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 グラウンドは、僕が最初に来た時と変わらなかった。違いは、あれだけ大勢いた男共が殆どいなかったことだった。見渡した限り、グラウンド上には僕とトロ子を除いて二組の男女しかいなかった。

(まだ、俺を入れて三人しか帰ってきていないのか)

腕時計を見た。

(開始から三時間近く経過している。いつ抽選は始まるんだ、早く始まってくれ。このままこれ以上誰も帰ってこなかったら、決勝に行ける確率も、ぐっと上がる。そして決勝を勝ち抜き、優勝したら、優勝したら!)

僕は、意図せず呼吸がかすかに荒くなっていた。トロ子にこんな呼吸の荒い僕を見られてはまずい、と、僕は慌てて呼吸を整え、トロ子の様子を窺った。トロ子は、しきりにきょろきょろと辺りを見回していた。僕の呼吸の乱れには気づいていないようだった。

(東狂ドームにいきなり連れてこられて、緊張しているようだな。それにしても、きょろきょろして、おかしな女だよ。明らかに挙動不審だ)

トロ子の注意力のなさに感謝しつつ、僕は視線をバックグラウンド前の舞台に移した。マイクを持った女がその舞台に上がっているところだった。開始時にルール説明をした女だった。

(お、なんだ?)

女は舞台の中央に立って、マイクを口に持っていった。

「はい! ここまでー!」

ルール説明の時と変わらない大音量で、女はそう言った。

(抽選が始まるのか。やった!)

僕は心の中で、よしっ、と叫んだ。

「ちゃんとゲットして帰ってきたみんな、おめでとー! これから、準決勝戦の、説明をするねー! よく聞いて、聞き間違いのないように、注意してねー!」

女はそう言った。僕は、狐につままれた感じになった。

(ん? 今、準決勝戦って、言ったよな。あれ、最初は抽選って、言ってたと思うんだけど)

「準決勝戦の競技方法は……」

女は言いかけて、はっと口をつぐんでマイクをおろし、耳元に手を当てた。何かに耳を傾けているような体勢になり、体ごと横を向いた。

(イヤホンか?)

女は、うんうんと頷くと、改めてこちらに向き直った。そして、マイクを口に持っていった。

「みんなー、最初に、決勝進出者を抽選で決めるって言ってたけど、あれは、変更になりましたー! ここにいる三人の男の人たちで準決勝を行って、その勝者一人を、決勝進出者としまーす! 変更したことについて、謝罪の言葉を、ここで述べる気は、毛頭ありませーん!」

大きい声ではきはきと言うので、声だけ聞いていると清々しい気分になってきそうだった。

 しかし、女の言っていることには、納得し難いものがあった。

(な、なんだよ、やけに偉そうだな。もしかして、馬鹿にしてるのか)

僕はいきり立って声をあげそうになったが、隣にトロ子がいたのを思い出して、やめた。

(トロ子はどう思っているんだろう)

トロ子の方をちらっと見た。トロ子は、真っ直ぐに舞台の女を見つめていて、真剣にその言葉を聞いていた。(こんなに真剣なトロ子を、今まで見たことがあったかな)

「今私の言ったことに、異議のある人、準決勝戦に参加する気がない人は、つべこべ言わずに、帰ってくださーい!」

相変わらず、女はどこか、聞いている人が腹を立てるような言い回しをしていたが、そんな言い回しとは裏腹に、その声はとても朗らかな感じだった。

(今帰ってしまったら、十億円がもらえない。女の言い回しが多少気に触るが、十億円のためだ、我慢しよう。俺は、帰らないぞ!)

一瞬、間が空いた。

「はい、誰も帰りませーん! みんな、準決勝戦に参加するのですねー! みんなの準決勝戦への参加に対してお礼を言う義理はないので、みんなにお礼は言いませーん! では、これから、準決勝戦の説明をするねー! 準決勝戦の競技方法は、舞台の上での、発表でーす! 何を発表するのかと言うと、みんながいかにもてるか、でーす! それを、みんなが連れて来た女の子全員に対して、発表してもらいまーす! そして、三人のうち誰が一番もてるのかを、女の子に、それぞれ一人、独断と偏見で、決定してもらいまーす! 決勝戦に進めるのは、みんなが連れて来た女の子全員に、一番もてると判断された人だけでーす! すなわち、決勝戦に進める人がいないという事態もあり得まーす! その場合、決勝戦は行われず、もてもてクン全員集合は、終了でーす! 発表の順番は、再入場した際に渡した紙に書かれてある番号の、小さい人からでーす! つまり、最初の発表は1と書かれた紙を持っている人、二番目の発表は2と書かれた紙を持っている人、三番目の発表は3と書かれた紙を持っている人、でーす! 準決勝戦の説明は、以上でーす! 男共は、再入場した際に渡した紙を持って、右袖から舞台裏に来てくださーい! 女の子たちは、今からパイプ椅子を舞台の前に用意するから、それに座って待っていてくださーい!」

女は、やや早口に、そう言った。初めから終わりまで、聞き心地の良い声だった。そして、女は舞台裏へ消えていった。

(ややこしいな、どうすればいいんだ。急にそんなに色々言われても、解らないよ。しかも、喋るのが少し速かったぞ。とりあえず、舞台裏に行けばいいのか。紙がどうとか言ってたが、俺はそんなものもらってないぞ)

 つんつん、と、腕をつつかれた。トロ子だった。

「先輩、あの女の人の言ってた紙って、これのことですぅ」

トロ子は、僕に、3と書かれた紙を差し出した。

「ああ、トロ子君が受け取っていたのか」

僕は、トロ子から紙を受け取った。

「先輩、頑張ってくださぁい。先輩は、これから自分がいかにもてるかを、舞台で発表しなきゃいけないそうですぅ。女の子三人全員に一番もてるって判断されないと、先輩は、決勝戦に進むことができませぇん。先輩の発表の順番は、今私が先輩に渡した紙に3って書かれてあるから、三番目ですぅ」

トロ子は冷静にそう言った。

(あれ。こいつ、今の説明、ちゃんと聞けてたんだ)

僕は、嬉しくなった。

(俺が説明を聞き逃しても大丈夫なように、今の説明を聞いていたに違いない。俺に認めてもらおうとして……。この子、結構、いい子じゃないか)

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