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No.10 ゲーマーと狼親子

 気絶のデバフから目を覚ます。

 視界は暗くふわふわとしているのは大きい禿鷹(グランデコンドル)に挟まれているためだ。羽毛が暖かく心地よい。また意識を手放しそうになるので急いで脱出する。

 動かせる右腕と両脚を使い、大きい禿鷹を退かす。図体の割りに簡単に退ける事ができた。身を起こし、周囲を見渡すと薄暗い林の中にいた。頭上を見上げれば、木々の枝がへし折れ、その先から青空が顔を出している。


「どうにか助かったか……」


 近くの岩に腰を下ろし、状態の確認をする。HPは2割ちょっと、左肩は【裂傷(小)】のデバフがかかり、DoT(継続)ダメージと左腕の感度低下が起きている。鉄紺色の外套の左肩には穴が開き血が滲み。腕を動かせば痛みはするが動かせないほどではない。

 背嚢ゆっくりと下ろし、損傷がないか確認する。背嚢は少し破れた程度で問題なさそうだ。ただ背負子の枠が少し歪んでいる。

 腰の小鞄に入れていた薬品はほとんどが割れていて、中は薬品の残り香とガラス片だらけだ。

 腹部に着けた魔法の鞄は中身が全て無事なのがせめてもの救いだろう。


 少し潰れた回復の丸薬を飲み込むとHPが5割まで回復する。SPの消費も激しいが携行食は底をついてるため回復が出来そうにない。どうしたものか思考すると解決案が二つ程転がっていた。

 大きな禿鷹(グランデコンドル)二羽分の剥ぎ取りを済ませると、素材を背嚢にしまう。素材だげじゃなく、食材の胸肉が取れたのはラッキーだ。焼いて食うだけでもSP回復できるだろう。


 少しの休憩の後、林を抜け出した。

 大きな禿鷹(グランデコンドル)に捕まってから北東に飛んでいたのは分かるが、襲われもみくちゃになってから何処へ飛んで行ったか検討が付かない。大雑把に監視塔があると思われるを考え悩み進む。

 少し歩くと天候が一転。雲が空を覆いつくし雨粒が降ってくる。急いで外套のフードを深く被り、先を急ぐ。先を見据えるが小高い丘ばかりが連なっている。幸いなのは、天候によるデバフがモンスターにも適応されるため、遠目に見えるモンスターの数が晴れていた時よりは少なく反応が鈍い事だ。


 パッシブスキルの【強脚】【悪路踏破】を駆使して雨のデバフに地面の泥濘デバフをほぼ無効化できる。雨天においても速度を落とさずに進めるため、SPの残りも心もとないが先を急ぐ。


「ハァ、ハァ……」


 幾つの丘を越えただろう。モンスターとの遭遇を避けるため遠回りを何度もした。SPが2割を切り、息も上がるようになってきた。最悪な事にここに来て雨が強まり、風も出てきた。天候のデバフ盛沢山でスキルで軽減しきれていない。

 一度雨宿りをするべきかと思案していると、雨風の音に交じり遠吠えが聞こえた。その場で屈み、周囲を警戒する。遠吠えは聞こえず、外套のフードに打ち付けられる雨音だけが耳に言霊する。

 どうやらこちらを見つけての遠吠えではなかったらしい。

 身を屈めながら足早にその場を立ち去った。



 雨風から逃げるように林の中を歩いている。少し歩くとちょうどよく岩が露出して、雨宿り出来そうな穴蔵を見つけた。背嚢を下ろして周辺で集めた木の枝を積み上げる。外套を脱ぎ水気を払い、背嚢背負子の枠に引っ掻ける。首もとは濡れてるが他は濡れずに済んだ。高い金銭出して買ってよかった。

 

