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魔法少女のいる異世界・1

魔法少女のいる異世界編を投稿はじめました!多分5話くらいになります。

もしお時間よかったらお読みいただけると嬉しいです(^^)





 ケンサクが代行勇者の仕事を始めて半年が経った。現世において大体週1、2度ペースで派遣される異世界の時間軸では、大体短くてひと月、長くて一年程度過ごすために、彼の代行勇者としての経験値はかなりあがった。

 受付の女性に「いち異世界に永住することなく、長く続けていただける代行勇者の方は少ないので」と前置きと共に手渡された給与明細の額は、現世で三か月を過ぎたころから一桁増えた。それに伴い、彼の借金取りの羽振りもさらに良くなり、配達先のマンションの部屋は5階から10階に、その間取りは1DKから3LDKになって、配達するものはコンビニのホットスナックから高めのハンバーガーセットか高級ホテルのサーロインステーキセットになって、配達頻度がほぼ毎日昼と晩の二回になった。もちろん配達する食事はケンサクの自腹である。

「ウ゛ウ゛……一体どういう情報網なんだ……。やくざに経験者か現役の同僚がいるのか?」

 残暑照り返すアスファルトに汗を落としつつ、歩行者用道路をバイクを押し歩きながら進むケンサクの現世での生活は、月収の割に相変わらずなかなか世知辛い。世知辛さにしおれつつ、ファストフード店から受け取った食事をキャビンに積んだ彼は声をかけられる。

「すいません、あの、チョウヤビルってどこかご存じですか?」

「二本向こうの道を信号まで進んで着く商店街手前の角にありますよ」

「ありがとうございます……!!」

 ケンサクと同じ制服の青年を見送った後、同業他社のバイクが信号待ち中の彼の隣に一時停まり、仕事用の端末を差し出した。

「あのう……、ホトキアベニューってアパートを探していて……この地図のどのへんかわかりますか……?」

「今ここにいるんですけど、マル坂駅のホームセンター分かりますか? ……そっち方面でこっから△駅の方角に……大きい交差点で右折すると、500メートルくらい先の銀行の看板とスロット屋の看板のちょうど間にある一方通行のつきあたりです」

「助かりましたあ……!!」


 食事デリバリーサービスのアルバイト自体はケンサクにとってそれほど苦ではない。ただそれでも働いても働いてももっと働かなければいけない現世生活にくたびれている彼は、異世界に永住する勇者の気持ちはよく分かった。

「体感時間は向こうのが長いし密度も濃いし、どっちが主なのかわかんなくなるしなあ……」

 呟きながら仕事用バイクを走らせている間、一度も着信音として設定した覚えのないファンファーレが自分のスマートフォンから鳴り響いたので、ケンサクは後ろ暗くなって独り言をやめた。


 就業時間ぎりぎりに入る“いつもの特別な配達”に加えて、今日は滑り込みの依頼がもう一件入ってきたので、ケンサクはファンファーレと共に届いた副業の内容を確認しようとする手を一旦止めた。

「お、ラッキー、同じ店だ……ん?」

 営業時間の長いファストフードショップの空調で、すっかり夜が更けても蒸した空気がまとわりつく襟口を引っ張って冷やしながら、難しい顔をした彼は配達先の道順を確かめた。それからいつものように借金とりに精神的にけちょんけちょんにされた後、バイブ音のようなうなり声をこぼしつつ訪れたもう一件の配達先は、この仕事について割合長い彼が初めて訪れたマンションで、移動距離は100メートルもなかった。


「こんな大きいマンションがあったんだなあ……いつの間に」

 嫌でもほぼ毎日通うマンション近くの細い道のつきあたり、民家に囲まれて唐突に存在する立派なたたずまいの建物に、彼は全く見覚えがなかった。内心首をかしげつつも、エントランスの部屋番号のインターホンを押した。


「遅くに頼んでしまってすみません、ありがとう。クレジットで支払いできていましたか? こちら利用するのが初めてで、ちょっと精算の勝手がわからなくて」

「ああ、大丈夫です、ちゃんとお支払いいただいています」

「よかった。では頂戴します」

 ケンサクを出迎えたのは、ついさっき会ったばかりの借金取りのチンピラとは真逆の、堅実そうな雰囲気をにじませた穏やかな青年だった。顔見知りのチンピラが住むマンション近くに前触れなく急に建てられたマンションの住人ということで、警戒心が少しも湧かなかったわけではないが、因縁をつけて代金を踏み倒されるようなこともなく、労いの言葉までかけてくれた相手に、彼はずいぶんホッとした。

