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「なんだ、このふざけた題名は」
とある、大きな駅の中ほどで、おかしなポスターを見つけた。いつものように、電車から降りる雑踏に紛れて、急ぎ足でサークルの会合に向かう途中だった。そのポスターは、人目につくようでつかない、そんな場所に貼られていた。
『もてもてクン全員集合』
我こそは最強のもて男だと自負している、そこのキミ!
キミのそのもてもてっぷりを、世間にしらしめてやろうじゃないか!
年齢不問、職業不問、学歴不問、家柄不問、筋肉不問、体臭不問、髪型不問、顔不問、交友関係の広い狭い不問、肩もみが上手いかどうか不問、女の子のためにドアを開けてあげることができるのかどうか不問、女の子がベンチに座るときにすかさずハンカチを敷いてあげることができるのかどうか不問、女の子が「手を握って欲しい」と思っている時にソフトに手を握ってあげることができるのかどうか不問、女の子と一緒に買い物に行った際その子が「この人のかっこいいところが見たい」と思っていてその思いに応えるため悩んだ挙句借金してまで高価な指輪をクレジットカードで「一括で」と泣く泣く買うことができるのかどうか不問(その後以前から病で伏していた故郷の父が危篤に陥ったが先の指輪でできた借金のために交通費を捻出できず結局父の死に目に会えなかったことを「あの子が責任を感じて傷つくといけない」と思ってあの子に伝えることをやめたのかどうかも不問)付き合い出して二年後に彼女に浮気されてそれが発覚した時に「あなたが優しくなくなってそれで辛くなったからなのよ、それで、つい……」という彼女の言葉を「そうか、すまなかった、僕のせいだ」と全部自分が悪いと思い本気で反省してその次の日に彼女から「ばれちゃったけどいいの。あたしはもともとやっくんのものだから。ていうかあいつまじでうざいんだ、ちょっとかっこいいからって図に乗ってる。ま、あいつのことなんか最初から好きじゃないからいいけど。ノリで彼女になってあげただけなのに、あたしがあいつのことを本当に好きでいるって、あのばか、カンチガイしてるんだー」っていうメールが彼女から間違って届いてそれで「さよなら」とそれだけ彼女のそのメールに返信してその後彼女からいかなる形で連絡が入ろうとショックのあまり全く取り合うことができずその後に彼女に面と向かって「私が悪かったです。本当にごめんなさい。こんな私を捨てないで。あなたのこと、本当は好きだったってことに、気づいたの」と言われてどういうことなのか解らず頭の中が混乱してしまったのかしてしまわなかったのかどうか不問。
そして、恋愛経験、一切不問!
必要なものは、キミが「もてる」という事実のみ!
キミが女にもてるなら、それだけで参加オーケー!
キミの参加をお待ちしています!
主催 「もてるってなんだ?」の会
問い合わせ先 ○○ーXXXXーXXXX
横書きでずらずら書き並べられていて、その中で、「我こそは最強のもて男だと自負している、そこのキミ!」の部分と、「キミの参加をお待ちしています!」の部分と、「問い合わせ先 ○○ーXXXXーXXXX」の部分が、他の部分に比べて相当大きい字で、赤ピーマンみたいに真っ赤な色で書かれてある。通り過ぎざまに見ると、それらの部分だけがやたらに頭に印象づく。立ち止まってこのポスターを眺めるきっかけになったのも、この不必要と思えるくらい大きくて真っ赤に色づけされた文字に目を奪われたからだった。
(しかしそれにしても、おかしなポスターだ。まず題名からして、ふざけてる。『もてもてクン全員集合!』って、なんだよ。この題名、どこかで聞いたことあるな。それに、「もてもてっぷり」って、おいおい、見てて吹き出しそうだ。しかも、この、やたらと続く「不問」「不問」「不問」。最初の方の「不問」は、まだわかるよ、「年齢不問、職業不問」とかはさ。後の方の、なんだよ、この、長くて細かい文章の連続は。こりゃ、読んでる人は、途中で読む気なくすぞ。にしても、妙にリアルだな、この文章。まるで誰かの恋愛経験をそのままポスターに書き写したみたいになってるじゃないか。もしかして、この文章考えた人の、体験談なのか。「あいつのことなんか最初から好きじゃない」なんて、彼女から彼女の浮気相手に言われてたら、相当ショックだぞ。それに、このやたらと長い「不問」読んでいくと、最後の「そして、恋愛経験、一切不問!」を読んだ際に、「え。本当に恋愛経験要らなくていいの?」って、読んでる方はふと疑問に思っちゃうよ。それに、なんだ、この、「体臭不問」ってのは……)
ここまで頭の中で考えたところで、思わず、声に出してぷぷっと笑ってしまった。
(ほんと、訳がわからない。こんなイベント考えた奴の顔が見てみたいよ、誰だ、これ考えた人。なになに、主催「もてるってなんだ?」の会。ははは、なんだよ、それ。そのままじゃないか。ひねりもなにもない、そんな名前のつけかたじゃ、誰も興味示さないよ。第一、「もてるってなんだ?」って、なんだよ。もてるはもてるだよ、それ以外の何でもないよ。本当に、おかしいったらありゃしない。ていうか、会の名前、胡散臭いよ)
笑いがとまらなくなってきて、腹を押さえて少しうずくまる体勢になり、ぐふぐふと、ギャグ漫画を読みながら笑う時みたいに笑っていた。
(そもそもこのポスター、全然目立たないぞ。いや、目立つのか目立たないのかすら判断がつかない場所に貼られてるぞ。こんな、見る人がいるのかいないのか微妙な場所に貼って、主催者は、本当に参加者を募る気があるのか。ほら、見てみろよ、現に、この帰宅ラッシュの混雑の中で、足を止めてこのポスターを眺めてるのは、俺一人じゃない、皆、それも何人かだけが、ちらちら見てるだけだ。しかも、見てるのは、全員、男じゃないか。女は、誰一人として見てないぞ。意味ないじゃん、このポスター。この告知。このポスターのこの告知、告知として機能してないよ)
腹をよじらせ声を押し殺して笑いながら、腕時計をちらりと見た。会合の集合時間を三十分も過ぎてしまっていた。
(あ、いっけね。完全に遅刻だ。こんなギャグポスターなんかのために、約束の時間に遅れちゃったじゃないか。告知のくせに告知の機能を果たしてなくてそのため告知であって告知でないポスターになってしまっているポスターの分際でこの俺の貴重な時間を潰すとは、全く、身の程を知ってもらいたいものだ。あー、もう、やだやだ、さっさと行こ。こんなところで時間つぶしてる場合じゃないんだよ、この俺は。今、大事な時期なんだから。もう、頼むから、邪魔しないでくれよ。まったく)
最後にそのポスターをあからさまに一笑に付し、それから改札口に向かった。