 肩の裂傷に回復薬をかけるが、完全に治癒それるわけでなはなく、専用の薬や魔法、教会でのお布施治療が必要だ。ただ傷口に使用するとデバフ悪化を防いでくれる。


 火起こしを始めたがこれが難しい。”火打石を使用する”で火が起きるわけでもなく、現実と変わらない手順を要する。

 破壊不可属性の剥ぎ取りナイフがトウヤの持っている唯一の刃物だ。それで濡れている枝の皮を削いでいき種火の棒にする。薄く何度も剥いだ棒は花でも咲いた様な見た目になる。海外のサバイバル動画に感謝。

 後は火を起こすだけだが、これが上手くできない。手が痛くなるほど火打石を打ち付けて。やっとの事火種が出来た。皮を剥いでおいた枝木の中に火種を入れる。


 火種から焚き火と言っても問題ないところまで、ようやくこぎ着けた。SPの残りも少ないため、さっき手に入れた胸肉をぶつ切りにし、岩塩をまぶして作っておいた木の串にさして火に翳す。

 私の現実仮想共に料理スキル0に等しいためこれが限界だ。


 木々の向こうから何か気配がした。

 身構えるが棍棒は失くしたため、剥ぎ取りナイフを握りしめて、息を潜める──。

 少しすると、草木が揺れ、狼が三頭現れた。親とおぼしき個体は、緑葉狼の何倍も大きな体格をしている緑光狼(りょくこうおおかみ)だ。その後ろから緑葉狼の成体と変わらない大きさの子狼が二頭出てきた。

互いに目線が合わさり、一瞬硬直したが、親狼が先に視線を外してトウヤから少し距離をおいて岩影で休み始める。注意深く観察し、横たわるのを確認してから、こちらもナイフを置く。


 緑光狼の体のそこかしこ生傷が出来ていた。凛々しい顔つきも何処か疲労を感じさせる。


「グルルゥ……!!」

「ガゥッ」

「クゥ……」


 子狼がこちらを見て唸り声を嗅げていたが、親の一声で耳も尻尾も下げて大人しくなる。緑光狼の声は重低音でこの穴蔵で吼えられるとそこかしこに反響するため耳が痛くなる。

 トウヤは平然を装いながら肉をひっくり返す。焼き上がった串を一口頬張ると余計な油が落ちたため、しつこくなく食べやすい。それに岩塩もあって助かった。これ一つで、どうにか料理っぽくなるのだから。


 温かい食事を楽しんでいると視線を感じた。そちらに視線を移すと狼親子がこちらをじっと見つめている。一瞬驚いたて立ち上がりそうになったが、目線が串焼きに釘付けで、串を動かすとそちらに目線が動く。どうやら、こちらを見ていた訳じゃないようで安心する。


 食いかけの串を差し出すと一頭の子狼が親、肉、トウヤ、親と目配せしている。親が一吠えすると肉をくわえ、親の近くで器用に串を抑えながら食べ始めた。

 もう一頭の子狼も物欲しそうにこちらを見てくるのでそちらにも投げ渡す。


「焼き直しだな……」


 串の準備を進めているとまだ視線を感じる。それは親狼からだ。凛々しい顔つきをしているが、口から少しヨダレが垂れてきている。さすがにその体格では串焼きは少ないと思い、背嚢にまだ入っている胸肉のブロックを取り出す。

 チラ見するとヨダレと共に凛々しさを失くした狼がそこには居た。


 ブロック肉を与えてる間に自分用の串焼きを作る。

 美味しそうに肉を食べる狼の横で、食事とはなんとも不思議な事だ。

 焼き上がり直前になると子狼の一頭が近くに座り、尻尾を振る。

 この短時間で野生が消えすぎである。


「食べたいのか?」

「ガウッ!」

「焼いてるやつのが好きなのか?」

「ガウッ!!」

「塩かけるか?」

「クゥーン……」

「可愛いなぁ! お前!」


 思わず顔をわしゃわしゃモフモフしてしまった。

 恐る恐る緑光狼を見ると、それくらいなら許してやるから肉をもっと寄越せと目で訴えてくる。

 背嚢から残りのお肉、全て取り出し献上した。おさわり許可を得たので堪能することにする。少しごわごわするが、腹付近の毛は柔らかく触り心地が大変よろしかった。子狼もまんざらでもないようで楽しんでいた。



