No.9 ゲーマーと大規模遠征(2)
後発隊、出発の時刻がきた。
城郭都市リステアの東城門には、多くのプレイヤーが集まっていた。その中にトウヤの姿もある。
背嚢の中身は最小限に抑えているため萎んでいる。代わりに背負子の横枠に矢筒をこれでもかと取り付けられていた。
この場に集まった全員が見える立ち位置に居る、騎乗姿の男が声を上げる。
「皆さん! お集まりいただき、感謝します! 後発隊リーダーをやらせてもらいます、獅子王クランのリバースティアです!」
白銀と黄金を基調としたフルプレートアーマー、クランの獅子を刺繍したマントを翻し、大剣を携える。見た目を気にしてか頭部装備ない、黄金色の髪が風で靡いている。王道を行くキャラクリに少し羨ましくなる。
リバースティアの足元にはクランメンバーだろうか、同じく白銀と黄金を基調とした鎧で身を包んでいる。リバースティアは演説の様に何かを叫んでは周りから歓声が上がる。だがトウヤは、馬が気になってしょうがなかった。
一度馬屋に足を運んだ事があったが、かなりお高いお値段設定だった。しかも維持費が掛かり、何処でも召喚という訳にはいかない。かならず、馬屋から馬を連れ出す必要がある。
そしてトウヤが購入を諦めた、最大の原因は、死んだら復活しないという点だった。値段に維持費、取り回しの悪さにペットロスまで経験したらゲーム引退も考えてしまいそうだ。
「それでは出発します!」
トウヤが馬に思いを馳せていると出発の時間らしい。馬が後ろ脚で天高らかに立ちリバースティアが手綱で制す、馬は踵を返して城門へ向かう。どこぞの肖像画の様な動作は、受けが大変よろしく、歓声と共に行軍が始まる。
◆
商人職業の馬車を三台を中心に編成されたキャラバンは街道を進む。
先頭は“獅子王”クランで構成され。馬車の横は少数参加のクランが守りを固めていた。
PT単位での参加者はクランの間や前面に入り込む、遠距離攻撃が可能な者たちは、各クランの周囲へ配備された。少数PTや、トウヤのような個人参加者たちは馬車の後方をぞろぞろと列を成して歩いている。
召喚師や魔物使いといった使い魔を使役できる職業のプレイヤーは、キャラバン周囲の警戒を行っていた。
第3監視塔を制圧下済みなため、モンスターの急激頻度は低く、順調に進んでいた。
二時間ほど進むと、第3監視塔が見えてくる。
防壁も修復され、拒馬など防護柵が張り巡らさて要塞化されつつあった。
予定だとここで少し休憩が入るはずだが、止まる気配がない。
「止まらないのか?」
トウヤと同じく疑問に思った者もちらほら見受けられるが、全体からしたら少数の様で、大半は気にも止めない。全体が意気軒昂な様で前のめり気味だ。
後発隊、総参加者人数は142人にもなる。キャラバンの図体が巨大になり間延びしてきている。馬車の後方に居るトウヤからは、先頭の様子は伺えない。
最初はよく様子を見に来る伝令代わりの斥候職業が来ていたが、今はとんと見ない。
移動にだってSPは消費していく。担ぎ屋の様な職業なら問題ないが、戦闘職業や、鎧に身を包んでいる者は二時間以上歩けば、SPの消費も激しいだろう。歩く速度を落とし、最後尾の様子を見に行く事にした。
最後尾グループはやはり、重装備の者や準備不足の者から初心者らしき姿など色々だ。その中でも特にキツそうな人に話かけ、携行食を渡していく。
「これ、よかったら食べて下さい。SP持続回復するので少しは楽になりますよ」
「え!? あ、はい、助かります」
急に話かけられて驚いた女性だったが、
携行食を受け取ってくれた。配り終える頃にはちらほらと会話聞こえて、少しは活気が戻った様だ。
そんな集団から少し離れて歩く二人組にもトウヤは携行食を配ろうとしたが、
「自分たちは大丈夫ですよ。トウヤさん」
「ん?」
相手はこっちの事を知っているようだが、トウヤにはどうも身に覚えがなかった。
すると男はおもむろに何か取り出した。
それは身に覚えのあるダサいメッシュの入った覆面だった。
「……もしかして、覆面Aか? そっちは覆面Bか」
「そんな呼ばれ方してたんですね。俺たち……」
「名前知らないんだから、当たり前だろ」
