タニノ=ウオッカの受難
※これは競馬の二次創作です。
※朗読用台本として作成しています。1人称ですので、よろしければお使いください。
その場合は感想コメントなどで一言いただけると、やる気が出ます。
「おい、なんで女がこんなところにいるんだよ。」
急に話しかけられて驚いた。春の終わりを告げる日差しにボーッとしていた頭が急に覚醒するように動き出す。
「‥‥なによ。」
茶色がかった黒髪の男の子。多分、同い年。
こっちはただでさえ機嫌が悪いのに。
男子の中に私がぽつん。目立っちゃうし、みんな遠巻きにチラチラ見てくる。これで機嫌がよくなるわけがない。
声の主を見つけた。私と同じ背丈の男の子。黒い髪に少し褐色の肌。ゼッケンを見ると16番。そうだレースに出る子だ。確か春先のレースで記録を出して、今日も優勝候補に名前が挙がってた気がする。
「それって私の事でしょ。いちゃいけないの。」
一歩前に出て見上げるように睨みつけてやる。あっ、ちょっと怯んだ。
「べ、別にいいけどよ。そのゼッケン、お前も走んのか。今日のレース結構長いぜ。だいたいメンツ見てみろよ、どいつも全国トップレベルだぞ。だいたい、女子のレースは先週終わったじゃねえかよ。日づけ間違ってんじゃないのか。」
ウォーミングアップをしている男どもを指さしながら、こちらには怪訝そうな眼を向けてくる。こっちはイライラのピークだ。
「知らないわよ。先生に無・理・や・り連れてこられたの。あの人ほっといたら全部のレースに出場させようとするんだもん。だいたい、出走メンバー表みてないの。」
唾がとびそうな勢いで怒鳴りつける。あっ、あの子ちょっと怯んだ。
そう、思い返せば『キャピキャピした女の子と走れるよ』って、関西からはるばる東京まで連れてこられたのに、出走表見たら女子は私1人。
「うわ、怒鳴んなって。目に付いたから声かけただけだって。俺はアサクサ=キングスだ、お前は。」
初っ端喧嘩を吹っかけて来た元気はないみたい。名乗られたなら名乗んなきゃ。
「タニノ―――。」
「そっか、タニノか。今日はハイペースになるから気をつけろよ。まぁ、お前じゃ4位ってとこだろうけどな。じゃあ本番でな。」
・・・急に話を終えて去っていった。私の名前、最後まで言ってないのに。
1人でポツンとしてても仕方ないので、ウォーミングアップに戻る。
私は女子にしては背が高い。自分で言うのもなんだけど、顔立ちだって悪くない。そうなんだ、今頃なら可愛い女の子に囲まれて『サインください!』とかキャーキャー言われてるはずなんだ。
ふと、春先のレースで出会った娘を思い出す。お尻のおっきな子だったなぁ・・・見とれてたら追いつけなかったんだよな~。おっと、鼻血が出そうになってきた。いけないいけない。
しばらくすると、出場選手に集合がかかる。いよいよ、レースの開始だ。
スタート地点に並ぶ。
一回大きく深呼吸。
レースがスタートした。
今日の距離を考えて、序盤は抑える。集団から離れない位置で様子を見る。
そのはずが、集団から飛び出る影が一つ。
『何がハイペースになるよ。あんたがハイペースにしてるんじゃない。』
声を出せないから心で悪態をつく。
さっきのアサクサだ。澄ました顔で先頭に立って集団を引っ張る。ペースが速い。
コーナーを曲がった時にちらっと顔が見える。
あいつ、こっち見ながら笑ってる。
「・・・このっ。」
あったまきたっ。
デリカシーのない出会い。
人を小バカにした態度。
最後まで名前も言わせてもらってない。
『ついて来れないだろ。』とでも言いたげな笑顔。
こ れ で 、 完 全 に 火 が 付 い た 。
自分が妙に冷静なことに気づく。
ただひたすら、狙いをあいつに絞って、勝つ方法を考えよう。
