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No.18 ゲーマーとダンジョン(1)

 用事を済ませ、早馬ギルドに立ち寄るとガヤックに呼び止められた。


「お、トウヤか。ちょうどよかった」

「何ですか?」

「探求ギルドから指名の依頼が来てるぞ。ちょっと顔だしてくれや」

「指名ですか?」

「おう、内容までは知らんから、直接聞いてくれや」


 最近、事務仕事から解放されたガヤックは、たいへん機嫌がよろしい。お菓子もいつもの倍はくれる。何はともあれ、早めに探求者ギルドに足を運んでおこう。


 探求者ギルドに訪れ、職員に話すと応接間に通された。部屋に入ると、既に四人の男女が部屋で待っていた。一歩部屋に踏み入れると職員さんに扉を閉められてしまう。なんの説明もなくこの状況は厳しいですよ?


「は、初めまして。えーと、依頼があると聞いて来たんだすが……」


 窓辺に居るポニーテールの女性が、じろじろ見てくるのはなんだろうか。


「トウヤさんですか?」


 爽やかイケメンくんが、ソファから立ち上がり訪ねてくる。良いキャラクリしてますね。


「はい、そうですけど」

「灯の杖のリーダーをやってます。カイトです。よろしくお願いします」

「これはどうも、よろしくお願いします」


 またえらい有名人が出てきたぞ。となるとこの場に居る人はPTメンバーだろうか。

 空いてる席に座るのを勧められ、背嚢を下ろし座る。カイトが進行役らしく、灯の杖メンバーを紹介してくれた。

 カイトに横に座っているシニヨンで髪を纏め上げている女性はチェルシー。愛想よく、こちらに手を振っている。

 続いて、一人用ソファに座る、厳つい男性はユーリ。重装甲の鎧に身を包んであるため、ソファが悲鳴を上げてる。

 最後は窓辺から、こちらを睨み付けているマヤという女性だ。


「マヤちゃん。そんな顔しないで笑顔だよ、笑顔」

「分かってるわよっ!」


 怒鳴るマヤに、困った様子でチェルシーが微笑んでいる。ユーリが露骨にため息を吐き、それにマヤが反応して険悪なムードが漂う。カイトが慌てて間に入り、マヤをなだめる。

 私は一体何を見せられているのか。


「マヤも落ち着いて……。それで依頼の方なんてすが、西部山岳地帯の遺跡までの物資運搬をお願いしたいんです」

「運搬ですか?」

「はい。未踏エリアになりますので、モンスターの襲撃も多くなると思います。目的地まで、私たちが必ず守りきりますので、安心してください!」


 トッププレイヤーが道中、守ってくれるなら他の依頼よりも安全そうだな。西部なら大量に買ったつるはしもゴルドに渡せるし、ちょうどいい。


「分かりました。引き受けます」

「おぉ! ありがとうございます!」

「それで、荷物の方は?」

「これくらいですが、大丈夫ですか?」


 そう言うと各自荷物を出して置き始める。テント一式四人、矢筒に暗器を纏めたベルト、ばらされた槍の穂先と柄。それに小樽に消耗品の入った木箱が大量だ。特に回復薬の木箱が多い。

 好き勝手だされた荷物を見ると背嚢に全部仕舞えるか不安になる。最悪インベントリのアイテムも少し減らして収納するしかないな。


 五感全てを再現したゲームと言っても、やはりゲームだ。身体能力が現実を凌駕する超人なのだ。最初はそうでもなかったが、レベルが上がるにつれて、明らかに現実離れした動きや力を発揮できるようになっている。

 覆面Aがこの前、壁上りを披露してくれたが、スキルではなく、身体能力だけでやってのけていると聞いて驚いた。


 それは私も同じらしく、ここ最近荷物を運ぶが、前ほど負荷が感じられず、ちょっと物足りなく感じていた。背嚢を大きくしようと思ったが、今でさえ巨大な部類に入る背嚢を買い換えるとなれば、特注するしかない。大きさと掛かる負荷を考えて、材質も良いのを使うためけっこうな金額になった。今は作成中なため使えないが、代案はある。