何故かしょんぼりする覆面Aに覆面Bが当たり前の事を告げる。うん、覆面たちだな。今のやり取りで納得してしまった。
「そのスキル──は、いいや。どうして参加してるんだ?」
「実はですね、あっ……楽しそうだったんで!」
「いや、スキルバレてるんだから、隠さんでもいいだろ。このスキル、人混みで使うと熟練度貯まるの早いんですよ。今はスキルのかけ直しで一番後ろに居たんです」
覆面Aが少し可哀想に思えるが、これがこの二人の平常運転なので、気にしない。
なかなか二人と会話する機会もないので話ながら歩いていく。少しすると緩やかな傾斜続き、丘陵地帯に入り込んだ。
丘を上りきると見える範囲全て小高い丘続いている。キャラバンの列も先頭までよく見えた。
「凄い景色だなぁ……」
「すっご」
「すごいな……」
三人ではしゃいで居ると馬車まで追い付いた。というよりは、馬車の進行速度が急に落ちた様子だ。
馬車を見るとモンスターの素材が、続々と積み込まれている。周りを見れば、街道横にはモンスターの死骸が散乱していた。それを回収しているため、行軍速度が上がらない。
「素材取り放題じゃん!」
覆面Aが取りに行こうとするのでトウヤは止めた。
「これ、先発隊のですよね?」
「だろうな」
覆面Bと意見が一致する。覆面Aは悲しそうにこっちを見るのを止めていただきたい。
「今みたいな状態になりたくなかったんだな」
馬車を一瞥する。先ほどよりも素材が積まれていた。まだ少し乗るだろうが、馬車の重量とこの起伏のある地形では、馬が疲れてまともに進めなくなるのが容易に想像できた。それは馬車の持ち主も理解している様で、積み込みを拒否している。
捨てるのが勿体ない者たちは、個々で素材を保管しているが、小さな背嚢はすぐに入らなくなる。
先頭の方で、何か話し合いをしているのが見て取れる。話し合いから一転、荒らげた声が聞こえ、少し少しすると伝令役が方針を告げにやって来た。
「馬車二台は先行して進みます! この馬車は積み替えして素材積みます! 足の遅い人やSP少ない方はこの馬車の護衛をして進んで下さい!」
言うだけ言うと伝令は先頭集団に戻っていく。
残されたトウヤを含め最後尾グループと荷物だらけの人々計40人ほどだ。
馬車の荷積み替えの後、馬車二台を引き連れ、獅子王クラン他クランの面々は先行していく。
「素材捨てて進むって話にはならなかったんですね」
「まぁね。でも休憩してないから、遅かれ早かれこうなったかもね」
呆れる覆面Bの意見はごもっともである。残された面々の士気が駄々下がりなのは目に見えて分かる。それでも残された面々でやって行かなければならない。ゆっくりではあるが、丘陵地帯を後発隊の後発が進んでいく。
◆
状況は最悪だ。
襲撃が相次ぎ、最初は攻勢だったが、今は防戦一方だ。
「そっち行ったぞ!」
「空の敵、誰か抑えられるか!?」
「一人やられたぞ!」
残った面々には、召喚師や魔物使いといった人は誰もいなかった。モンスターにすぐさま捕捉されてしまい。重く足の遅い馬車はモンスターたちのいい標的だった。
40人近く居た人数も半数以下になっている。
「覆面B!」
「はい!」
矢筒をを投げ渡すと、器用に片手で四本指の間に挟んで、短弓を構え速射する。小さな禿鷹を一羽に複数の矢が刺さり落下する。覆面Bは空の矢筒を捨て、もらった矢筒を背負い直して、次の標的を射抜く。だが、数が多くじり貧だ。
地上には群れる山羊が集まって来ていた。暗器を投擲するも数が多すぎる。接近されたのには【当て逃げ】からの棍棒で脚を砕き、顔を潰す。
覆面Aは,群れる山羊を翻弄するかのように素早く動き回り、脚を切り裂いて機動力を奪っていく。体当たりもギリギリのところで身を翻しながら回避して、短刀の攻撃を加え翻弄する。
「撃ちます!」
呪文の詠唱を終えた魔法職業が叫ぶと、山なりに飛んだ火の玉が空中で分離爆発して、ナパームの様に燃える粘液が周囲を継続して焼き続ける。
一時的に炎の壁と上昇気流の壁でモンスターとの距離を取ることに成功した。
