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家に帰り着くと、僕は早速、ポスターに書いてあった問い合わせ先にダイヤルした。夜中だろうが関係ない、いつ何時僕が電話しても、ばかくずはそれをとらなければならないのだ。
受話器の向こうで呼び出し音が鳴り出した。
僕は、はん、と、鼻で笑った。
(どうせ出ないだろう。それはそれでばかくずだ。ベル五回分だけ猶予を与える)
ところが、予想に反して、四回目のベルで相手が出た。
「はい」
若い女の声だった。
「あ。あの、えーっと、その……」
ぎょっとしてしまい、言葉に詰まった。しかし、電話の相手が女なので、すぐに持ち直した。
(若い女なら、例のアレだ)
「うーん、いや、そのですねぇ、あ、あははは、ははは」
こうやって、あからさまにどぎまぎしていれば、初対面の女なら、ざっくりと言えば、この人私と何か話をしようとそれでこんなにもじもじして、そんなにもじもじされちゃこっちから話しかけずにはいられないじゃない、ああもうこの人と話すことがまるで私の使命のように感じられてきた、と、勝手に思ってくれるのだった。僕はこのように女を勘違いに導き、そして最終的には、女を僕のことが好きであるというところまで勘違いさせ、ゲットするのだった。この、名付けて女に夢を見させましょう大作戦は、僕が誇る恋愛術である。
(女に夢を見させましょう大作戦をここでも使って、この状況を乗り切ってやる)
「あ、あ、あ、あの、え、えっと、うぅん」
これでもかと言うほど、どぎまぎしまくってやった。
「もてもてクン全員集合の参加希望の方ですか」
女の声は思いのほか、冷静だった。こちらに対する遠慮が少しも感じられなかっった。
「え。い、いや……」
「もてもてクン全員集合参加希望の方なのかそうでないのかどちらですか」
「あ、あ、さ、参加、き、き、希望、で、でです」
強く聞かれ、答えてしまった。表には絶対に出してないが、少し腹が立ってきた。
(これ、なんか、俺、言わされたみたいじゃないか。何だこの女、俺の、女に夢を見させましょう大作戦が通用してないのか。ていうか偉そうに、何様だ、俺はわざわざ電話してやってるんだぞ、お前らばかくずどもに。だいたい俺は曲樹しょ)
「あなたはもてますか」
僕が自分の世界に浸り出した最中、女は唐突にたずねてきた。虚を突かれた気がして、僕は、また、ぎょっとしてしまった。
「え、え。う、うーん、どどどどど、ど、どど、どうかなぁ」
「もてるのかもてないのかどちらですか」
女の声には動揺の色が、微塵も無かった。
(おかしいな、俺の作戦が、通用しない)
「あ、そ、その、も、もてます」
「わかりました。あなたのもてもてクン全員集合への参加希望を承りました。今から開催日時及び場所をお伝えいたします。開催日時は○○月X日△△時からです。開催場所は東狂ドームです。○○月X日△△時までに東狂ドームにお越しにならない場合は参加辞退と看做します。何か質問はございますか」
女は、全くよどむことなく、そして速くも遅くもない速度で言ってのけた。うろたえる、という言葉とは、縁遠かった。
(し、質問って、急に言われても、すぐには答えられないだろ。言われた方の身にもなってみろよ。ひ、人の気持ち考えたことあるのか、このばかくずは。こっちは、きゃ、客なんだぞ)
女の冷静な声色によって本当にどぎまぎしてしまい、何を質問していいのかわからない。
「あ、あの、どうして、こんな時間まで、電話に出ているのですか」
無駄に焦ってしまい、質問しなくてもいいことを質問してしまった。
(ああ、くそ。こんなくだらない質問をしてしまうなんて、俺らしくない。この女に、ばかにされてしまうじゃないか。きっとこの女は、さっきみたいによどみなく答えるぞ。何の変哲もない質問なんだからな)
「……」
(あれ?)
「……それが会長の、意思だからです。会長は、二十四時間三百六十五日、もてるとはなにか、を追求しています。その追求のための材料は、いつ現れ、そして逃してしまうかわかりません。よって、このような夜中まで、電話応対を行っています」
「そ、そうですか」
(もてるとはなにかを追求って、何言ってんの。もてるはもてるだよ。とんだエロエロばかくずじじい会長様だな。そんなばかくずが会長なんだったら、別に俺のする質問にくだらないもくそもないか。気軽に、どうでもいいことであっても質問しよう。といっても、聞きたいことなんかもうない。持ち物はいるのか、東狂ドームのどこに行けばいいのか、とか細かい気になる点はたくさんあるけど、こいつらはばかくずだし、いいや。質問しなくても。何とかなるだろう。このまま電話を切るのも、女の手前、なんか具合が悪いから、最後に、本当にどうでもいいことを質問して、気まずくならないように電話を切ろう。だって、この電話がきっかけで、後々この女が俺のものにならないとも限らないし。ぐふぐふ)
「あ、あと、最後に、いいですか」
「どうぞ」
「ぼ、ぼ、僕が質問したとき、な、なぜあなたは一瞬沈黙したのですか」
「間違えた情報を言わないためです。私は機械じゃなくて人間だから、間違えないためには、行動の前に少し考える時間が要ります」