第7話 初登校! 誤解×誤解は続く
――コンコンコン!
「はぁ〜い!」
私の部屋の扉を叩くノック音。
ゴホン、ゴホン。
扉の前で咳き込む声がする。
「開けていいよ〜」
――ガチャ。
「おはよう、藍……。………………! ゴッゴメン!」
「? 拓哉おはよう、なにがごめんなの?」
パジャマ姿の私。
シュガーピンクのタンクトップに、ショートパンツ。足元は冷やさないように靴下もはいて。
今はちょうど制服に着替えようとしていたところだった。
「藍、制服に着替えたら返事してくれ」
「あ、うん……」
緑基調のプリーツスカートに、ベージュ基調のトップスに、緑の襟に、赤いリボンタイ。緑のハイソックス。
うちの高校の制服、結構好きなんだ。
「着替えたよ〜」
――ガチャ。
改めて部屋の扉が開く音。
拓哉はもう着替え終わっていた。
髪の毛までいつもどおりバッチリセットして。猫毛を無造作にかき上げた髪型に、イケメンのルックス。きっと今日も、女子たちが黙っていないと思う。
それにひきかえ、私はまだ髪の毛を無造作に2つに束ねただけ。ゆるゆる〜な朝のスタイル。
「藍、あのさ……パジャマ姿で入っていいよって返事するのはやめような?」
「えっ? ダメだったかな。……あっ、でも隼人にも同じこと言われたかも……」
「はあぁぁ? アイツにも見せたのかよ!」
「そうなの、寝坊しちゃったから」
「……はぁ……」
――カンカンカンカンカンカン!
「――⁉︎」
ここで恒例のあの音が。
拓哉はビックリしているけれど、私はバッチリ学習済み。
「まったく、いつまでのんびりしてるんですか。朝ごはんとっくにできてますよ。それはそうと……拓哉さん、藍のパジャマ姿見てませんよね?」
「……って言うってことはお前ッ、やっぱり見たのかあの姿!」
隼人はとっても得意気にお玉とフライパンを振り回す。
「そうなんですよ。そりゃあもう、バッチリ寝顔も寝相まで」
「このマセガキ〜!」
フフン、と得意気な顔をする隼人。
白Tシャツにジーンズ。
今日も黒のショート丈エプロンがとっても似合う。
「まったく、朝ごはん抜きにしてもいいんですけどね。ちなみに今日は、ホームベーカリーで炊き上げた焼きたての食パンにポタージュスープ、スクランブルエッグですよ」
「わっ! 美味しそう。隼人って本当に料理上手だよね。ありがとう!」
隼人は嬉しそうに、ニカッと笑う。
「藍が喜んでくれるなら俺も嬉しいよ。さぁ、食べよう、藍。学校に遅れちゃうよ。……ついでに、拓哉さんもドーゾ」
「そりゃドーモ。……なんてな。ありがとう、隼人」
と言いながら、隼人の頭をクシャりと撫でる拓哉。隼人はクシャリと撫でられた髪型を整えながら、
「やめてくださいよ、……調子狂う」
と、ボソリと呟いた。
◇ ◇ ◇
「隼人ってなんでも似合うんだねぇ」
「お前ガチでイケメンだわ」
私と拓哉に褒められているにも関わらず、心底嫌な顔をする隼人。
――そう、隼人は今ランドセルを背負っているのだ。
身体と顔に似合わず、とっても似合う黒のランドセル。イケメンってなんでも似合うんだなあって本当に思う。
「もう……やめてくださいよ……」
照れるところも、ちょっと可愛い。
隼人に可愛いって言ったら、怒るだろうけど。
「行ってらっしゃい、隼人」
「気をつけてな」
「……行って……キマス……」
隼人は、登校班の小学生らと出かけていった。意外にも、小学生の朝は早いんだなって勉強になった今日だった。
「さぁ、俺たちも行くか、藍」
「そうだね」
引っ越してから高校はより近く、徒歩圏内になった。この家から一緒に登校するけれど、今までも拓哉と一緒に登校していたから、それは今も昔も変わらない。
最初の頃こそ、付き合ってるとかなんだとか、噂も立ったりしたけれど、今ではすっかり古くからの幼馴染ってことで認識されて、誤解の声も上がらなくなった。
――と思っていたのは私たちだけで。
学校に着くやいなや、予想外の展開が待ち受けていた。
「ねえ、どうなってるの? 藍! いつもと違う方角から、2人揃って登校して来たって」
この子は、仲良しの日向。
黒髪ショートカットに、くりくりのおめめ。
身長は私と同じくらい細めで、華奢だけどスタイルいい。高校で意気投合した仲良しの女の子だ。
――そうだ、日向にもまだ何も説明してなかった……。
「日向、実はね……」
私が説明を始める前に、
「あぁ、今俺たち一緒に住んでるから」
「「「「えええええええええええええ」」」」
クラスのみんなだけじゃなくて、私も一緒に悲鳴を上げた。いきなりそんな言い方って……!
