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ギラつく異世界・5





 一番の大仕事が残っているのは分かっているものの、一仕事終えた安堵が代行勇者の眠気を誘う。彼がうとうとしながら思いついたことをとりとめなく口にすると、気分を害する様子もない魔王からすぐに返事があった。


「今さらですけど……、守護草ってもともと魔王さんの持ち物だったりしますか」

『ああ。人間をおびき寄せて魔物のエサにするための誘蛾灯だな。』

「……それなら魔王さんの住処に生えてるのはまだわかるんですけど、人間側の住む街にも生えてたりしてたのはどういう」

『魔物がエサに困ったときに寄れるようにする目印だ。他に比べて人間が密集している場所を選んだ』

「ああ……なるほど。あ、そうだ」

 国で一番人の集まる宮殿がある王都の街と、住人が半隔離状態のスターラのことを思い浮かべて相槌を打った後、ケンサクは思い切って尋ねた。

「今回、俺は魔王さんの想定通りに退治できてましたか?」

『……すべてを把握しているわけではないが、おおむね順当だろう』

「よかった。直接言ってもらえるとホッとします、マニュアルがないから毎回ひやひやしながら退治してて」

『それは私も同じだな。』

「そうか。そうですよね……こっちと違って労力も違うでしょうし……」

『身一つなのはケンサクも同じだろう』

「まあ、たしかに……痛くありませんか?」

『痛いが、痛みのおかげで気を失わずに済んでいる』

「痛いんだ……」

 代行勇者は魔王の言葉にすっかり安心して眠気に負けた。寝息をたてる勇者の後ろ頭に視線をやったあと、魔王も目をつむった。





 夜が明けてすぐ、鎧を身に着けた兵士特有のガチャガチャという足音を耳にして目を覚ましたケンサクは、先に何かしら手掛かりを探しにフォンド領の街で人に話を聞いておけばよかった、と後悔しながら魔王の角を掴んで走り出した。

「いたぞ! 彼を追え!!」

『勇者よ、そこは持ち手ではない』

「すいません!」

 ケンサクは腕の中の頭をしっかり抱え込んだまま、目の前の湖に飛び込んだ。



(思ったよりも深いな……あ!)

 チートな体力と運が発揮されることを期待しつつ、身に着けた装備の重みでしっかり水底に足をついたケンサクは、息をとめながらゆっくりと歩き辺りを見回す。間を置かずに小魚の泳ぐ澄んだ湖の一角に意味深に骨が積みあがった横穴が見つかり、その先には意味深な模様の描かれた白い扉があった。

『大儀で……』

 頭に語り掛けてきた小脇にいる魔王の声に、ケンサクは気づいたことが伝わってくれるように強く思い浮かべた。

(魔王さん、これ口で開けられますか?)

『……』

 白い扉についた、魔王以外が触れたら死ぬ取っ手は前回ケンサクが見たのと同じく、パチンコのハンドルの形に似て、ハンドルより2.5倍の幅で宝石がごてごて装飾された金色をしていた。大人しくなった魔王の様子に、自分の考えが伝わった手ごたえを感じたケンサクは、水底に落ちている木の枝で扉をつついてみたり、石をぶつけてみたりした末、諦めて自分のジーンズのベルトに手をかけた。

(今度から、扉は押し戸にしてもらった方がいいですよ)

 片手で自分の頭を抱えたまま、水を吸った服から苦労してそれを引き抜こうとしている勇者を見上げた魔王は瞬きをした。

『何をしている?』

(直接触れないならベルトでこう、ひっかけてうまいこと回せないかなと思って。……ちょっと息吸ってきていいですか)

 詫びるように頭を下げたケンサクの近くで、ざぷんと何かが水に落ちた音がした。

(!! やばい、)

 振り向くと、ケンサクを追いかけていた兵士が目前に迫っており、慌てた彼は残り僅かな息を吐きだしてしまった。

(~~~息が)

『下を向け』

(……?)

 自分の吐いた息と湖の水が一緒くたになる様子を意識がもうろうとした状態で眺めて、頭に響く声にただ従ったケンサクは、つむじの近くの髪をなにかに引っ張られた。

(いでっ)

 思わず両手を頭に伸ばした彼は、なにやら口をもごもごさせた魔王が、自分の肩をぽん、とたたいたあと、長い脚で扉の向こうへ進んだところまでを覚えている。

『大儀であった。』

 頭の中に響く言葉と共に意味深な扉が閉じて消えると、湖の水が辺り一面に飛び散った。






『“魔王が再び現れないようにするため、守護草の花を持って一人で湖に向かうように”との神の声で導かれました』

 ケンサクがでっちあげた言葉は、彼を追ってきていた兵士にもあっさり信じられた。

 討伐隊を主導したアリーとオリヴァ、ハービーは、目的を達成した今国軍の兵士として大出世し、ジョコ領の領主よりも尊重されるようになった。ケンサクはそんな彼らの信用に加えてお忍びで隊に加わっていた第三王子の信用を勝ち取れていたし、湿原から王都までの道のりを、深い霧の中すんなり道案内できる芸当が神業だと捉えられたのも、彼のでっち上げの信ぴょう性が挙がった理由になった。



