No.21 ゲーマーと産業区画
「飲み物ここに置いときますね」
「ありがとうございます。メルルさん」
メルルから飲み物を受け取り、一つはゴルドの前に差し出す。まだ上の空の様だが、しょうがない。短い付き合いだが、掘るのが好きなのは本当によく分かった。
遠目からモニカがこちらをジト目で見てくるが無視する。そうだよ、ここにいるゴルドは、紛れもなく変人の部類ですよ。
「トウヤさんッ! 素材ちょうだいッ!」
「ふぁっ!?」
危うく、飲み物を吹き出してしまうところだった。見れば、息切れして苦しそうな割に瞳を輝かせているハルが現れた。
メールで未登録素材手に入れたと知らせたのは、10分前だよね!?
「ずいぶん早いですね……」
「死に戻りしましたからね!」
「そこまでしますかッ!?」
「もちろんですっ!」
巨木から投身自殺でもしてたら、ゴブリンたちはトラウマものだぞ。この人、待てなくて背嚢まで漁り始めたぞ!
「あっ! 駄目ですって!!」
「これかな!」
ハルの両手には宝箱が握られていた。蓋が勢いよく開き、何処からともなく現れた舌がハルの顔面を一舐めする。
「ヒギャっ!」
そのまま地面に落としてミミックがこちらの足元にすり寄ってくる。カタカタ蓋を鳴らして喜んでいるのは、驚かすのが成功したからだろうか。
「ハルさん、大丈夫ですか?」
「びっくりしました……。それミミックですか?」
「はい。成り行きでテイムする事になりまして」
「どうせなら、素材にすればよかったのに」
ミミックが怯えるのでそういうの止めて、お願いします。足元でガタガタうるさい、箱の蓋を撫でてやると静かになる。見た目はあれだけど、犬猫と変わらないな。
「今,素材出すので待って下さいね」
「早くお願いします!」
モンスターの素材をハルに渡すと早速、探求の書に登録をしている。ゴルドはその様子を虚ろな目で眺めてるが、大丈夫か?
「おぉー!!!」
声のする後を振り向けばモニカがミミックに舐められている。それでも抱き抱えて離さない。
「この子ちょうだいー!」
「駄目です!」
私よりも先に屋台から声が上がる。今まで聞いたことのない。マジなメルルの声だ。表情筋が全く動かない能面みたいな顔をしている。
「ね──」
「駄目です!」
「まだ何も──」
「絶っ対、駄目です!」
どうやらミミックはお気に召さないメルル。そもそもあげないよ?
取り入る間もない絶対の拒絶のメルルに、モニカとミミックも少し悲しそうに見えた。
「あげれないけど、今のうちに遊んでな」
「うい。そうする」
ミミックを抱えて 屋台裏に消えていくモニカ。と思えば顔だけ出して聞いてきた。
「あ! この子、名前は?」
「名前かぁ、ミミックとしか呼んでなかったな」
「じゃ、ミミちゃんでよろ」
即決断してモニカは再び屋台裏に消えた。名前変えられるのかとミミックのステータスを見たら既に“ミミちゃん”に変更されていた。システムが今のやり取りで判断したのか? ある意味高度だな。
ハルとゴルドの方に向き直れば探求の書を見てニヤニヤしてるハルと死んだ目をしているゴルドに話をかける。
「ハルさん、ゴブたちは元気にしてますか?」
「ん? えぇ、元気ですよ。なんかまた新しいゴブリンたちと合流してて、拠点が大きくなってますね」
ゴブが元気でなによりだ。それよりもまた数が増えてるのか、今度足を運んでみよう。
「あとですね! ゴブたちが鉱山見つけたらしくて、それがなんと──」
「鉱山っ!?!?」
「あ、生き返った」
「鉱山何処にあるんですか!」
「新緑樹海ですけど、どちら様ですか?」
「ハルさん、いるの気づいていなかったんですか……? とりあえず、自己紹介しましょうか」
色々と思うところはあるが、まずは互い挨拶からだ。精気の戻ったゴルドは会話も成り立つ様になったので、ハルとの挨拶は無事に済んだ。
「それで鉱山の事ですが、私そこに行きたいです。行けますか!」
ハルが少し悩んでこちらを一瞥するので、ゴルドが鉱夫だと教えると一瞬のうちにハルの顔が笑顔になる。あぁ、哀れな鉱夫が収集家の餌食に……。
「早速行きましょう!」
「はい!」
「あのゴルドさん? つるはし作成は?」