 楽しいモフモフタイムも一瞬に過ぎ去り。気づけば雨は止んでいた。急かされるように雲は流れ、木々の隙間から再び青空を覗かせる。

 狼親子とはここでお別れかと思うと少し寂しくなる。こういう時、魔物使い(テイマー)の人が羨ましく感じる。


 しかし、去ろうせず、こちらを見て止まっていた。少し進むと振り返りトウヤを見る。後ろに付いてこいと言わんばかりだ。背嚢のを背負い直して狼親子の後を追う。


 少し地面に泥濘があるが【悪路踏破】で問題なさそうだ。急な日差しで少し湿度を感じるが不快ではない。先を行く親狼は、時折こちらを振り向き止まる。こちらのペースに合わせてくれているのだろうか? ならこちらも合わせよう。


「お先!」

「ガゥゥ!」

「ワゥッ!?」


 子狼を追い抜かすと本気になって後を追ってくる。

 すぐに追い抜かれ、トウヤの周りをくるくる回る。もう一度追いかけっこをしようと、言わんばかりに。


 緑光狼の後ろにを付いていくと不思議と他モンスターと遭遇しない。何かを察してそういう順路を選んでいるのだろうか。

 息切れするほど走ったが、子狼たちとじゃれながらの移動は楽しかった。まだ遊ぼう寄ってくるが、頭を撫でて、親狼の元に向かう。

 周りよりも少し高い丘の頂上で親狼は遠くを見つめていた。

 その先には監視塔が見えた。煙が上がり今もなお戦闘が続いているのだろう。時折、爆炎が舞い上がり遅れて轟音がここまで響いてくる。


「ありがとう。助かったよ」

「ガウッ!」


 緑光狼にお礼を伝え、子狼たちを撫でる。

 短い間ではあったが、楽しい一時だった。

 別れを短く済ませ、丘を下る。

 背後から三頭の長い遠吠えがトウヤを見送った。



 丘を下り、街道に出ると監視塔に向かって走りだす。途中でキャラバンの後続を見つけると見覚えのある馬車と人が見えた。声を上げ手を振る。こちらの声に気づいた数人が慌てて駆け寄ってきた。

 その中に最初に携行食を渡した女性プレイヤーもいた。無事キャラバンに合流できていたようで、安心する。女性はこちらに来ると慌てて話始めた。


「無事だったんてすね!?」

「なんとか死なずにすみました」

「早く逃げて下さい!!!」

「えっ?」

「お連れの二人が”獅子王”クランリーダーをPKして逃げたんです!」

「はっ!?!?」


 合流早々にとんでもない情報が舞い込んできた。でもまぁ、PKだしそんな事もあるよね。


「その時に名前叫んだり、仇取ったとか色々いってたので、一緒に狙われるかもしれません!」

「何やってんだアイツら……」


 頭を抱えたくなる。どうしてこうなった。てか人の名前を叫ぶのは止めてほしい。君たちそんな熱血漢だった?


「とにかく此処から早く離れて下い!!!」


 本当に心配してくれるのが女性から伝わってくる。他の人も同様にこちらの身を案じてくれ、逃げるのに必要だとアイテムを少しずつ分けて貰えた。

 何もしてないのに犯罪者みたいに逃げる事になるとは、流石に予想できなかった。皆に心配されながら見送られ、来た道を戻る事となった。


 道中、大剣を引きずりながらリステアに向かう、覆面たちと奇跡的な再開を遂げる。



〈WORLD topic〉

 第二回大規模遠征時、後発隊のリーダーがPKされる事件が起きた。PKの覆面二人組は何かを叫んで泣いている様子も目撃されている。

 事の発端は無理な後発隊の先行だとか様々な憶測が飛び交った。PKを擁護する声も多く、その度に槍玉に上がる獅子王クランの名は、色々な意味で有名である。

 獅子王クランリーダーの愛剣はPK時に失ってしまい未だに発見されていない。

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