魔法の鞄から回復薬を取り出し配って回る。これではらちが明かない。回復薬も有限だ。人数だって減ってきて、ギリギリの所で折れずに頑張っている。現状を打開するため、馬車の正面に周り商人職業と話をすることにした。
「このままだと全滅です。素材を捨て、全員乗せて逃げましょう!」
「いや、それだと……」
口ごもり、荷台を見る姿で察してしまう。
いつの間にか商人職業の背後に回り込んでいた覆面ABが見える。”処す?処す?”と目線で訴えてくるが、首を横に振り二人を制す。PKだから、思考も大分そっちよりの二人。惨事が起きる前にどうにか説得を試みる。
「このままだと馬車どころか、馬まで殺られて赤字じゃ、すみませんよ?」
商人職業は何か言いたそうにしてたが、悩んだ末に了承してくれた。覆面二人もつまらなさそうに姿を消す。これ以上、事態を悪化させるのは勘弁してくれ。
急いで手の開いてる人を呼び、素材を馬車の外へ投げ捨てる。案の定だろうか、馬車に積まれている物質も移されていて少なくなっていた。逆に今はそれが有り難い。物質を端に寄せ、乗る場所の確保を急ぐ。
炎の壁の威力が弱くなったのか、群れる山羊が炎を越えてプレイヤーたちに襲い掛かり始めた。応戦するもHPが心許ない、この状況でこれ以上は無理だ。
「馬車で逃げます! 皆さん乗って下さい!」
叫びながら、残りの矢筒を覆面Bに全て渡し、馬車から短弓での援護をお願いした。自分は前に駆け出す。逃げるプレイヤーの背後から襲おうとする群れる山羊の顔面を【当て逃げ】発動して棍棒でぶん殴る。少し怯んだだけで効果は薄かった。背嚢の荷物が少なく追加ダメージが出ない。
群れる山羊の頭突きを体を反らし回避する。【当て逃げ】によるAGI上昇効果もあり、反応速度が上がる。
数十人乗るには荷馬車は狭いが仕方がない。逃げ遅れがいないのを確認して馬車に戻ろう。
「トウヤさん!」
覆面Aの声は一瞬して暴風に掻き消される。
視界がぐるっと回り、下方に馬車の幌が見えた。左肩に激痛が走る。肩に目線を移すと鋭い猛禽類の鉤爪が肩に深々とめり込んでいた。
大きい禿鷹はトウヤを軽々と持ち上げ大空へと舞い上がる。
覆面Bが慌てた様子で矢を放つが、短弓の射程距離から即座に離脱しているために届かない。反撃は虚しく、大きい禿鷹とトウヤは、覆面たちの前から消え去って行った。
◆
(人生初の飛行体験がこれとか、なんか悲しいなぁ)
大空を舞う大きい禿鷹に掴まれて大分経った。高度が高すぎて離されたら即死は必須の高さだ。今は無抵抗で、この遊覧飛行を痛みと共に楽しんでいる。ちゃんと対策も考えてるが後はタイミング次第と言った所だろう。
(それまでは大人しくしておいて……ん?)
後ろから何か迫っていていた。
最初は点だった物のが近づくにつれ、輪郭がはっきりとしてくる。別の大きい禿鷹だ。追い付いた大きな禿鷹は、並行して飛ぶと鳴き声の応酬が始まり、一瞬の静けさの後、トウヤを巡って壮絶な空中戦を始めた。
急降下し引き剥がしに掛かるが、もう一羽もピッタリと後方について追ってくる。鉤爪をこちらに向けてくる。慌てて棍棒で迎撃、鉤爪を弾き返す事に成功した。
「グァッ!!!」
「もっと速く飛べ!食われる!」
一瞬隙、大きい禿鷹が上から覆い被さるようにトウヤたちを頭上を取った。
二羽の大きい禿鷹はもつれ合い。きりもみしながら高度を下げていく。
その中心で平衡感覚もくそもない揉みくちゃの中、どうにか一つの薬品を手に取り、大きい禿鷹に投げつける。
それは粘りのある粘液だ。もちろんモニカ製。スライムの薬品を改良して粘りけを追及した品だ。一定時間相手の身動きを止める。
それを今、二羽がもつれ合う中心で使ったのだ。
二羽は急に離れなくなった脚に驚き暴れるが、もう遅い。動けば動くほど粘液に絡まり、翼も羽ばたく事ができずにいる。
一人と二羽は仲良く、けたたましい音と共に林へと落下していった。
〈WORLD topic〉
商人職業などの職業は馬屋での購入金額が通常の半額の値段で購入できる。
優遇されるのはそれだけで、死んだ場合は復活などなく、また購入しなくてはならない。それでも移動手段として馬は優秀であることに代わりなく、活動エリア拡大に伴い、今後、数多くのプレイヤーが馬を購入すると思われる。