第4話 弟くんと、初デート?
相手は小学5年生よ。
落ち着くのよ、藍。
……と脳内リフレインしながらも、ベッドの上に数パターンの洋服を用意する私。
肩出し白ニットとネイビーのショートパンツでカッコ可愛く?
それか、大人な印象の黄系ベージュ×ベージュの落ち着いたコーデ?
それともそれとも、焦茶が渋可愛いシャツワンピ?
……なんか、完っ全に隼人のペースになってる気がするよ。だって相手は小学生だよ? 5歳下だよ?
でも、「デート」って言われると急に意識しちゃう。
我ながら、なんて単純なのかしら。
ううう、どうしよう……。
――コンコンコンッ。
「ひゃ、ひゃいっ! ちょっと待って!」
私の制止も聞かずに、ガチャッと扉を開ける隼人。
私は咄嗟に、タオルケットで身体を隠す。
……って言っても、さっきと同じパジャマだけど、なんとなく恥ずかしくなってきちゃったよ。
「全然降りて来ないし、ご飯冷めちゃうよって言おうと思ったけど……」
と言いながら、ベッドの上に広げられた数種類のコーデを見て、隼人はニヤリとご満悦のご様子。
「そういうことなら、ごゆっくり」
「そういうことって、どういうこと〜?」
「……俺のために、悩んでくれてるってこと」
――うー、恥ずかしいけど、本当のことだから言い返せない……。
人生最高に恥ずかしいんじゃないかって思っている私。だってこんな経験、したことないもの。
そんな私に、追い討ちをかける隼人の一言。
「藍、藍はどんな服でも可愛いよ」
「――え、ええっ⁉︎」
そんな言葉を言い残して、バタン、と扉を閉めて一階へ降りて行った。
「え、ええええええええ」
大パニックの私。
完全に遊ばれてる?
からかわれてる?
一番どうしようって思うののは――それにドキドキしちゃっている私。
――もう、どうしよう〜!
◇ ◇ ◇
結局、焦茶のシャツワンピースを選んで、イヤリングをつけてみて。
「デート」と言われたばっかりに単純な私は、軽くチークとリップなんかつけちゃって、リビングに降りてみた。
「おはよう、藍」
「お、おはよ……」
なんだか、とっても恥ずかしい。
なんて言ったらいいの?
私のほうが年上だよ? 5歳も上だよ?
でも私には余裕なんて全っ然なくて。
目も合わせられない、恥ずかしがり屋の恋愛初心者……。
――って違う違う!
相手は小学5年生なんだから。
意識しない、意識しない……。
とは思いつつも。
軽くお化粧している時点で、完全に意識しちゃってる。
そんな私がやっと絞り出した言葉。
「隼人、ご飯ありがとう」
緊張しつつも、お礼は言えた。
だってテーブルには、ご飯、お味噌汁、だし巻き卵に焼き鮭まで。
こんなに丁寧にご飯用意してくれたなんて。
うちでも、お母さんが離婚してから私がご飯作っていたから。人に作ってもらったご飯を家で食べるって、実は初めてかもしれない。
「どういたしまして、さぁ、食べよ」
「あれ……? もしかして、手をつけないで待っててくれたの?」
「当然! 藍と食べたかったからね」
その気持ちは、私もわかる。
一人で食べるご飯って、味気ないもんね。
そう思った私に、隼人は頬杖をついて悪い顔してニヤリと笑う。
「ねぇ、意味伝わってないでしょ?」
「え?」
やっぱりね、と隼人は笑う。
「俺は、藍と食べたかったの」
「ええっ、も、もう……からかいすぎだよ」
「ハハッ。俺、嬉しい。藍が意識してくれることの全部が。ワンピースも、メイクも。めちゃくちゃ似合うよ。可愛い」
「――――――‼︎」
――な、なんて恐ろしい子。隼人。
今時の子ってみんなこうなの?
私が焦っているのを見て、満足げにニヤッと笑う。完全に隼人のペースだ。
おかげで私は、せっかくの朝ごはんの、味があんまりわからなかった。
◇ ◇ ◇
「なにこのカフェ! めちゃくちゃオシャレ〜!」
引っ越してきたばかりでこの土地に疎いとはいえ、そんなに元の家から離れていないというのに、絵本から出てきたみたいな赤い屋根のカフェがこんなに近くにあったなんて。
可愛い物好きの私のテンションは爆上がりだ。
店外のカフェボードに描かれたケーキセットや、インテリアの小物たちに目を奪われて、気持ちが嬉しさで忙しい。
……ふと隼人を見ると、満足気に私を見ていた。
それはもう、今まで見たことがないような、幸せそうな表情で。
「喜ばせようとしてくれたんだね、ありがとう、隼人」
「ヘヘッ。どういたしまして。さ、行こう」
――と、店内に入ろうとした時に聞き慣れた声で呼び止められた。
「藍? お前、なにやって……」
振り返ると、そこには幼馴染の拓哉がいた。
練習の帰りなのか、サッカーのユニフォームに身を包み、サッカーボールを持っていた。
170センチくらいの背丈に、スラッと長い手足。
サッカーで鍛えられた筋肉に、焼けた小麦色の肌。顔はいわゆる、イケメンアイドルグループの顔。クラスの女子にも、めちゃくちゃ人気がある。
「拓哉! そっか、拓哉のクラブチームってこっちのほうだったね」
「ああ、それはそうなんだけど、隣のヤツ、誰?」
微妙な顔をして隼人を見る拓哉。
幼馴染なのに、お母さんの再婚が急展開すぎて、何も話していなかった。
「あのね、実は……」
「俺は隼人って言います。悪いですけど、これから、『デート』なんで……」
「はぁっ? デート?」
「ああああ、ちょっと隼人!」
ちゃんと説明する暇も与えてもらえず、私は店内にズルズルと引っ張って行かれてしまった。
私は拓哉にゴメン! とジェスチャーして、
「後でライムするから!」
とだけとりあえず伝えて店内に入った。
――なんだか、とっっっても誤解を生んだ気がする。