「またのご利用お待ちしています」

「ありがとうございます。あ、そうだ」

「?」

 頭を下げて玄関を出ようとしたケンサクが青年に差し出されたのは、アップルパイの小箱だった。それは彼が食事を受け取った店においてサイドメニューという位置づけではあるものの、単品で一度に何個もまとめて頼む人も少なくない人気メニューである。常温でも、冷蔵庫で冷やしても、レンジやトースターで温めても美味しい、甘酸っぱく芳醇な果汁がシナモンの香りとともに噛むほどたっぷり溢れるリンゴがぎっしりとつまった口当たりサクサクのパイの入った二つの箱のうち一つを受け取ったケンサクが瞬きを返すと、青年は笑みを浮かべた。

「嫌いじゃなかったらどうぞ、おやつにでも」



 ケンサクは内心スキップをしながら仕事用バイクにまたがり、配達アルバイトの事務所に戻った。副業先からの連絡には珍しく事務所に来る日時の指示があったので、今日のところはまっすぐ家に帰ることにした道中も、鞄に入ったパステルカラーの小箱のことを思い出してにやにやした。自分で買うにはちょっと勇気のいる、ピンクのハートが一面にちりばめられた可愛らしいデザインのパッケージに包まれたおいしさには、以前職場でおすそ分けしてもらったとき非常に感動した覚えがあった。

「はあ~……久しぶりにこっちにいい印象を持ったまま異世界に行けるな……なんならいつもより楽に代行の仕事もこなせる気がする……」

 何らかのフラグを立てている自覚のないまま、アップルパイを堪能したケンサクは万年床で後味のよい眠りについた。




 現世における休日の昼に、副業の事務所に到着したケンサクは受付の女性に説明を受けた。

「今回は、巡様に新人の代行勇者の方を案内していただきたいのです」

「ああ、なるほど」

 出勤時間を指定された理由に納得してから、彼は女性に手渡されたプリントに目を通した。ざっくり書かれた先輩代行の任務内容の説明の次のページには“勤務態度”、“金銭感覚”、“協調性”といった項目ごとに5段階で評価する表があった。

「俺もこんな感じでチェックされてたんですね」

 思わずつぶやいたケンサクに、受付の女性は言葉を選びながら口を開いた。

「いえ……、最近、新人代行をめぐってトラブルが続いたことにより、急遽作成されたものです。どうか、今後も異世界と現世の円満な関係を続けていくため、忌憚ない意見をお聞かせください。」

「……なにか」

「し、失礼します! よろしくお願いします!!」

 ケンサクがトラブルの内容について詳しく尋ねる前に、今回同行する新人がやってきた。「フウト」と名乗ったのはケンサクより二つ年下の体格のいい青年で、緊張のせいかおどおどとした態度が全面に表れていたものの、ぎらぎらと輝く目からはやる気が満ち溢れている様子がうかがえた。





「……指輪は、依頼達成前にむやみに何度も外さない方がいいらしいよ。帰れなくなることがあるんだって」

 自分が初めて派遣されたときをなぞりながら、ケンサクが転移のためのゲート前の行列で後輩にちょこちょこアドバイスをすると、相手はひどく驚いた。

「先輩は今まで外したくなることあったんすか?」

「えっ、……うん。結構あるよ」

「マジすか……超チートになっても、ヤバイ目に遭うは遭うんすね」

 神妙な顔でうつむきながら行列を進む後輩に、ケンサクは少しあわててフォローする。

「まあ、俺がそもそも非力なだけかもしんないけど。」

「ああ! それはあるかもしんないっすね!」

「……あー、列先に進めるよ」

 一転した後輩の満面の笑みに若干引っかかりを覚えた先輩代行は、ひきつった口角をごまかしつつ、相手は新人だぞ、と自分に言い聞かせ省みながら転移扉をまたいだ。

「先輩、前が見えないっす!!」

「ちょ、足はや……!! い、一応慎重に行こう?」

「大丈夫っす! なんか勘がすげー冴えてる気がするんで!! やばかったら指輪外します!」

「話聞いてた!?」

 白いもやの中、ケンサクは後輩を全力で追いかけながら、今回の依頼がすんなり終わらないことを覚悟したころにたどり着いたのは、パステルカラーで満ちた異世界だった。

「あ」

「先輩、これって倒して大丈夫なやつでした?」

 それから、後輩の足元に青い棘で覆われたイソギンチャクに似た生き物が黒い血を吹き出しながら転がっていた。直径2メートルほどで、本体に触れるたび周囲の植物が枯れていく様子からは、それなりに攻撃力が高そうな存在感の魔物だった。





「すっげー! 超ダサくないすか、男のくせにあの服そイテっ」

「お前、現世でも初対面の人にそんな失礼な物言いするのか?」

「さすがにしないっすよ! こっちならどうせ二度と会わないのわかってるし、絡まれても俺強いし大丈夫ですって! だってさっき見ました? 魔物を拳で一撃っすよ! 全然大丈夫!」

「余計な火種を作るなよ!」

 お前の頭が大丈夫かという言葉を飲み込みながら、ケンサクが後輩に文化の違いを馬鹿にする危険性について、早速こんこんと説教をしている間に、街の住人が彼らを遠巻きにして集まり始めた。街の近くに出現した大型の魔物を、あっさり素手で退治した見慣れぬ恰好の人間が味方なのかどうか、図りかねている様子だった。人々の視線に耐えかねたケンサクは、直前に後輩が喧嘩を売ったばかりの髭もじゃの男性に声をかけた。

