No.7 ゲーマーと報酬
城郭都市リステア。
日々、新規プレイヤーがリステアに降り立つ。
人の往来で都市は活気付き、目まぐるしく変化していく。
プレイヤーの数だけ、物語があり、プレイスタイルが存在している──ものの、戦闘職業が大半を占めていのが現状だ。
少数の作成職人とNPCの職人がフル稼働で日々作成に打ち込んでいるが、供給が間に合っていない。
出来合いの武具よりも一点物を持ちたいプレイヤーは多い。上位プレイヤー作成職人に作成依頼を頼んでも順番待ちが多く諦める人も出ている。
運営も現状を把握しているためか、作成職人に焦点を合わせた各職業の動画を配信するたど対策をとっている。
一定の効果は出ているようだが、全体から言ったらまだまだ人手不足の状態だ。
そんな最中、プレイヤーの間で流行りが巻き起こっていた。
武具に好きな色彩を付ける事だ。自分の好きな色で着飾り、楽しむ。染料も安く手に入れられるため、瞬く間に広がっていった。一部で“痛盾”なるもが流行ったが、著作権等の問題もあり、即禁止にされてしまう。
それでも諦めないのが、ゲーマーたちだ。著作権に触れないギリギリを探り、特徴的な色やシンボルアート、デフォルメなどで表現、抽象的なデザインでぼかすなど様々な表現方法が確立されていった。
この流行はグレートヘルム団、通称バケツ団にも多大な影響を与えていた。プレーンカラーを信仰するバケツ派と、メタルピンクで塗装したピンクバケツ派がクラン内で激しい抗争を起きたが、クランリーダーが全員をしばき倒して説得に成功した。
「個性を主張するならバケツを脱げ、無個性が我々の最大の個性だ!」
クランリーダーの言葉が全てのバケツ頭の中で反響し、スッと心に落ちた。より強固な絆で結ばれたバケツ団が生まれた。補足だが、武器の塗装は許された。
◆
トウヤは、メルルたちの屋台でクレープを買い通りを眺めながら、中休みをとっていた。
燦々と輝く太陽の光を街路樹が和らげてくれる、トウヤの座る机は実に過ごしやすい。
モニカはここ最近、忙しく染料を作って販売している。作れば作るだけ売れてる様だが、本人は疲れるから、もう止めたいと嘆いていた。
メルルに視界を移すと、屋台の中でメルルと大柄な男、ガヤックがクレープ作りに勤しんでいる。
大きなゴツい手から考えられないほど繊細な動きで、クレープ生地を均等な厚さで焼き上げている。
それを熱心に見つめ、ガヤックからコツを聞いては、隣で実践して焼き上げるメルル。
客足もそこそこ良く、売れている。
「つかれた……」
横に座り、モニカは突っ伏す。突っ伏すしながらも、抜け目無く貰ってきたクレープが、手には握られている。
「ご苦労様。売り行きはいいかい?」
「よすぎる」
「薬品の方は?」
「よくない。トウヤぐらいしか買っていかない」
モニカは、姿勢を正してジト目でトウヤを睨む。膨れっ面でクレープを頬張った。一瞬で満面の笑みだ。
モニカ製薬品はあまりにも癖が強い。
「もっと効果を均等に保ったの作れば売れるだろうに……」
「それは、他の人にまかせる」
「ですよねー。でもこの前は、モニカの薬品で助かったよ。ありがとう」
「ぅ……ぅうん」
少し顔が赤く染まる誤魔化すように、モニカはクレープを食べる。その姿をニヤニヤ見てると、こちらの意図がバレたのか姉の元に去っていく。モニカは素直に感謝されるのが気恥ずかしく感じている。それを弄ると今みたいに姉の元に逃げてしまうのだ。
「なんだ。振られたのか?」
「ええ、そんなところです。そっちは、もういいんですか?」
「ん……ぁあ。あの嬢ちゃんは、物覚えがいいからな。教えるこっちからしたら、物足りんくらい優秀だ」
メルルが生地を焼き、モニカが具材も乗せて包んでいく。ガヤックが抜けても問題なくこなしていた。
「そうですか。ところで鞄はもう出来たんですか?」
「やっとな。お前さんの注文が多くて時間掛かったぞ」
そう言うとガヤックは鞄を机の上に置く。
「おぉ……これが魔法の鞄ですか?」
「おう、空間魔法を施してあるから小物限定で、二種類まで大量保管できるぞ」
受け取ると、鞄は魔力を帯びてるのか、うっすらと発光して見える。
《依頼:物資配送(特殊)》が無事終わった。どうやら都市外への配送がトリガーになっていたらしく、この前の遠征で無事達成できたのだ。都市内で、依頼を繰り返しやってしまい、本来の倍以上の依頼達成数が加算され、報酬が豪華になった。
魔法の鞄は個別のインベントリを持っている。種類によって効果も違うが、トウヤの魔法の鞄は、二種類までの小物アイテムを大量にスタックできる物だった。
だが当初受け取った魔法の鞄は、腰に付けるタイプだった。既に腰ベルトに小鞄を付けている、そのため付けられないので駄々をこねて、ガヤックに作り直してもらった。ガヤック万能である。
ウエイトバック、みぞおちの下辺りに固定できる様になっている。これで未来の狸型お世話ロボットの仲間入りだ。
立ち上がり、着用してみると肩から腰に掛けて伸びるベルトと干渉する。後で装備の見直しが必要だと脳内メモ帳に記載しておく。そして手持ちの回復薬と空瓶を魔法鞄に入れてみた。
全部入れても余裕が感じられる。それにインベントリ内の木箱を無くせるので空き枠を増やせるのも嬉しい。魔法の鞄の出来に満足した。
