No.8 ゲーマーと大規模遠征(1)
ある日、ワールドメッセージが流れた。
それは、プレイヤー初の『監視塔制圧の成功』を知らせるメッセージだ。
西部の第1監視塔制圧の成功は奇しくも、トウヤの初ログイン直前の出来事である。
サービス開始から半年、まともに遠征が出来たのは、サービスから一ヶ月程度、それ以降はジリジリと活動エリアが縮小していった。プレイヤーたちは城郭都市に押し込まれ、鬱憤ばかり溜まっていたが、このワールドメッセージを境に遠征攻略の機運が、再び燃え上がる事となった。
西部の一部エリア開放により、狩場の増加、廃村の復興、採石所解放、鉱山解放となどイベントの様に盛り上がった。細々と活動していた労働職人たちが採石所や鉱山で活動する様になると鉱石類が数多く産出され、作成職人たちは大いに喜んだ。
徐々にではあるが、監視塔の制圧の報告が増えて、プレイヤーたちは古今東西、様々な場所で活動し始める。
攻略掲示板に活気が戻りつつある時、一つの書き込みがされた。
『東部、新緑樹海への大規模遠征について』
それは最初の監視塔制圧を成した『灯の杖』PTメンバーによる書き込みだった。
内容は、城郭都市リステア近郊の平原を抜け、丘陵地帯の先、新緑樹海への大規模攻略だ。
大規模攻略自体は、トウヤがプレイする以前から計画はされていたが、攻略費やす時間、物資の運搬、参加者の人数や参加クランの統率など、様々な問題を抱えていた。
そのためか、計画は存在しても、噂程度のものとしてプレイヤーたちに認知されていた。が、ここに来て監視塔制圧から始まり、その先駆者からの提案であっため、多くのプレイヤーは参加を希望した。
手始めに城郭都市リステア近郊の平原にある、第3監視塔の制圧が決行された。
徒歩で約一時間半ほどの道のりを二百人近いプレイヤーたちが行軍する。いくらモンスターの数が多いと言っても、さすがにこの数の暴力には敵わない。道中をモンスターの亡骸で死屍累々の有様だ。
監視塔も同じく、数の暴力には抗えなかった。
監視塔にもゴブリンが相応の数居たが、遠距離から魔法と矢の雨を食らった後にプレイヤーが乗り込んで十分も掛からずに終わった。
──ここまではよかった。
勢いのまま丘陵地帯に向かうと、飛行モンスターたちによる断続的な攻撃に加え、地上からもモンスターの強襲。幾度の戦闘による物資の不足、時間経過によるプレイヤーの離脱、ログアウト場所の確保と問題が増えて、丘陵地帯の攻略は見送られた。
灯の杖を中心に攻略掲示板で意見交換を交わし、案を練っていく。商人連合クランの協力を得て、三台の馬車を中心にキャラバンを結成。ログイン時間の都合を配慮して、先発隊、後発隊に分けて丘陵地帯に攻略に向かう運びとなった。
◆
金属のぶつかる音が路地裏に反響する。
リズムを刻む様に足が石畳を踏み叩く。
トウヤは一歩踏み出し、男との距離を詰め、棍棒を振るう。空気を押しのけ轟音と共に振るわれた棍棒は標的に当たる事なく空を切った。
男の陰を追うと短刀の刃が突き出され間近に迫る、トウヤは慌てずに外套を翻した。
短刀の刃先が、外套に接触すると金属音が鳴り、弾かれる。外套の裏には暗器の棒手裏剣が、びっしりと仕込まれ、生半可な刃では貫く事もできない。
男の目出し帽から見える眼が、驚愕の色に染まり、揺れ動いたのが見えた。一旦、距離を取ろうとする男にトウヤは、左手から暗器を二発放つ。
投擲した暗器が相手の左肩と顔を守るために出した左腕に刺さる。
「ッゥ!!」
腕を退けて、反撃に移ろうとするが、そうはさせない。体のそこかしこに仕込んである、暗器を二つ取り出し追加分をお見舞いする。
男は一つを短刀で払い落とすも、もう一つは腹部に突き刺さる。呻く間もなく、また二つ。足が絡み倒れ付してもさらに二つ。体に突き刺さる。
「ッッッ!!! ま、待てッ!」
男の声は届かず、暗器が刺さる。腕、脇腹、太股、HPが3割まで減るが、急所を外してるため致命傷は至らない。
ゲームの設定上、痛覚は完全に消す事はできない。
強弱の調整は個々で弄れるが、PKは例外で痛覚設定が強制で最大値になる。
男は痛みに悶え、戦意が喪失している。
トウヤを倒れ伏す男を見下ろす。
「何処かで会った事あるかな?」
「……お前なんか知らねぇよ!」
「ならよかった」
問いかけに男は、声を張り上げ睨んでくる。それは虚勢からなのか、嘘を付いてる為かは分からない。少なくとも自分にとって重要なのは、いつも取引しているPKたちじゃないと言うことだ。
微笑みを浮かべるトウヤに、男は恐怖を覚えたのか押し黙る。
近くに落ちてた短刀を蹴り飛ばし、男が逃げないよう足で踏みつけた。
「最初に謝っとくけど、ごめんな」
「は? え、何──」
