第3話 弟くん、猛アピールしてきます?
――放課後の教室。
黒板の前。
落ちる夕陽が、私たちを照らす。
「藍ってさぁ、今、好きなヤツ、いるの?」
目を逸らすことなく、真っ直ぐな瞳を向けてくる坂上拓哉。
拓哉とは、小さい時からずっと一緒。
保育園も、小学校も、中学校も。
そして高校も。クラスまで一緒。
再婚して横山性に変わる前、私の名前は佐藤だったから、「坂上」と「佐藤」で出席番号もいつも前後。
気の置けない、大事な大事な私の親友。
でも、いくら仲がいいからって、そう、改まって聞かれると……。
「え、好きなヤツ? どうしてそんなこと聞くの?」
拓哉は夕陽色に顔を染めて言う。
「察しろっての、バカ」
「――拓哉、それって……」
――カンカンカンカンカンカンカンカン!
「ななななななななんの音⁉︎」
――消防車ってこんな音だっけ?
――カンカンカンカンカンカンカンカン!
辺りはどんどん眩しくなってくる。
なになに? 炎? なんなのコレッ。
「ねぇ、拓哉、火事かなぁ?」
「火〜事〜じゃないっての! 起きろ! 藍!」
――シャーッと、カーテンが開けられた。
「ギャアアアアアアア」
朝日に弱い私はベッドの上でゴロンゴロンとのたうち回る。まるでなにかのラノベに出てくるヴァンパイアのよう。陽の光に焼かれて消し炭になっちゃいそうだよ。
――あれ? ここは? 教室じゃない?
もしかして、さっきのって……。
「えええっ、ゆっ夢?」
どうやら、カンカンカンカン鳴っていたのは、消防車の音じゃなくってフライパンとお玉の音。
隼人が鳴らしていたみたい。
小学5年生なのに、起こし方が昭和だよ。
――ていうか私、なんて夢を見てしまったんだろう。幼馴染の拓哉がまるで、告白……するような夢を見るなんて。
……まぁ、それは置いておいて。
隼人の起こし方にはビックリしたけど、今まで朝が弱いお義父さんをこうやって起こしてきたのかなぁ。……私と一緒だなぁ、ってなんとなく思った。
「――で? 藍?」
ポスン、と私の枕横のベッドに腰掛ける隼人。
偉そうに、足を組んでいる。
フライパンとお玉を持ったままなところがまた、なんとも締まらないけれど……。笑
それに、なんだかとっても、威圧的?
私は寝ぼけた頭をスッキリさせるためにも、一間置いて返事をする。
「なぁに?」
「拓哉って、誰なワケ?」
フライパンとお玉を交差させて、器用に腕組みをする隼人。やっぱりちょっと、怒ってた。
「――拓哉? 幼馴染だよ?」
「……チッ」
質問に答えながらも、 んんん〜! と大きく伸びをする私。朝一番の伸びはとっても気持ちがいい。
――ん? ちょっと待って。
今隼人、舌打ちしなかった?
「今隼人、舌打ち……」
「それはそれとして……!」
それはそれとして、と被せるように言いながら、隼人は私を上から下まで値踏みする。
「まったくだらしない格好して寝て。ノースリーブにショーパンってどういう認識してるわけ? 一つ屋根の下に年頃の男と女の子がいる状況とか考慮しないわけッ?」
……って隼人は言うものの。
高校1年生の女子と小学5年生の男の子なんて、気をつけなくても別に……とは思ったけど、そのまま口に出したら隼人が余計に怒りそうだから、とりあえず言葉は飲み込んでおいた。
そう言う隼人は、バッチリ着替え終わっていた。
カーキの地厚のTシャツにベージュのパンツ。インナーのネイビーのアクセントカラーは腰元からチラリと覗かせて。
なんだか小学5年生とは思えないほどにオシャレ。……それに、ショート丈で黒いエプロンを身につけている。ますますオシャレ。
――ふむふむ。これは、もしかして。
私はうさぎのぬいぐるみをムギュッと抱きしめながら隼人に言う。
「隼人、めちゃくちゃオシャレだねぇ。土曜日だから、どこか行くの?」
「そうそう。人気のカフェがあるから、デートしようかなって思ってね」
おおお!
さすがイケメンは違うね。
もう、デートする年齢なのかぁ。
「そうなんだ。気をつけて、楽しんで行ってきてね〜」
私はうさぎのぬいぐるみの手をひらひらさせてお見送り……しようかと思ったら。
「なに言ってんの? 俺と藍がデートするの! わかったら早く着替えてよね?」
……ん?
「えええええええええ? そうなの?」
「そうなの。だから早く支度してよねッ」
隼人はプリプリと怒り気味で足速に部屋を出ていくと思いきや、振り返ってお玉をこちらにグイッと突き出した。
「軽くご飯も作ったから食べてよね! 今日は和食だから」
「は、ハイッ」
もう、ハイッ、としか言えなかった。
勢いがあって、押しが強く……めちゃくちゃ強引な弟くん。
――これってもしかして。
デートって敢えて言うってことは、……私まさか……猛アピールされてるのッ?
――まさか、ねぇ?