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No.30 大型アップデートとゲーマー

 公式から大型アップデートのお知らせがあった。

 1ヶ月後に発売から初めての大規模拡張だ。それと並行してイベントも色々と開催する様で、プレイヤーたちからの期待の声は大きい。


 ゲーム内のNPC人口も順調に回復の兆しにあるようで、自警団として活動していたクランも、初期の頃に比べたらだいぶ楽になったのか、遠征などゲームらしい事を楽しめているらしい。ぷりんからの情報なのでそうなのだろう。


 そして本日、大型アップデート前に急遽、システム系とスキルなどに小規模パッチがあてられた。


《ログアウト可能環境についての変更》

・音声によるログアウトを可能にしました。

・PvP開始から一定時間経過によるログアウト可能時間を短縮しました。

・野外でのログアウト時、残されたプレイヤーアバターは、スキル効果の対象外になります。

・野外でログアウト時、プレイヤーアバターが他者と接触できるかの設定メニューを追加しました。


 なんとも局地的な修正だろう。きっと悪い事をした奴がいたんだな。

 次はオンラインゲームの酸味である、スキルの修正項目も見てみよう。

 戦闘職に片寄ってるから調整一つで阿鼻叫喚だろうな。それに引き換え、私は担ぎ屋(ポーター)だからその心配も少ない。サブの戦士が多少影響出たって問題ないはずだ。


《担ぎ屋》

・基本スキルの過剰積載によるデバフ軽減率の減少。

・新規で基本スキルに【SP消費軽減】を追加。

・スキル【当て逃げ】をパッシブスキルに変更。荷重による、威力上昇値の減少。


「マジかぁ……」


 上方もあるけど下方修正のが多いじゃないか。そんなに悪目立ちする職なのか?

 他の職を見てもそこそこ上方修正多いのにサポート職が下げられるとか脳筋ゲー待ったなしだぞ。


 一人部屋で悶えながら、担ぎ屋よりも下方修正された職を見つける、作業を開始する。下を見つけて精神の安定を保とうしたが、時間の無駄に終わった。

 無駄なあがきで、公式のお知らせを読み返すと、スキル修正に関するお知らせに、外部リンクが貼られていた。嫌な予感を感じつつもそのURLを開く。


 某動画配信サイトに繋がる。


『新緑樹海!? PKクランをPKしてみた!』


 一時は大量に上げられてたPK動画みたいだ。録画機能でプレイヤー視点での撮影が可能になっている。視界の動きによるブレは自動で修正してくれる優れた機能だ。

 私もVRギアが手に入るまでは、よく動画を見ていた。それにこの動画はつい先日、上げられたばかりだ。


 動画を再生すると見覚えのある後ろ姿がある。


『ちょっと■■さん、待ってくれ! 先行すると危ないって!』


 ちゃんと名前を伏せられている。伏せられても見た目が完全に、私の知人に似ている。

 

『何やってるの! 早く!』


 振り向いた顔が完全一致するが、まだ確定した訳じゃない。

 動画を少し飛ばしてみる。


『や、やめッ! ァアッッ!?!?』

『抵抗するからですよ?』


 次のシーンに飛んだ矢先、スプラッターな場面が映りだす。探求の書(図鑑)で片腕が肘から弾け飛んだ。傷口断面がエグイ。ノーモザイクとな動画よく消されないな。

 悲しいかな。この人物はハルで確定してしまった。探求の書を武器として使い、見覚えのあるしハンカチで返り血を拭いている。いい笑顔で映っていますね。


 再生バーをもっとも見られている場面にカーソルを移動する。


『うわぁ……』


 撮影者の声と背嚢の外ポケットからカサカサとミミの脚が大量に這い出て、切断された私の右腕に絡みついている場面だった。

 場が静まり、ミミの動く音がよく聞こえる。少しすると髑髏男がグニャリと曲がり岩に叩きつけられた。


『勝ったぞー!』


 どう見ても私です。本当にありがとうございます。

 契約書に撮影の可否までは設定してなかった。やっちまったぜ。


 最後の【スティール】祭りまでちゃんと録画がされており、最後は髑髏男がハルに倒された場面で、動画は終わっていた。


 動画のコメント棚も大変な事になっている。

 プレイヤーの特定をほのめかすコメントはいかんですよ。通報しておこう。もちろん、動画も通報だよ。


 朝からなんか疲れた。これから病院だというのに気が重くなる。絶対あの先生、色々と聞いてくるぞ。



「それでですね。羽柴さん……私もついに、VRギアを手に入れられるんですよ!」


 問診の最中から何か言いたそうにしていた。先生はそれはもうウキウキで報告してくる。どうやらあの動画の話題には触れなさそうで安心する。


「良かったですね。もう2ndWORLDはプレイしたんですか?」

「いえね。プレイはまだなんですが、もう少しでプレイできそうなんです。その際は色々と教えて下さいね」

「えぇ、もちろん。私も最初は苦労しましたからね。私で良ければいつでもいいですよ」

「本当ですか、いやー助かります!」


 パキッ!