「トウヤさんお願いできますか?」
個人依頼が飛んでくる、判断が早い。
ゴルドは飲み物を一気に飲み干し、ハルと共に慌ただしく去っていく。残されたドラシルの枯れ根とお金を拾い上げ、工房に向かう準備だ。まずは、モニカからミミを取り上げないとな。
◆
城郭都市リステアの北門から程近い所に産業区画がある。区画一帯を壁で覆われ、限られた通り道の門には衛兵の駐在所があり、往来する人々を監視していた。
産業区画の中心には金床ギルドが建てられ、各種様々な生産物を管理運営している。
個人から組合に至るまでがギルドに登録され、人や物を円滑に回している。
通りでは常に荷馬車が往来して、素材を各所に運んでいる。中には鉱石を積載した荷馬車も多く見られ、集積所には数多くの鉱石が置かれていた。
金床ギルドの受付で要件を伝えると複数の候補を提示された。一つは金床ギルドのNPCに装備作成を依頼する。もう一つは、個人登録しているプレイヤーか個人店を持つNPCに依頼するかだ。
自分で作成するという選択肢もなくはない。ギルド内には誰でも使える工房が用意されてるため、専門職じゃなくても作成が行える。
ギルド職員に礼を言うとガイドビーコンに従って、外に出る。個人店兼工房が建ち並ぶ通りを歩き、一つの店の前で止まる。
扉を開けて中に入るとそこかしこに武具が並び、少し熱気がこもって蒸し暑い。店内を見て回ると店の奥から人が出てくる。
「いらっしゃい」
首に掛けて手ぬぐいで汗をふきながら、男性店員が言う。よく見るとNPCではなく、プレイヤーだ。
「あれ? ここってNPCの店だと思ったんてすが……」
「あぁ、自分はここに師弟機能で弟子入りしてるんですよ。その一環で店員もやってます。それで今日はなにか?」
色々な機能があるな。
「この素材を使ってつるはしを作って欲しいんですが、頼めますか?」
カウンターにドラシルの枯れ根を置く。それを注意深く観察する店員。
「見たことない素材だね。ちょっと持っていいかい?」
「えぇ、どうぞ」
「ふむ」
店員は手に持ち、少し考えると店の奥に引っ込む。すぐに姿を現すと、つるはしのヘッドを手に持って戻ってきた。
椅子に座りドラシルの枯れ根を太ももで挟んで固定する。そこにつるはしのヘッドを棒の先に嵌め込み、取れないように鉄の楔を打ち込んだ。何度か確認して問題ないと判断してこちらに差し出す。
「はいよ! どうにかハマってくれてよかったよ」
受け取ると《ドラシルのつるはし》と名前も変わっていた。こんな風になるのか。攻撃力がまた上がっている。これならゴルドも喜んでくれるだろ。
「ありがとうございます! あと武器も探してるんですが……」
「どういったので?」
「大剣よりも大きい武器ってあります?」
「大剣よりも大きいとなると極大剣とかになりますよ?」
「なるほど、ちなみに刃幅はこれくらいまでのが欲しいんですが」
両手でサイズを表してみせる。店員は少し考えて、答えたくれた。
「ちょっと難しいかもしれないですね」
「なら作成でなら作れます?」
「出来なくはないてすが、けっこうお金かかりますよあと親方の許可も必要でして……」
弟子入り中の依頼請け負いは、師匠の許可が必要との事だ。再び店裏に姿を消すと数分後には戻ってきた。
「許可が下りました!」
「それは、よかった! 予算はこれくらいで足りますか?」
溜め込んでいたお金の使いどころです。店員はそれを見て大丈夫だと判断したようで作成を請け負ってくる。作成依頼がポップアップされ、それを承諾する。
「ハヤマです。えっと、完成しましたらトウヤさんにメールで連絡しますね」
「はい。よろしくお願いします。ハヤマさん。後ですね、他にも頼みたいのが──」
色々と相談していると白熱してきて話が弾む。
あれやこれやと話をしていると、時間があっという間に過ぎた。そして私の溜め込んだお金も、半分くらい溶けた。完成に胸踊らせ、店を後にする。
〈WORLD topic〉
作成職のプレイヤーはNPCの作成職に弟子入りすることで効率よく経験値を稼げる。
様々な制限が課せられるが、仕える師によって各スキルの取得やスキルの熟達が進むなど、メリットも数多い。