 自身の胴回りの二倍は幅のある背負子を取り出す。

 細々した物は背嚢に入れていく。最近、スーパーで商品を袋に詰め込むのが上手くなった私には造作もない事だ。

 背嚢を背負子の中心に固定して両サイドを嵩張る(かさばる)木箱で背嚢をサンドする。縄で木箱が動かないようにしっかりと背負子の枠と結び、一度背負ってバランスを確認する。

 左右均等に重量が分散はれているのを確認して背負子を下ろし、後は纏め上げたテント一式を背負子の一番上に積み上げ固定する。使う頻度が高そうな矢筒は外枠に括り付けておく。

 回復薬のほとんどを腹に付いてる四次元鞄に仕舞えたため木箱が大幅に減り、どうにか全ての荷物を纏めることに成功した。


 それを見ていた、灯の杖の面々から歓声が上がる。


「なるほど、こういう風にするんですね……!」

「あんなにあった物が一纏めになると気持ちいいな」

「本当にねー! マヤちゃんもそう思うよね!」

「…………」


 荷物纏めただけで褒められるとなんか、すっごい恥ずかしい。


「何が凄いわけ? ただ物をバックにしまっただけじゃん!」


 おっしゃる通りです。


「こら、マヤッ!」

「すみません、コイツ人見知りで、知らない人とPT組むと毎回こうなるんです」


 男性陣がすかさずフォローに入る。なるほど、別に嫌われてる訳じゃないのか。親戚の小さい姪っ子にもこんな感じの子がいたなぁ……。温かく見守ろう。


「な、なな、何なのその顔っ!」

「マヤちゃんダメだよ。そんなこと言って!」

「大丈夫ですよ。私は気にしてないので」

「だからぁ! その、顔やめなさいよっ!」


 温かい目でマヤを見るとさらに激怒してしまう。だがそんな子を見守るのも大人の務めです。


 調子に乗っていると、最後には武器まで取り出したマヤに慌てふためき、ギルド職員も何事かと部屋に来るは、軽い騒動が起きた。



 城郭都市リステアから西部地方、農村モーリスから見上げる事ができる、山脈ラ・モルテラ。

 これより先は人の領域ではないと言わんばかりに、幾つもの山々が連なり、人が踏み入るのを拒んでいる。

 

「少し、休憩ますか……」


 灯の杖リーダーのカイトは、疲れた声を上げ、立ち止まる。ほかの面々も同様に疲れているのか、山に踏み入れた時の元気は無く、各々、手頃な岩や木に身を預け休んでいた。


 振り向き見渡せば、麓には小さく農村モーリスが見える。その近くの岩肌から煙が立ち上るのも見えた、あそこが鉱山だろうか。

 遥か遠くには、城郭都市リステアの輪郭がうっすらと見えた。なかなか遠くまで来たものだ。この世界を高い位置から見上げるのは二度目になるか……。

 一回目のヒドイ思い出がフラッシュバックしてしまい、思わず左肩を触ってしまう。


「トウヤさん、平気ですか?」  

「私は全然、大丈夫ですよ。ゆっくり休んで下さい」


 水を飲み一息ついたカイトが、こちらを気にしてくる。問題ない事を告げ、背嚢から棒状の焼き菓子出して全員に配った。


「これどうぞ。SP持続回復効果もあるで食べて下さい。味も美味しいですよ」

「えぇ! いいんですか! じゃぁ、もらいますね!」


 チェルシーが岩から立ち上がり、お菓子に手を伸ばす。それを見て各々が、お菓子に手を伸ばして包みは空になった。マヤだけが警戒して野良猫のように素早く取り私から離れていく、その姿は愛らしくもある。温かい目で見てると視線に敏感なのか、すぐに睨み返されてしまう。


「んー! 美味しいー!」

「これ、旨いな」

「うん、美味しいね。マヤもどうだい?」

「……美味しい」


 どうやら皆さん、お気に召してくれたようだ。

 ガヤック直伝レシピでメルルが作成した焼き菓子は好評だ。チェルシーは特に気に入ったらしく、何処で売っているか事細かく聞かれた。会話を終える頃には全員のSPは八割回復しており、カイトは先に進むため、立ち上がり歩み始める。


 道中のモンスターは灯の杖が手際よく倒すので、私は本当に何もせず後ろを付いて行くだけだ。

 斥候(スカウト)のマヤが先行して安全を確認、避けられなければ、モンスターを釣ってこちらに連れてくる。チェルシーはそれを視界に捉えれば弓を構え、的確に矢で貫いていく。

