第5話 弟くん、やきもちですか?
「藍、朝言ってた拓哉って、あの人のことだったんだね」
「うん、そうだよ。私の幼馴染なの」
「ってことは、同い年?」
「そうだよ?」
「ふーん」
隼人の機嫌が、明らかに悪くなってしまった。
さっきまで、ニコニコの笑顔だったというのに、ハムスターみたいにぷくっと顔を膨らませている。
「くすっ」
「なんだよ」
私は思わず笑ってしまう。
「ごめんごめん。なんだか珍しく、年相応だなぁと思ってね」
「…………」
隼人は下を向いて、フーッと息を吹き、両手で頬をパァンと叩いた。
「よし! 気持ち切り替えよ! なんせ今日はデートだからな。藍、なに食べたい?」
隼人はニコッと笑って見せている。
時々、というかまだ昨日出会ったばかりだけど、隼人がどうしたいのかがよくわからない。
私のことからかっているのかなって思っていたけど、だんだん冗談に思えなくなってきて。
軽くあしらったり、誤魔化したり、したらいけないんじゃないかなって思ってきた。
――だからこそ、悩んでしまう。
これから、どう向き合っていこうか……。
「藍?」
「あっ、ごめんごめん……。私ね、モンブランが好きなんだ。だからモンブランとミルクティーのセットがいいな。あーでもチーズケーキとも迷うんだよね」
「いいね! じゃあ俺がチーズケーキにするよ。半分こしような」
「……ありがとう」
「ねぇ、あのカップル美男美女で可愛いね」
「憧れるねぇ」
小さなカフェ。
周りのお客さんの声が聞こえてしまう。
「藍、俺たち、可愛いカップルだって。俺、すごく幸せだよ。藍が可愛いから目立つんだな」
「……そんなこと、ないよ」
――余計に迷ってしまう。
この優しい隼人を、どうしたら傷つけないで済むんだろうか。
◇ ◇ ◆
「ええっ⁉︎ 再婚? おばさんが?」
「そうなのー。昨日初顔合わせで、今日はもう引っ越しだよ……。嵐みたいだったんだよ」
「そりゃあ、そうだよなぁ。もう家の近くに藍は住んでないのか……」
「でもそんなに離れてないんだよ。住所はね〜…………」
家に帰ってから、約束どおりライムで電話する私たち。
私が引っ越したことに落胆する拓哉。
包み隠さずなんでも話せる親友だから、一時でも秘密であったことにショックを受けているようだった。
逆の立場だったとしても、私もショック受けるもんなぁ……。拓哉との間で、隠し事だなんて。
「で?」
「え?」
拓哉の声が急に低くなる。
「隼人っての、あれ、誰?」
「あぁ、再婚相手の連れ子だよ。弟なの」
「……弟かよ……」
はぁ、と大きくため息をつく拓哉。
そうだよね。突然兄弟だなんてびっくりするよね。さすが幼馴染。私のことわかってくれてるよ。
再婚して突然家族が増えることが当然! みたいなメンバーの中で、昨日から孤軍奮闘してたから、同志がいてくれてホッとする。
「で? 大丈夫なんだろうな? ホラ、いろいろ」
「いろいろって?」
「一緒に住んでるわけだし、ホラ。……あぁ、でも4人暮らしになったわけだし大丈夫か」
そう、思うよね?
そうだよね、拓哉。
「それがさぁ、聞いてよ拓哉……」
私は初顔合わせが昨日だったのに、もう新婚旅行に行ったことを不満気に説明した。いつ帰ってくるかわからないってことも含めて。
――拓哉から返答がなく、間が生まれる。
「――――はあああああ? じゃあなに? お前、隼人ってヤツと2人きりなのか?」
「そうなんだよ〜。すごく大人っぽくて、私結構振り回されちゃってて。まぁ、いい子なんだけどね」
「……俺も藍の家住んでもいいかな?」
「あははは。なに言ってるの拓哉!
「――アッ!」
「ええっ?」
「忘れてた! 今日は私が晩御飯作らないと。今日は唐揚げの予定なんだ」
「……クソ……」
「……え? なんか聞こえづらいけど、じゃあまた学校でね!」
「ちょっ、待て! 藍っ! あ……」
拓哉はまだ話し足りなそうだったけど、時計の針はもう18時を指している。そろそろ唐揚げの仕込みをしなくっちゃ。
「――あ。そういえば小5って話すの忘れてた」
まぁ、いっか。
明日から学校だし、明日話せば。
――その程度に思っていたのが、私の失敗だったのかもしれない……。




