食レポ ~SIDEスワイト~
旨味の玉手箱や!……宜しくお願いします。
「下見から戻って参りました」
「ご苦労、どうだった?」
「思った以上に隣の家屋との距離も近い場所ですので、屋根伝いに侵入される危険性もあります」
近衛副団長のフエルカの報告を受けて、軽く溜め息が漏れた。
確かに小料理屋の周りの建物は屋根や洗濯場からの侵入が容易い。今回は護衛も入るし、ラジェンタも理由を聞けば警戒はしてくれると思うが、俺も追尾魔法と探査魔法を小料理屋を中心に市場の方まで広げてかけておこう。
「殿下、あまり広範囲術式を展開し過ぎますとお体に支障が……」
「私を誰だと思っている?」
俺が魔圧を上げてフエルカの精神に負荷のかかる術をフエルカに投げると、フエルカが顔をしかめた。
「も、申し訳ありません……ぐっ」
「魔術絡みの戦闘に関しては負けない自信はあるが、ラジェンタに危害を加えられるのが一番堪える。それだけは死守しなくてはならん。よいか?」
「御意」
「それはそうと、今日の護衛は誰だ?」
「ユーリカエルです。夜中にアッサレリと交代します」
「夜の市井の張り番は疲れるな、何か差し入れを……」
と俺が言いかけると、フエルカは、あ……と言いながら焦っている。んん?
「え~と張り番と言いますか、夜は店舗一階部分を拠点にすることになりまして……」
「おい、婦女子が寝泊まりする家屋に入るのか?」
「ああえ~とその……ラジェンタ様が外で立ちっぱなしは駄目だと、夕食もご準備くださるとかで……」
「何だとっ!?お前達、いつの間にそこまで……」
夕食を共にだと!?何だそれは、ラジェンタと食卓を共にして笑顔で食事をする……くっ!
「貴様らぁ……」
「ひえっ!?あくまでラジェンタ様のご厚意でーーす!失礼致します!」
フエルカはものすごい勢いで走って逃げた。
現れるかどうか分からない敵より、近衛達の方が危険ではないか?俺も泊まり込みで守ろうか?
翌日の夕方、公務の合間を縫って駆け付けた小料理屋ラジーの店先で、そうラジェンタに言い募ると、また殺し屋みたいな目をして俺を見たラジーに
「とっとと公務に戻れ!」
と怒られた。
それでも気になるので俺の許可した者しか扉を開けられない魔法をかけようとしたら
「お客様が店に入れなくなるでしょう!」
と更に怒られた。
夜、時間作って見に来ようかな……
翌日の朝
再三にわたり呼び出しをかけていたペスラ伯爵とリスベル公爵とその娘のルルシーナとラノディアがやっと召喚に応じる気になったようだ。
その日の夕方……俺、宰相、フェノリオ=コラゴルデ公爵閣下、国王陛下、国王妃、ノルトレイ侯爵とその子息、バラクーラ公爵とカインダッハ大尉、以下各高位貴族位の者達が緊急招集にも関わらず、中々の人数集まってくれた。
ルルシーナは椅子に座ってはいるがハンカチで口元を押さえ、俯いている。ラノディアも同様にハンカチで口元を隠し、時々吐き気を堪えている仕草をしながら俺を見ている、気持ち悪い……
「それでは審議を始めます」
宰相補佐官が挨拶をした声に被せるように、リスベル公爵が立ち上がり叫んだ。
「我が娘、ラノディアは悪阻が酷く審議が難しい!父親は……言わずとも分かっておられますよね」
リスベル公爵はニヤニヤしながら俺を見たり、ノルトレイ侯爵子息を見ている。
馬鹿らしい…ノルトレイ侯爵子息、リーフと話し合いは済ませている。リーフに疚しいことは一切無いのが彼の魔質を見れば一目瞭然だったので
「案ずるな、リスベル公爵やラノディアに何を言われても、動じず前を見ていればいい」
そう言って励ましておいた。
毒婦め……私の前で虚偽や捏造は意味をなさない。
「そうか、父親は名を出すのも憚られるような御仁か。名も明かせない子を1人で産み育てるつもりの娘を庇うとは公爵は懐が広いな。それにルルシーナ嬢も随分と加減が悪そうだ。そう言えば生まれた時から持病が重く長患いしているとか?それはそれは明日をも知れぬ儚い身だな、ゆっくり療養いたせ。皆、時間を取らせて悪かった。このように妃候補の2人は病弱故に妃候補から外れてくれるそうだ。よって今まで通り、王太子妃候補はラジェンタ=バラクーダ公爵令嬢のままだ」