 近づかれればユーリが大盾と短槍で初撃を防ぎ、横からカイトが片手剣で仕留める。


 外套裏に暗器を構えても使う機会すらこない。楽でいいんだか、刺激が足らなかった。

 そんな灯の杖でも苦戦するモンスターはいた。

 ロック・ゴーレムだ。最初は落石かと思って避けたら、こちらを追尾して曲がってくるので焦った。

 こちらが避けると転がるのを止め、岩が人形になり襲ってくる。動きは遅いが、異様に長く大きな腕で攻撃してくるので間合いをとるのが難しい。足場も水平ともいえず、起伏もあり、下手したら下まで転げ落ちてしまう。


「エオルム・エンチャント・ライト!」


 カイトがスキルを発動すると片手剣の刀身が白く輝き、何処か遠い銀河のマスターよろしく、ロックゴーレムを簡単に両断していく。

 胴体を斬られてもなお、動き続けるロックゴーレムにユーリは大盾でバッシュを決め粉々にする。


決定打に欠けるマヤとチェルシーはヘイト管理を上手くこなしてカイトとユーリのサポートに回っている。

 

 私も何かしようとチェルシーを狙うロックゴーレムを後ろから【当て逃げ】棍棒を足に振るうと──


「──!!?!?」

「え!」


 チェルシーは驚き、一瞬硬直する。

 ロックゴーレムの片足と棍棒が凄い勢いで砕け散った。

 何か起きたのか分からず、ロックゴーレムは地面を這いずりこちらに見てくる。予備の棍棒を取り出し、【当て逃げ】で棍棒を振るう。

 這いつくばるロックゴーレムの胴体に叩きつけるとまた棍棒が壊れ、ゴーレムは胴体を炸裂させた。

 どうやら、この大量の荷物積載量で【当て逃げ】の固定ダメージが過去最高を叩き出してる様だ。


 それに耐えきれずに棍棒も壊れるが、安いしまだインベントリに在庫はある。とりあえず、片足だけ潰して援軍を待とう。【当て逃げ】のCD(クールダウン)時間も短く間髪入れずに足を砕く。

 カイトたちがこちらに来る頃には、全てのロックゴーレムは地面を這いつくばっていた。


 男性陣は褒めてくれたのに、女性陣が顔をひきつらせているのが少し納得ができない。だが今後ロックゴーレムの様なモンスターが増えてくるなら、武器とかの見直しを考えていかないとダメだろう。長く棍棒を愛用していたが、今回ので限界を感じた。



 坂を登りきると、狭いが平坦な場所に出た。そこには、古い建造物が岩肌に沿って建てられていた。所々の岩壁は風化で朽ちているが、建物の入口は風化もなく、不自然のほど綺麗に整っている。


「やっと到着だねー」

「疲れた」

「ほら、二人とも先に設営してから休むよ」


 カイトは女性陣に励まし、設営を急ぐ。背嚢からテント一式を二人に渡して、荷下ろしを進める。

 木箱を一ヶ所に集め、濡れない様に幌を被せてアンカーを地面に打ち込み、幌が飛ばない様に固定する。


「武器類はここに置いていいですか?」

「はい、そこでお願いします」


 預かった物は置き終える頃には、テントも張り終えて各自休憩をとっていた。


「カイトさん、終わりましたよ」

「ありがとうございます。こちらも報酬の準備が出来ましたので、確認お願いします」


 カイトから手渡されたアイテムを確認する。

 この山岳で遭遇したモンスターの素材だ。どれも探求の書(図鑑)未登録の品で間違いない。これならハルも喜ぶだろうと報酬をモンスター素材にしておいた。


「確認しました。報酬は問題ないです」


 確認を済ませ、立ち上がる。あとは麓まで一気に駆け下りてつるはしを届けるだけ。カイトが途中まで護衛付けると言っていたが、丁重に断っておいた。走り抜ければどうにかなる。


「道中、気をつけて下さいね!」

「はい。皆さんも遺跡探索、頑張って下さい」



 灯の杖と別れた後、坂を下りながら煙の立ち上る方角に向かって走った。スキル【悪路踏破】のおかげもあり、躓く事もなく、鉱山まで下りて来れてた。


 鉱山の今日も賑わっている。荷馬車も数日前と比べたら数も増え、鉱石を買い付けに来ている。リステアでの鉄器類の価格が、従来までのお値段に落ち着いて初心者たちにも、まともな装備が行き渡り初めていた。