「あの、すみません、俺はケンサクといいます。あっちの失礼なのはフウトです。魔物退治のために遠い国から来たのですが……何か情報をいただけませんか」

「……ずいぶん変わった格好だと思っておりましたが、他の国のかたでしたか。」

 パステルピンクのフリルリボンがあちこちに付いた服の男性は、失礼な方の代行勇者を視界に入れないようにしながら若干棘のある口調で返事をしたあと、二人を街の権力者のもとへすんなり案内した。



 すれ違う住民の服装や植木、建物までパステルカラーで彩られた街中を歩いた先に、こぢんまりとした家があった。その周りでは家と同じくらいのサイズ感の、オスの七面鳥に似た扇形の尾を持ったピンク色の鳥が二羽身づくろいをしており、わずかに翼を動かすだけで小さいつむじ風が起きた。

 ウエッジウッドに似たデザインのティーカップで出された甘いお茶を飲みながら、あちこちをきょろきょろしているフウトに、初派遣の時の自分を重ねながらも余計なことを口にしないかケンサクがひやひやしていると、少女が現れた。

 水色のドレス姿でパステルカラーのリボンを頭につけた金髪碧眼ツインテールの美少女は、人形のように整った顔をほころばせて二人に頭をさげた。

「はるばるこのような辺境の地までよく来てくださいました、勇者様。私はビセと申します」

「ケンサクです。こっちは……」

「ちょ、ちょちょ先輩~! 超かわいくないすか!!」

「今大事な話するから黙っててくれ。――フウトと俺は、魔王と呼ばれる存在を追っています」

「……頼もしい限りです」

 幼い容姿の権力者を前にし、興奮を隠しきれない様子の後輩を遮るように口を開いたケンサクは、ぎらつく目の後輩に戸惑う少女からどうにか聞き出した情報を頭に叩き込むことに徹した。


 この異世界では、火山とマグマで形成された下界のはるか上空を、雲のように宙に浮いた大きい三つの大陸がそれぞれ国の形を取っていて、その周囲を点々とちらばる小さい島をまとめて構成されたのが、今代行勇者たちがいるデルコ国の一部である。ケンサクたちが派遣されるまでの間に、下界のマグマ付近から攻め上ってきたと思われる魔物によって大国のほとんどの地が占領されているが、デルコ国は島と島の間を吹き上げる激しい風のおかげで、魔物の侵攻をどうにか抑えている状況だという。

「魔物がこちらに攻め入る機会を狙っている今、何度もマガトリを飛ばして他の島へと行き来することは危険です。安全な空路を教えることになりますから……。それでも、このまま滅ぼされるのをただ待っているわけにはいきません。どうか力をお貸しください」

 可憐な少女のまなざしは、決意に満ちていた。




 案内された宿屋のフリルで満ちたベッドに荷物を置きながら、ケンサクは一応後輩の様子を窺った。

「先輩、この国、女の人みんな美人じゃないすか? 男はだいたい髭でもさいけど……」

「そうかもな。体調はどうだ? 魔物に触ったところがかぶれたりとかは?」

「全然余裕です。話に聞いていたとおり、生まれ変わったみたいな感じがします」

「その分、現世に戻ったときのギャップがすごいから、極力怪我は気をつけてな」

「ああ、はい。……へへ、マジで勇者なんだ、俺。……あんなキショイ生き物素手で倒したりとか、普通できないっすよね……。余裕すぎたし、撮影とかできたらよかったのに……」

 隣のベッドに寝転んだまま、感動を抑えきれない様子の後輩の呟きに微笑ましくなって、“代行だ”と水を注すことはやめて荷物を整理していたケンサクは、続けて聞こえてきた言葉に思わず振り向いた。

「マジこの仕事最高っすね……夢みたいっす……あんなかわいい子で脱童貞できるなんて……」

「はぁ!?」

 後輩は大きないびきをかきながら、不穏な寝言をつぶやき続けていたので、先輩の代行勇者はあまり眠れなかった。




 数日後、ケンサクたちは小型のジェット機サイズの鳥がたたずむ広場に呼ばれた。デルコ国を形成する各島から、魔王退治の仲間として代行勇者たちの前に名乗り出た戦士は四人、10~17歳の少女で構成されていた。誰もが美しく、パステルカラーの装備の隙間からのぞく素肌はみずみずしい。

「デルコでは17歳までの……成人する前の女性が一番魔力が強いために、幼いころから訓練を積んでいるのです」

「それはそれは……頼もしいですね」

 ビセの説明を聞いて自分で口にした言葉とは裏腹に、ケンサクは隣で目をぎらつかせている後輩の鼻息が荒いことに嫌な予感しかしなかった。



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