 カーテンの向こうから何か音がしたが、先生は気にも止めずに話を続けている。


「先生……そろそろ検査をしませんと、検査機器の使用時間なくなりますよ」


 カーテンが開くと女性の看護師が出てくる。

 あれ? この人って……。


「もしかして……竹中さんですか?」

「あれ、もしかしてトウヤさんですか!?」


 昔お世話になった看護師の竹中さんだ。最後に会ったのは一年も前だ。


「髪伸ばしたんですね。お似合いですよ」

「え、あ、いえ。そうですか……?」

「ええ、とっても」

「──!!!」


 まさかここで、再開するなんて。一年前は新人の看護師で、私のリハビリをよく手伝ってくれていた。あの頃よりも貫禄が出ているな。先生もたじたじだ。


「実は私も──」

「羽柴さん、検査にしますので、部屋を移動しますよ」

「──チッ!」

「え?」

「なんでもありません、先生。──トウヤさん、ご案内しますね」

「はい」


 力関係は竹中さんのが上だな。先生の肩身も狭いんだろう。なんか知らんけど竹中さん、先生を威圧しているみたい。まぁ問診で自分の事ばかり喋ってたので同情はできないな。



 検査後、食事を済ませ、帰ろうとしたが、竹中さんの提案により、少し脚のリハビリをする事となった。

 一年ぶりのリハビリフロアは少し、懐かしく感じる。昼休憩の少しの間だけ借りたので、私たち二人しかいない。


「椅子に座って下さい。少し脚を見ますね」

「分かりました」


 椅子に腰を下ろすと竹中さんは私の目の前に屈んで右足の膝関節を触る。私服ため、服の上からになる。


「痛みはどうですか?」

「たまに痛みますが、生活に支障がでるほどではないですね」


 関節を伸ばしてりとストレッチをしながら、竹中さんの問診は続く。昔に比べると手つきが様になっている。


「……なんで急にリハビリを止めたんですか?」


 また答えにくい事を聞いてくる。はぐらかそうと思ったが、竹中さんの真剣な眼差しを見ると言葉が詰まる。思わず目を反らし、目線が泳ぐ。なんとも情けない。


「──私のせいですか?」 

「それは違いますッ!」


 反射的に言葉が出る。声が大きかったか、竹中さんを驚かせてしまった。

 一呼吸おいて、記憶を遡り、言葉を紡ぐ。


「むしろ私は……竹中さんが、毎日必死で頑張ってる姿見て、私も頑張んないとって思い。リハビリを頑張れたんです。竹中さんが居なければ、もっと早くに諦めて腐ってましたよ。私がここまで回復したのは、竹中さんのおかげです。竹中さんのせいだなんて、言わないで下さい」


 竹中さんの顔を見れば、凛とした顔つきの中に昔の面影が垣間見える。瞳が揺れ動き、我慢する様に下唇を噛んでいる。

 竹中さんが新人の頃、先輩看護師に怒られてた時や、何か失敗した時、感情に整理がつかない時に下唇を噛んでいた事があった。それを指摘したら本人も気づいてなかったのか、恥ずかしそうにして、噛み癖を治してたっけか。


 昔を思い出して、自然頬が緩む。私が笑ったのに気づいて、竹中さんは慌てて、口元を隠しながら立ち上がった。


「……噛んでましたか?」


 答えは頷きで返す。背を向けて、リハビリ用の鏡で唇をチェックし始めた。


 私が急に来なくなって、担当だった竹中さんの中に、しこり残してしまったのだろう。 

 私ごときになんとも申し訳ない。

 しかし幸いな事に再び縁があり、こうして関わりをもっている。


 身嗜みを整えて戻ってくる竹中さんに、私は声をかける。同じ轍を踏まないために。

 

「来週の検査後、少しリハビリしたいのてすが、竹中さん予約って取れますか?」


 目をぱちくりさせている竹中さん。


「リハビリですか……来週? ──は、はい!出来ますよ! 予約入れておきます!」


 先ほどまでの凛とした姿はなく、新人だった頃のあどけなさが残る、良い笑顔で答えてくれた。


「必ず、来て下さいね! 約束です!」




〈WORLD topic〉

 大型アップデートに盛り込まれたシステム、スキル修正だったが、ある動画がアップロードされたため、急遽、小型アップデートとして前倒しで配信された。


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