 鉱石単価も安定してきたので、めざとい商人職(トレーダー)は次の稼ぎ場所に移動しているかもしれないな。


 ゴルドの元に向かう途中、声をかけられた。


「おう、あんた」

「はい?」


 後ろを振り向き、視線を少し下に向けると、不機嫌な顔をしている鉱区長に出会った。立派に髭を擦りながら訪ねてくる。


「あんた、ゴルドの所に行くのか?」

「はい、近くに寄ったので、頼まれた荷物を届けに今向かう所です」

「ふむ。ならゴルドの奴にこっちに顔出せって伝えてくれや。アイツ一度潜ると出てきやしねぇ。探求者(プレイヤー)ってのは変な奴ばっかだな」


 鉱区長は言うだけ言うとその場から去っていく。後ろ姿からはどことなく悲哀を感じる。


 坑道に入りゴルドのテントなどが置かれて部屋と呼んでいる空間に出たが、ゴルドの姿はない。荷物のつるはしをテント横に置いてゴルドを探しに行く。確か、この先が掘り進んでた場所だ。


 数日経っただけで坑道が随分と先に伸びていた。何本か枝道があったが、本道を見つけ進むと岩を叩く金属音が聞こえてくる。

 その方向に向かって進むとゴルドがいた。

 何度もつるはしを岩壁に叩きつけるが、壊れる気配はない。ゴルドも諦めずに再度挑むが、つるはしの刃先が折れてしまう。

 

「むぅ……」

「ゴルドさん」

「ふぁい!」


 驚いたゴルドが変な声を出したが聞かなかった事にして話を進める。


「頼まれたつるはし持っていましたよ」

「あ、あぁ……助かります」

「この壁ずっと叩いてましたけど、硬いんですか?」

「そうですね。硬い壁はあるんですが、ここが特に硬くて周囲を掘ってもここだけ、掘れないんですよ」


 言われてみると、叩いてた岩壁の周囲は掘り崩され、支柱の様に硬い場所だけが残っている。


「ゲーム的に言えば上位のつるはしで、破壊とかてすかね?」

「私もそう思ったんですが、レベルとスキルあれば硬いのも崩せたので、これもイケるかなぁと」

「どれくらい叩いてたんですか?」

「昨日からずっとですね」

「おぉ……」


 どっぷりと狂気に浸かっているゴルドに思わず、言葉を失う。格安インディーズゲーでも岩だけ叩くとかないぞ。そんなセルフ修行僧の事しなくてもこの2ndWORLDは色々やれることがあるだろうに、なぜ彼をここまでさせるのか……。


「ここ、見てください」


 ゴルドが指差す先の岩壁には微かにヒビが入ってる様に見えた。


「ヒビが入ったんですよ! だから壊せるはずです!」


 なんだその血が出るなら殺せる理論みたいなのは。


「余計なお世話かもしれませんが、これ使いますか?」


 助け船で新緑樹海で余った起爆符を差し出す。断られても構わないと思い差し出した起爆符は、すんなりと受け取ってくれた。


「使い方ですが、起爆符を貼ったら数秒後には──ちょっ!」


 ゴルドはつるはしの刃先に起爆符を張り付け、岩壁を叩く寸前だった。

 振りかぶったつるはしを止めることは叶わず、至近距離で起爆符の爆発を食らう事になる。

 耳が完全にバカになり、視界も煙でほぼ見えない。HPも5割まで減ったが即死は免れたようだ。

 一安心していると、また地響きが起き、不意に一瞬の浮遊感を感じた後は、落下する感覚に襲われた。

 

 落下の最中、ランタンの光がゴルドの姿を捉え照らしてくれた。

 照され見えた、ゴルドの顔は満面の笑みであった。




〈WORLD topic〉

 城郭都市リステア周辺地域には古代の遺跡、洞窟、迷宮など数多くが配置されている。

 プレイヤーを楽しませる要素であるが、広大な世界でそれらを見つけるのは大変難しい。そのために遺跡や迷宮などの場所のヒントを持つNPCが配置されていたが、大部分が消滅しているため、容易には発見出来ずにいる。

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