◆
ガヤックと別れ、配送の続きに戻る。
ここ最近の物流は金属加工品は大半を閉めていた。
釘、蝶番、鎖、滑車など、産業区画から早馬ギルドに集積されている。その大半の配送先は、制圧済みの監視塔である。特に北部の第22監視塔は街道に近く、商人プレイヤーの荷馬車で、大量運搬が行われている。
監視塔制圧により街道のモンスター遭遇率の低下や、プレイヤーの利用率増加で、商人職業の多くが都市外で活動していた。
その分、城郭都市リステアの細々した運送はトウヤや、少数の担ぎ屋職業の人が請け負っている。
配送を終わらせ、裏路地を走る。いつもの場所、薄暗い路地に覆面Aと覆面Bが居た。覆面Aはその覆面にメッシュ塗装されている。正直ダサい。
「おっす」
「こんにちは!」
「ども」
「今日も買取?」
「お願いします」
「自分は薬品を買いたいですが、いいっすか?」
背嚢から買っていた薬品出して並べ、覆面Aからは素材を買い取る。毎度の事だが、大量の量を持ち込んでくる。
「今日は多いな」
「最近は外に行くことも多いんで、すみません……迷惑でしたか?」
「いや、全然大丈夫だよ、しかし門通れるのか?」
「うちらみたいな奴専用のルートが複数あるので平気です!それに──」
覆面Aが技能を使うと黄色のネームプレートが青になり、職業が斥候から戦士に変わった。
「なにそれ怖い」
「このスキルはですね──」
スキルを詳細まで教えようとするので、トウヤは止めて説教した。手の内を晒しすぎだ。覆面Bも心底呆れ目で見ている。
しょんぼりする覆面Aは、ひとまず置いといて、覆面Bと商談する。
「この前買った薬まだあります?」
「あぁ、あるよ。さらに強化されたヤツも仕入れたけど、買っとく?」
「……それも一本下さい!」
「まいど!」
決して怪しい薬を売っているわけではない。
モニカ特製の強烈なバフデバフの薬を売っているだけだ。本人からは転売許可をとってある。もちろんメルルは何も知らない。転売に伴い、薬品の使用感や、使用者のレビューをモニカに提供している。
売れ筋は“AGI上昇(大)”“DEF低下(大)”の薬品だ。
覆面B曰く、逃げる時に使用してよし、矢に塗って相手にバフデバフを付けるもよし、とのことだ。
後者は、急に上昇したAGIに対応出来なくて、戦闘のテンポがズレた所を狙い、大ダメージ与えるらしい。諸刃の戦術だが、今のところ成功率は高い(覆面B談)
覆面たちと別れた後、裏路地の薬草店へと向かう。
立て付けの悪い扉を開くとカウンターには、パイプを吹かしながら流し目で、こちらを見ている老人の姿があった。
カウンターに金銭袋を置く。老人は中身を確認せずにそれを取る、代わりに鉄紺色の外套を置いた。
「小型蜘蛛の糸で編んだ外套だ。編み目も細かく打撃耐性も高い。裏地はこの前持ってきたトロールの皮使ってるから刺突耐性も付いて、SP回復(極小)も付与されとる。あと、一番面倒じゃった裏側に大量のソケットポーチも注文通りに付けたぞ」
老人は説明を終えるとパイプを一口吸う。受け取った外套を確認すると満足の出来だと分かった。
「ありがとうございます。素晴らしい出来ですよ」
「金は貰ってるんだ。礼など不要よ」
「不要ついでにこれもお願いします」
追加の金銭袋が置かれた。
老人は呆れた顔で椅子から立ち上がる。
「またか、老人使いの荒い事じゃ」
口では嫌味を垂れるが口角が嬉しそうにつり上がっている。
鍛練所に通されると老人は懐から暗器を取り出す。
「まずは見ていろ」
鍛練用の木人形に向かって投擲する。音が重なり2つの暗器が刺さる。よく見ると同じ場所に刺さり、一つが深々と木に刺さっている。
「今のがダブルじゃ。次はトリプル、クアッド、ほれ両手じゃ」
3発同時、4発同時、最後は8発同時に暗器が突き刺さり、木人形が針山となる。
「速すぎて、参考になりませんよ」
「あくまで手本じゃからな、お前さんにそこまでは期待しとらん」
「それはそれで悲しくなりますね」
老人が喉を鳴らして笑う。
トウヤは棒手裏剣を2本指の間に挟みそれを投擲する。1つは木人形の胴体に、もう1つは明後日の方向に飛んでいく。
一度取得した技能は熟練度を貯めると派生技能を覚える。職業によって熟練度の取得速度は違うが、繰り返す事でスキルを覚え、熟練度も貯まる。特定のNPCからスキルを伝授される場合は、熟練度の取得速度に補正が入る。
「ふむ。こんなもんじゃな。まだ精度は良くないが……実戦で使えなくはないな」
「あ、ありがとう、ござぃます……」
「次を覚える前に、精度を上げるのを意識してやりなさい」
数時間の休みのないスパルタ訓練が終わる。木人形を複数ダメにしたが、その成果は得られた。老人からもどうにか及第点を貰えた。
老人が一服を始める。煙を吹き、トウヤに問う。
「聞いた話じゃが、お前さん監視塔奪還に参加したようじゃな」
「えぇ、まぁ……」
息を整え、老人に向き合う。
「そうか。もしも”緑光石の欠片”手に入れる機会があったら、儂の所に持ってきなさい。いい値で買うよ」
《依頼:緑光石の欠片の売却(C)》を開始します。
〈WORLD topic〉
緑光石の流通は探求者ギルドが、一括管理している。ギルド管轄外での取引が発覚、逮捕された場合、大半が極刑となる。