 魔王討伐からあわただしく数日が経ち、ぎらついた街の前でケンサクを見送りに来た双子に、彼は手を差し出しながら声をかけた。

「どうもお世話になりました。スターラの人の待遇がよくなるといいですね」

「こちらこそ! ケンサク様のおかげで、近い内に夢ではなくなりそうです!」

 赤毛を跳ねさせてはつらつと答えたハービーに続いて、オリヴァもケンサクへ手を差し出し、おろした。

「我々もまだまだお礼をしたりないですから、もっと長居していただきたいのですが」

「そうですよ! 隊長も残念がると思います!」

「……名残惜しいですけど、俺も実家が恋しくなってきたのもありまして。アリーさんにもよろしくお伝えください。」


 スターラ出身の兵士主導での魔王討伐達成をきっかけに、民を無視した領主のふるまいを糾弾する声が大きくなったジョコ領では、国主導で領民のための制度整備に手を付けられることになった。それに伴い、元々国王陛下に覚えめでたかったアリーが助役として駆り出される機会が格段に増え、国王陛下に挨拶をして以来、ケンサクはアリーの姿を見る機会が得られなかった。

 毒舌気味の赤毛の双子の口からアリーを巡る状況について文句を聞くことがなくなったので、理不尽なことはなくなったのだと思うことにして、ケンサクは自分が火種になる前にこの世界を後にすることを決めたのだった。

「どうかお元気で」

「ケンサク様も!」

「またいつでも遊びにいらしてください」

 返事はせずに笑みを返した代行勇者は、ゆれる守護草と元仲間に見送られながら、二度と戻ることのない世界の景色をぐるりと見渡した。

 そして辺りに人がいないのを確かめ、桜もちに似た匂いの空気を胸いっぱいに吸い込んだ後、親指から指輪を抜き取った。







「巡ケンサク様、依頼達成お疲れさまでした。指輪をお預かりします。」

「お疲れ様です、お願いします」

 重い身体を引きずったまま、ようやく現世の受付にたどりついたケンサクは、受け取った籠にぎらついた武器と装備、国王陛下から今回の礼金として与えられた金貨、銀貨、ぎらついたサングラスと守護草の花を載せて提出する。


 手ぶらになった彼は受付近くの丸椅子にすぐ腰かけた。そして泥のシミが残ったままのジーンズの膝のほつれをぼんやり眺めて手続きが終わるのを待っていると、ケンサクと同じくらいの年恰好の男性と、彼よりもいくらか年若い小柄な女性が受付の前に現れた。顔見知りらしい二人は受付の女性の言葉に雑な相槌をうちながら、籠にそれぞれ異世界のものを載せつつ、熱心に語り合った。

「……なんかさー、最近だるいクエスト多くない?」

「わかるわそれ。一回チート見せたらすぐにみんなが俺を崇めて言うこと聞いてくれるような楽勝展開が減った気がする」

「それな! もうさ、マジなんなんだろうね、めんどくさ。困って依頼してきたんなら早く魔王退治させろっつーの、こっちも暇じゃないんだからさあ……」


(自分も魔王さんを案内することがなかったら、絶対同調してただろうなあ)

 受付の女性に声をかけられるまで、無意識に腕のバングルに手を載せていたケンサクは、だるい身体を壁にもたせかけたまま、まだ瞼に残る気がするジョコ鋼のぎらつきと、さくらもちの香りと、魔王の角のひんやりした手触りをとりとめなく思い出していたのだった。



 三半規管を揉みしだかれながらどうにか雑居ビルを出たケンサクは、強い風が吹きつける中をどうにか歩いて帰りの電車に乗り込んだ。

「はあ~……」

 揺れる電車のなかで、履き替えたばかりのスニーカーの紐を結びなおすためにしゃがみ、立ち上がるだけでも一苦労だった。いつもと違って剣を振るう右腕だけでなく、左腕も動かすだけで辛く、つり革につかまることすらしんどかった。彼はその理由を思い出した後、つむじあたりに手をやり、ようやく頭頂部の髪の毛が若干短くなっているのに気づいた。

「……勇者の髪の毛食って魔力を補充したとか……?」

 現世ではずいぶん浮いてしまう内容だと呟いてから気が付いて、ケンサクはごまかすように咳ばらいをした。そしてスマートフォンを手に取ると、液晶に体感を裏切る日付と時間が表示されたのに息をついた。

 いくら信じられなくとも、彼が今身を置いているのは非常に風が強かった配達アルバイトと同じ日のうちで、夜が明ければまた配達仕事が待っているのをケンサクは経験で知っている。

「ちゃんとハンドル握れっかなあ……ァげほげほ」

 彼は無意識に表に出た独り言を手で物理的に抑えて、筋肉痛に顔をしかめながら息をつき、意識して今度は頭の中でつぶやいた。

(……そもそもバイク乗ってられないかもしれない)

(あっちにいる時は三日歩き続けてもどうってことなかったのに)

(ピザ持てるか? これ)

(ジョコ鋼製のピザカッターあったら絶対売れただろうな、よく切れて錆びなくて汚れもつきにくくて……)

 代行勇者が異世界のものを現世で隠し持つことは許されないため、異世界帰りの彼の手元には毎度筋肉痛と生傷くらいしか残らない。だが、夢にしては鮮烈な経験は、次の派遣先が決まるまでケンサクの思考に少なからず影響をあたえる。

(ジョコ鋼の存在がすでにチートだったけど、魔王さんはどこまで異世界の動向に関与しているんだろう)

(こっちにあっても確実に火種になったろうな)

(まあこっちで持ったら剣はそれなりの重さだったけど……)

 車窓に映った自分を見て、短くなったつむじ辺りの髪を確かめながら浮かべていた彼の呟きは、最後には無意識に表にこぼれた。

「……遠慮しないでアリーさんに挨拶くらいしてくればよかった」

 夜が明けるまでに風が弱くなることを期待しながら、再びバングルに手を載せたケンサクは、守護草の花びらよりもずっと明るく、ジョコ鋼よりもぎらついた車窓越しのイルミネーションをぼんやり見送りながら、二度と足を踏み入れることのない世界を懐かしんだ。





ギラギラ異世界編はここまでです!お読みいただき誠にありがとうございました(uu)!!

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