弟です。お姉さんを待っています。いつもお世話になってます」
「佐藤さんち再婚したんだ」
「この子イケメ〜ン」
「しっかりしてるし、可愛い〜」
隼人はすっかり囲まれて困っていると思いきや。最初に高層階ビルで会ったみたいに、すっかり「いい子の隼人くん」を演じていた。
「あっ、藍お姉さん!」
――しかも初日みたいに「お姉さん」って呼んでくれちゃって。
「(言いたいことはたくさんあるけど我慢)隼人……迎えに来てくれたの?」
「うん、帰ろう! お姉さん」
隼人は私の手を強引に握り、手を繋いで引っ張って行く。
「……あ、ちょっと……」
「「可愛い〜」」 「私もあんな弟欲しい」
校門に群がる、野次馬たちの声。
とりあえず、好印象だったようでよかったけど。
なんとなく気まずくて屋上を見る(助けて日向〜!)と、表情は見えないまでも日向がヒラヒラと手を振っていた。きっと満面の笑みに違いない。
「じゃあね! 横山さん、また明日〜!」
「あ、うん。また明日〜」
――野次馬さんたちに挨拶して。
そのまましばらく、手を繋いで歩いて。
人目が気にならなくなったところで、ようやく隼人に苦言を呈す。
「ねぇ隼人、一体、どういうつもり?」
「どういうつもりって? 下校デートだけど?」
「げっ、下校デート⁉︎」
「そう」
そう告げた瞬間、隼人は強引に指を絡ませてきた。抗おうと思っても、隼人は意外にも力が強い。振りほどこうにも振りほどけなかった。
「――! ねぇ、隼人ってば……!」
瞬間、隼人の足はピタリ止まる。
「あのさ……。本当はこの場で言いたくなかったんだけど。しかもランドセル背負ったままでカッコつかないし……。
でも……。
僕は、藍のこと、本気だから」
「え……?」
ピタリ、と足を止めた車通りの多いガードレールの内側。走り抜ける車の音を背景に、隼人は真剣な面持ちで私に告げる。
「からかってるとかじゃないし、真剣だ。よく、子どもの恋愛は伝染病みたいなものだっていうだろ? ……だけど、違うから」
「そんな……だってまだ私たち……!」
隼人は、一層のこと手をギュウッと握る。
「会ってまだ3日だとか言いたいんだろ? でも、俺たち本当は、5年前に、出会ってるから……!」
「え……」
言ったところで、隼人はパッと手を離した。
「まぁ、ゆっくり考えて帰ってきてよ。今日の晩御飯当番、俺がやるからさ。
……ちゃんと、さ……。
生半可な気持ちじゃない。年数の重みもあるってこと、受け止めてほしい」
「隼人……」
言って隼人はクスリと笑う。
「これだけは約束! 頭の中俺のこといっぱいにして帰ってきてよね。でも、帰りは気をつけること! これ、約束な」
「うん……、ありがとう」
「じゃあ、先帰るから!」
「うん、気をつけて」
私は、隼人の背中を見送った。
ランドセルをキチンと背負わず、右肩だけにかけて。少しでも、大人っぽく見せようとしてるんだろうか……。
――隼人の一連の行動は、どう考えても真剣そのものにしか思えなかった。からかっているわけでもなさそうっていうのは、よく伝わった。
けど……5年前……?
私には身の覚えがない。
5年前っていうと、私は11歳で小学5年生。
今の隼人と同じ年齢だ。
隼人はというと、6歳で保育園の年長さんクラス。
考えても思い浮かばなかった私は、いつもの流れで悩んでいる時に向かう、とある場所へと向かっていった――。