No.11 定期検診とゲーマー
いつもの朝がくる。
体を起こし、ベッドから立ち上がる。カーテンの隙間から日差しの線か部屋の中程まで延びていた。カーテンを開ければ部屋に太陽の日が差し込み、一日の始まりを否応なしに告げる。
窓辺から見上げる太陽は、ゲーム内の太陽と寸分たがわず空から地表を照らしている。時計を見れば予定よりも時間が進んでいるのは、昨晩は遅くまでゲームをしていたせいだろう。
時計からバスの時間を逆算して、予定を組み上げ行動に移す。今日は初めての定期検診だ。遅れるわけにはいかない。
準備を済ませ、少し早めに家を出る。人より移動に時間が掛かるため、早め早めの行動が身に染みていた。毎日歩き回っているが、やはりこちらの体は億劫だ。動かそうとするが自分の意に反して動きもしない。いや、それが当たり前なのだが、2ndWORLDをプレイしてから感覚が乖離している様に感じる事が増えた。
以前の当たり前が、今ではそう感じられずにいる。時々VRギアは危険な物ではないかと錯覚するほどに。
バスに乗り込むと優先席を素通りして普通の席に座る。別に見栄とかではなく、誤解された時に誤解を解くというのがめんどくさいからだ。
以前座った事もあったが、歩かなければ判断の付きにくい機能障害では、けっこうな割合で誤解されたり、冷ややかな目線を向けられる。話せばだいたいの人が理解を示してくれが、それが毎回となると流石に疲れる。
一時期杖でも持つことを検討したが、荷物になるし、なによりここまでリハビリで回復した自負もある。となれば、面倒事を避けるためにも、こうして普通の座席に座っている。窓辺から外を覗き、病院までの過ぎ行く景色を眺めた。
◆
受付を済ませ、待合室で待っていると看護士に案内され、別病棟に移動させられた。その場で看護士から問診を受け、部屋に入ると人間ドック顔負けの精密検査が待っていた。
血を何度か採血され、また検査が始まる。検査が終わる頃には昼を大きく過ぎており、お腹が空腹を訴えていた。
「羽柴さん、今からお昼ですか?」
振り向けば以前、VRギアの取り合いの末に泣き出した医者がいた。名前は確か、一条だったか。
「えぇ、今検査終わった所です」
「お昼はまだですか? よかったら一緒にどうです? うちの食堂けっこう美味しいんですよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。オススメとか教えて下さいね」
「もちろん」
一条とともに食堂へと向かう。食堂に着くまでVRギアの使用感とかメチャクチャ質問にあった。一緒に来たのは失敗だったかもしれない。
◆
食堂は昼のピークを過ぎていたため、人が少ない。一条のオススメであるカツ定食もすぐに用意され、先に席に座っていた一条の元へと向かう。
二人とも同じカツ定食だ。一同手を合わせ食事を始める。すると一条はソースをカツの衣が見えなくなるまでどっぷりと掛けて美味しそうに食べる。見ているだけで胃もたれしそうだ。
食事中もゲームの話で盛り上がり、一条はまだVRギアを手に入れられなくて焦燥としているのが分かった。
少しでもその焦燥が収まればと思い。自分が体験したこの一ヶ月間の2ndWORLD内での出来事をぽつりぽつりと話始める。話終える頃には、さっきまでとは別人の様に真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「羽柴さんは、VRギアをどう思います?」
「どう、と言うのは?」
「そうですね。羽柴さんにとってVRギアはどういった物ですか?」
「私にとってですか……」
この一ヶ月の事を思い出す。まぁ色々とあった。現実では考えられないような、あの世界はとても理想的な世界──。
「──理想の世界」
声を出すつもりはなかったのに出てしまう。ちょっと恥ずかしい。一条を見れば優しく微笑んでいる。
「理想の世界……私もそう思いますよ。可能性で満ち溢れていますからね。あれから羽柴さんと同じ、体に障害を抱える人たちも治験に参加しています」
一条はまっすぐにこちらを見据える。
「皆さんとても気に入っていますよ。依存といってもいい……いえ、依存が悪い訳ではないですよ。本来の体であったのがそこには存在しているのです。それに依存するなと言うのは難しいですし」
「いえ、気にせず話して下さい。確かに依存に近い感覚は感じてましたし……」
「こちらもすみません。配慮が足りませんでした。話を戻しますが、依存はいいのです。患者と一緒に我々も向き合って行く事柄なのですから、それに今回の事は事例もなく全てが初めてなんです。何が正解とは誰も分かりません。それを探すのが、我々の仕事でもあります」
それに羽柴さんたちの協力も必要だと、一条は語る。一条先生のギャップがありすぎて脳みそが混乱してきた。
「将来的には先天的な障害のある方にもVR技術は使われるかもしれません、ここら辺はまだ議論の最中ですが……」
「そうなんですか?」
「はい。腕が元々無い人に仮想空間で、腕が生えたらどうなりますか? 驚いて終わるのか、それはちゃんと処理して動かせるのか、分かりません。さらに言えば先天的に目が見えない人に、仮想空間で急に視覚を認識させたらどうなるか? 処理するのは現実の脳なのです。見えないなら見えないなりに脳は最適化して適応していきます。それが急に認識して処理したらどうなるか、議論中ですが、答えは出ないでしょうね」
うそ。私のやってる事ってそんな重大案件だったの? 確かに思うところは色々あったけど話が大きすぎて分からなくなる。早く帰って2ndWORLDをプレイしたいです。
「そ、そうなんでね……私に出来る事があれば何でも協力しますよ」
「ありがとうございます。私も突拍子もない事言ってすみませんでした。今の話は忘れて下さい。そろそろ時間なのでこれで、失礼しますね、では──」
そういうと一条は食器を持ち上げ席を立ち、仕事に戻って行った。検査よりも疲労感がどっと溜まった。
変える前にデザートを食べてから帰ろう。
食器を下げて、トウヤは再び券売機に向かう。
◆
病院の廊下である男性を見つけた時、思わず、隠れてしまった。彼は一条先生と一緒に食堂へと向かっている。食事は済ませたし、仕事もあるから食事には入れない。一年ぶりに姿を現した彼は、最後に見たときよりも元気そうで安心する。
またリハビリを再開するために来たのだろうか? それならまた接する機会も来るだろう。
今は仕事に集中しよう!
勤務時間がもう少しで終わる。彼は結局来なかった。なら何故、病院にきたのだろうか? まさか病気!? いえ、元気そうな彼の顔見たらそれはあり得ない。ここは直接一条先生に聞くべきだろう。
「羽柴さん? うん、今私が担当してるよ」
やっぱりだ。先生が彼を取ったのだ。これは一大事だ。今後も彼は病院に来るだろう。でも会うのは、この少し変な一条先生だ。どうにかしなければ……。
「え? 手伝い? いやー助かるよ。誰も助手でついてくれないからさ。この仕事、今は暇だけど後々忙しくなるし、本格的に手伝うなら上に伝えとくよ。うん。そう、ありがとね。えーと名前は……竹中アヤノさんね」
「はい、よろしくお願いします。一条先生」
〈WORLD topic〉
VR技術の医療転換はVRギアメーカーからの打診であった。共同研究となっているが大半の出資はVRギアメーカーからのものである。




