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トロ子と共に、再び東狂ドーム前駅に来た。喫茶店を出て駅まで歩き、電車に乗ってここまで来たのだが、その間中、トロ子はずっと喋りっぱなしだった。
「それでね、私、その時言ってやったんですぅ。おたんこなすーってぇ。そしたら……」
とにかく言葉が途切れない。しかも、トロ子の話している内容は、僕にとっては、全くどうでもいいことなのだ。
(俺とデートだと勘違いしてるのも気づかずに)
適当に相槌を打っているだけだとばれないように、僕はトロ子の言葉にうなずいていた。
メインゲートの前まで歩いて行ったが、はじめに来たときと比べて様子が違っていた。メインゲート前に受付が設置されているのだ。はじめ舞台にいた女が受付として座っていて、右手に何か機器を握っている。
(女!?)
僕は、女に夢を見させましょう大作戦を、受付の女に対して実行したいという衝動に駆られた。
(どうしよう、あの女に、女に夢を見させましょう大作戦を、使おうか。あの女、ちょっと俺の好みのタイプかも知れない。俺に首ったけにさせたいな、勘違いさせて。でも、今俺の横にはトロ子がいる。トロ子とは、付き合ってからまだ一回も遊んでいない。それなのに下手にあの女に、女に夢を見させましょう大作戦を使ってトロ子の機嫌を損ねでもしたら、トロ子と遊べなくなってしまいかねない。よし、ここは……)
受付に近付くと、僕は、少し俯き加減になった。女が苦手という演出のためだ。
「トロ子君、実は僕はものすごく恥ずかしがり屋で、知らない人と会うと緊張してしまう性格なんだよ。君なら心を許せるから大丈夫なんだけど、君や文学同好会の女の子達以外の女性の前に立つと、どうもそわそわしてしまうんだ」
もちろんうそだった。
「彼氏と彼女になった今だからこそ、僕のこんな性格を君に打ち明けることができるんだ。みっともないだろう。自分でも、情けないと思っているんだ」
トロ子を一瞥してから肩を落として見せ、さも情けなげに視線を落とした。
「そうだったんですかぁ……。かわいそうな先輩……。大丈夫、私が先輩を守ってあげますぅ。先輩、私の後ろにかくれてぇ!」
(俺に騙されているとも知らずに。ばかな女だ)
僕は、怯えた表情を作りながらトロ子に言われるままに彼女の背後にまわり、そのまま隠れつつ、そして心の中でぐふぐふと自分の世界の浸って笑いながら受付を通過した。