「ちょっと拓哉! そんな説明じゃ誤解を生むでしょ!」
不満気な私に、拓哉は飄々と言う。
「だって端的に言えばそうだろ? 間違いじゃないんだし……」
「そうだ……けど……」
「否定しない」
「否定しないわ……」
「同棲か……」
周りのみんなのヒソヒソ声も聞こえて来る。
――もうっ、どうしてこう、私の周りの人(主にお母さん)って物事を話す順序を考えないのかしら……。
「むむむむむ。解せないわ。藍、連行よッ、連行ッ〜」
「ひえー。待って〜」
腑に落ちない日向にズルズルと引きずられ……屋上へと引きづられて行く私。
拓哉はそんな私にお構いなしで、ヒラヒラと手を振って「行ってこい」と言わんばかり。
――なんだか最近、大きな渦に抗うことすらできずに飲まれていっている気がするよ……。
◇
「なるほどねぇ、再婚、からの弟、からの護衛役として拓哉くんね」
「そうっ、そうなのよ! わかってくれた?」
「……わかったことは、わかったけれど……」
「……?」
尋問は一度では終わらず、もう何度目だろうか。今は放課後。何度かの休み時間を経て一応これで最後の尋問になりそうだ。
日向は屋上の柵に肘をついて、ニヤ〜っと悪い笑みを浮かべる。日向の長いまつ毛に落ちる陽の影が、悪い顔の演出に拍車をかけている気がしてならない。
「で、どうなの?」
「どうって?」
「……ったく、この子はホント……。高校で大人気! イケメン幼馴染の拓哉くんと、イケメンの弟くんから猛アピールされてるわけじゃない?」
「そんなっ! 拓哉は幼馴染だし、隼人は小学5年生だよ?」
日向は、クスリと笑みを浮かべて頬杖をつく。
「あのね、藍。このご時世、恋愛に年齢も性別も関係ないのよ? 小学5年生っていってもたった5歳差。なくはないのよ? ――見てごらんなさいよ、ホラ」
日向は騒がしい校門を指差してニヤリと笑った。
なんだか校門付近に人だかりができている。
みんなに質問責めにされていそうな中心人物。
人だかりの中心は――――――
黒いランドセルを背負っていて。
見覚えしかない―――
「隼人ッ⁉︎」
「やっぱり彼が隼人くんだと思った! ちっちゃい彼のお迎えよ、行きなさい、藍」
「うっ、うん! ごめんね、また明日ね、日向!」
「頑張るのよん」
クラスに戻って鞄を取り、真っ先に校庭へと向かう私。
――なんだか、朝に引き続き、誤解を受けそうな気がするよっ。
もう胸騒ぎしかしなかった。
◆
――――屋上に取り残された、日向はというと。
「モテるっていうのも、つらいものがあるのねぇ。モテて困っちゃーうって、……私も言ってみた〜いッ!」
――大いに状況を楽しんでいそうだった。