1人、これまた屈強そうな男の子がペースを上げる、つられて何人かついていく。気持ちはわかるけど、このまま行ったらアサクサの思うツボのような気がしてグっとこらえる。
そう、まだだ。たしかこのコースは最後に坂がある。勝負をかけるのはそこからだ。
『ここだっ!』
坂を登る。先生が私を送り込んだのは、このコースが私に合っているからだ。身長、歩幅、脚、先生はめちゃくちゃだけど、作戦を間違える人じゃない。
まとめて何人かを置き去りに、後方集団から飛び出す。ゴール前の客席から、歓声が聞こえる。
まだ前に2人・・・
息つく暇も与えず、抜き去る。
耳元で心臓の音が聞こえる感触。すんごくバクバク叫んでる。気を抜くと意識が飛んじゃいそう。
でも、脚はまだ動いてくれてる。
あと1人・・・
まだアサクサがいる。なんにも考えてない、バカみたいな走りだと思ったけど、こんなに粘るのは、ちょっと意外だ。
横に並びかける。
『やるじゃん。』
心の中で賛辞を贈る。ちらっと視線を向けると、前を見る必死な顔が見える。
すると、向こうもこっちに視線を向けて来た。
あっ、一瞬だけど無理して笑ってた。ほんの一瞬、ニカッって顔。ちょっとこっちも楽しくなってきた。
「ハァ・・・フッ、さぁ―――勝負よ。」
もう言葉はいらない、坂を登って最後は直線。アサクサを追い抜く。
後ろからバラけた集団が追って来る気配がする。
振り返ったりしない、みんな置き去り。ここに来た私に追いつける奴はいない。
頭がくらくらする、眼が霞む、でも脚は止まらない。
ゴールテープを切る。
今まで流れていた景色が急に止まる。他に誰もいない。これが先頭の景色。
客席から拍手が送られる。まさか1位になると思わなかったのだろう、先生が慌ててやって来てタオルを投げて来た。それを器用にキャッチしてシメシメと笑顔を送る。
膝に手をついて肩で息をする。汗が地面に吸い込まれていく。
ふと見渡すと、仰向けに寝転んだままアサクサがこっちを見てる。あのペースだから、かなりバテたに違いない。こっちにもシメシメだ。声だけでもかけとこっと。
「おつかれさま。」
顔のそばに行き、上から見下ろしながら声をかける。
「あ。ああ、おつかれ。」
ボー然とした顔でこっちを見て来た。
「お前・・・タニノっつったか。はぁ・・・ふぅ・・・。あの坂・・・どんな・・・脚してんだよ。」
息を整えながらしゃべってくる。
「ふーんだっ。あんたが火をつけたんでしょうがっ。」
腕を組み、できるだけ口角を上げた笑顔を見せる。
「そ・・・か。タニノ、名前覚えたぞ。次はこうはいかないからな。」
あ、そういえば名前教えてないままだった。
「言い忘れてたけど、私は『タニノ=ウォッカ』!覚えておきなさい。簡単に火がつくわよ。」
ちゃんと聞いてるのか聞いてないのか。困ったような、何か言いたそうな顔でアサクサがこっちを見てる。
「・・・何よ。」
「なぁ、せっかく可愛いんだから、次はミニスカートで走って見せてくれよ。」
「えっ。」
はぁ、可愛い。こいつは何言ってるんだろう。自分の体を確認する。
いつものユニフォームに異常はない。靴にも同じく異常はない。靴のそばには、こいつの顔が・・・っ。
「なっ、なななっ、なに言ってんのよ。バカっ。」
そう叫んで、思いっきり目の前の顔を蹴り上げた。
END
※これは、2007年の日本ダービーを元ネタにしています。
少女が「タニノ=ウォッカ」と名乗っていますが、モデルは「ウオッカ」です。タニノギムレットとタニノシスターの娘として生まれましたが、薄めず強いままじゃないといけないという願いから「ウオッカ」と名付けられています。アサクサキングスは、きさらぎ賞を勝ち、ダービーに出場し逃げきって見事2着に入っています。
所々競馬ネタを混ぜたつもりなので、もしよろしければ探してみてください。