No.1 ゲーマーと病院
「VRギアですが、ちゃんと保険の対象になるので安心してください」
大学病院の診察室、そこで羽柴トウヤは医者からVRギアの説明を受けていた。
なんでも、VRギア開発会社との共同研究で、完全没入型VRを医療に取り入れる取り組みが各地で実施されているとの事だ。
その対象に羽柴トウヤが抽選で選ばれた。
「しかし、羽柴さんのカルテ見させてもらいましたが、ここまで怪我から回復していらっしゃるとは驚きですよ」
トウヤは三年ほど前に貰い事故で、緊急搬送されている。医師による必死の治療により、一命を取り留めたが、脚には後遺症が残っていた。それから長いリハビリ生活の末に不自由が残るものの、日常生活を送れるまで回復していた。
「一年ほど前からリハビリの方に来なくなりましたが、何かありましたか?」
医師はカルテから目線を外して、トウヤを見てくる。
「いえ、理由ってほどじゃないんですが……なんかもういいかなって。これ以上、よくなる見込みもなさそうだったので」
「そうですか。いや、すみませんね。言いにくい事聞いてしまって」
そう言うと医師はカルテを置いて、トウヤに書類を渡す。VRギアを受領するにあたって契約書だ。
「再度確認しますが、VRギアのリハビリスターターキットの説明をさせて頂きます。週での一定時間の使用と、当医院での定期検診が義務となってます。VRギアで集積した羽柴さんの生体データは、私共の方で管理、研究ために使われます。問題なければ、サインの方お願いします」
その程度の条件ならば、トウヤにとってお安い御用だ。サインを済ませて、書類を医師に渡す。
「一つ質問いいですか?」
「はい?」
「VRギアの使用すればプレイするゲームはなんでもいいんですか? 2ndWORLDをプレイしようと思ってるんですが」
「あぁ、そちらのゲームもリハビリスターターキットに入ってますので大丈夫ですよ」
問題ないと分かり安堵する。
医師はVRギアの入った箱をトウヤの前に差し出す。
それを受け取ろうとしたが医者の手が離れない。
「いやぁ、羨ましいですね。私も抽選応募してるんですが未だに当たらなくて。実に羨ましい、えぇ」
「それは、残念ですね。私も同じだったので、お気持ちはよく分かりますよ。ですので、先に旅立つ者を笑顔で送ったらどうです?」
トウヤは一気に箱を手繰り寄せるが、医師の手にも力が入り、トウヤと医者の中間で箱が拮抗する。
医師のすわった目を見ると分かってしまった。こいつは同じ仲間だと。
「自分は医師に命を救われたので、医師を尊敬してます。だからその医者の気高いイメージを壊さないで下さい!」
「気高さは抽選で死にました!」
「ダメだこいつ! 看護士さぁーん! 助けてぇー!!!」
トウヤの叫び声を聞きつけて、看護士が部屋に入ってくる。
「またですか、先生」と一言呟かれて、看護士に連れてかれてしまう。部屋を出る頃には、医師の瞳から大粒の涙が流れ出たていた。見かねた看護士に慰められながら廊下に消えて行く。
可哀想だが、一足先に医者の分も楽しもうと誓う。
何時もより足取りが軽く感じるトウヤは、家路を急いだ。