男の太股に深々と刺さってる暗器を引き抜く、男は痛みから体を捩るが、パッシブスキル【強脚】により強化された足腰は体幹を揺らす事なく、男を踏み押さえ込んでいる。
「このまま、倒すと刺さった棒手裏剣が一緒に消えちゃうから、取り終わるまで死なんでくれ」
「お前何言って──!!!」
全て引き抜き終わる頃には、男はぐったりした様子で石畳に転がっていた。頑張って耐えてくれた所悪いがとどめを刺す。元を辿ればPKを仕掛けてきた、この男が悪い。【当て逃げ】を発動してトウヤは棍棒を振り上げPK顔に振り下ろした。七色の気泡に変わり霧散する。後に残るは、金銭の入った小袋だった。
◆
二回目大規模遠征の話で城郭都市リステアは盛り上がっていた。メルルの屋台で休憩所していても、遠征の話ばかり聞こえてくる。
薬品の需要も高まってるせいか、モニカも忙しく薬品作りに取り掛かっているが、売れるかは別問題だ。
通りから、一人の重戦士がこちらに向かって歩いてくる。全身フルプレートアーマーに身を包み、特徴がないのが特徴であるグレートヘルムを被ったいた。
「お久しぶりです、トウヤさん」
「こんちには。……ぷりんさん、見回りですか?」
顔が見えないため、一瞬誰か悩んだが、声色から正解を引き当てる事に成功したようで安心する。ぷりんに空いてる席を進めるとトウヤに向き合う形でテーブルに座った。
「何処も遠征の話で持ちきりですね。ぷりんさんのクランは参加しないんですか?」
「うちのクランは治安維持が第一ですからね、今は西部方に出払ってますよ。NPCも廃村の復興に加わってその警護やらなんやらと」
ぷりんは何処と無く疲れている様に感じる。
話を聞いてみると遠征が関係していた。
「リステアを毎日歩いてるなら、人材紹介できるだろと遠征参加者探しで、数日は走りっぱなしですよ」
「そうだったんですね」
ぷりんの兜からため息が漏れでる。
タイミングよくメルルがやって来て、柑橘のドリンクを一つテーブルに置いた。ぷりんが、こちらに向かって来た段階で目配せにより、メルルにドリンクを頼んでいた。まさか本当に気づいてくれるとは、脱帽ものである。日頃、モニカに鍛えられている賜物だろうか。
ドリンクを進めるとぶりんは、インベントリーから取りだしたマイストローで器用に飲み始めた。
一瞬で飲み干され、ぶりんの声からは少し元気が戻った様に感じる。
「ご馳走さまです。これ美味しいですね」
「いつもここで屋台出してるので、今度買ってあげて下さい」
「ええ、今度メンバー連れて買いにきますね」
他愛ない話をしているとぷりんは、言いにくそうにトウヤ一つの依頼を差し出す。
その羊皮紙に触れる。すると目の前にポップアップが現れた。
《レギオン:参加申請書》と表示される。
トウヤには見覚えのない単語だ。
「トウヤさんにも是非、大規模遠征に参加してもらいたいんです」
真剣な面持ちのバケツ頭が、こちらを見て言い放つ。
「いいですよ」
ぶりんの頼みを即決するトウヤ。
「サポート職が全然足らないとか、そんな感じてすか?」
トウヤの問いにぶりんは、手を後頭部に当て困った様な仕草をした。
「えぇ、その通りです。まったくと言っていいほど、人数が足りません」
自分の元にくる依頼やお願い事はだいたい同じだ。最初は想うところがあったが、今はそうでもない。むしろちょっと好きになっていている。
「丘陵地帯にも足を運ぼうかと思ってた所ですよ、楽しみです」
「すみません、助かります」
ぶりんは深々と頭を下げた、
あと、分からない”レギオン”についての説明をぷりんから受けた。
平たく謂えば、大人数の入れるPTシステムらしい。
個人からPTはたまたクランを一纏めして、レギオンの枠に入れる事が可能との事だ。
普通のPTを組んだ時の様にメンバーがUIに表示されることはなく、レギオンの参加総数とそのレギオンの発足者の名前だけが表示される。
他メンバーは通常通り職業のみの表示で、レギオン参加者は、ネームプレートが紫色になる。
《レギオン:参加申請書》を使い参加する。
すると《後発隊:135人》リバースティアと表示される。
リバースティアはこの”レギオン”のリーダーになるのだろう。
「参加できました。なるほど、こうなるんですね」
「急に色々とすみません……詳細などはPT備考欄に書いてあるので、後で確認して下さい。今度は、他の三人も連れて顔だしますね」
そう言うとぷりんは立ち上がり、巡回なのか、それとも人探しか、小走りで去っていく。
残されたトウヤは椅子の背中を預け、少しだらしない姿でPT備考欄を覗く、備考欄には遠足のしおりを思い出すほど事細かに詳細が書かれていた。
〈WORLD topic〉
【強脚】
パッシブスキル:
移動に関するデバフの軽減。脚を使う技や攻撃に追加ダメージを加える。