一気に息継ぎもしないで、そう言い切って俺は席を立った。そして国王陛下に
「下らない審議を開場しまして申し訳御座いませんでした。本日よりラジェンタ=バラクーラ公爵令嬢との婚儀に向けて邁進して参ります」
と言った。国王陛下……父上はゆっくり頷いた。
「うむ、解散」
よし……馬鹿には付き合わない、コレだな。そのまま部屋を退室しようとしたら気分が悪いはずのラノディアが立ち上がって俺に向かって怒鳴った。
「ルルシーナがどうなってもいいの!?」
審議会場内は静まり返っている。馬鹿はすぐに墓穴を掘る……
「何やら不穏な言葉ですね……そう言えば私の所に届いていたルルシーナ公女からの手紙、どうやらそこのルルシーナ公女の名を語った文筆家が偽造していたとか?何でもそれはリスベル公爵の指示だったと証言しているようですが?」
まあ手紙の偽造ぐらいでは罪は軽い……ここではちょっと恥をかかせる程度でいい。
そう……焦って大きく動き出してくれるのを待てばいい。
俺はそのまま退室した。ジジイ共や公爵達が騒いでいるけどどうでもいい。
いつも通りに公務をこなし、魔術師団の詰所で事務仕事をしてから夜…少し遅くなったが小料理屋ラジーへ向かった。
王城を出て、大通りをわざと歩く。
俺の探査魔法に僅かに引っ掛かってくる数人の男。やっと俺を見付けたのか俺の追跡を開始した。俺自身が囮をしているとバレたら叔父上に怒られるかな~
でも自分が一番良い餌だと思うしな。
わざとゆっくりと歩いて目視確認出来る位置まで賊を誘導する。さあ、こっちへ来い……
5,6……7人か、俺の魔法の射程圏内に迂闊にも入って来る愚か者達。
「…!」
「何だっ!?」
「ぎゃあ!」
捕縛魔法を発動すると、全員亜空間に押し込んでやった。何もない永遠に続く闇の牢獄。まあ後で出してやるから精々そこで遊んでろ。
「殿下、また勝手に動かれて……」
魔力の動きを感知したのか近衛のノブレイトが路地からヒョイと顔を出した。お前?!ラジーの警護はどうしたんだ!
「おいっ店の方の警護を……」
「今日は軍部の若い連中が店で数人飲んでいましたから、大丈夫でしょう」
軍部の若い連中?誰だ?こんな賊如きに時間を割いている場合じゃない!俺は急いで転移魔法を発動した。
店の扉の前で服装を整えてから、小料理屋ラジーに何食わぬ顔をして入店した。軍部の若い連中…アイツらか、カインダッハ大尉の同僚と部下だからその伝手で飲みに来ているんだろう。
俺が入って来たので、立ち上がりかけた者達を手で制した。
「今は私用の時間だ。気にするな」
と、カッコつけて言ってからカウンター席に座った。
ラジーが笑顔で温布巾を渡してくれたので、手を拭いた。
「今日は酒は止めておくよ。仕事残ってるんだ」
そう言うとラジーが眉をひそめた。
「え?こんな遅くからまた仕事なの?」
俺が笑顔で頷くと、まあいいか……と肩を竦めてから
「今日は魔獣肉の良いのが入ってるのよ」
と、塊肉を見せてくれた。確かに赤身と一緒に脂が程よく乗った綺麗な魔獣肉だ。
「じゃあそれで」
「はい~お待ちを」
調理をするラジーの真剣な顔を盗み見る至福の一時……俺はこの穏やかな時間を壊そうとしていたのか。そう…もし何もなければラジーと婚姻をして、もしかしたらラジーの手料理を俺一人だけが独占して食べられたかもしれないのだ。
「まず、コレ飲んで待っててね」
コトリ…と俺の前に乳白色の器に盛られた濃厚な匂いを放つ液体が置かれた。少し匂いを嗅いでみた。肉の香りと…芳香なワインの香り、肉のスープだろうか。
匙で一掬いしてみた。少しとろみのある濃い茶系のスープを口にソロリと入れる。舌の上に肉の味とワインとこれは香辛料か…とても重厚で芳醇な腹にくる味だ。一口二口…と飲み進めていると、ラジーが丸いパンを二つ、皿に盛って出してくれた。手に取ると柔らかい弾力とパンの表面が少し温かい。手で割ると緩く湯気が立ち上がっている。
「ビーフシチューに浸して食べても美味しいのよ」
そう言ってラジーの手元からは肉の焼ける香ばしい匂いがする。奥のテーブルの軍の奴らが、肉の焼ける匂いに誘われたのか、俺らも骨付き肉3人前下さい!とか叫んでいる。チラッと見れば結構食べているようなのにまだ食うのか?若いって凄いな。
ラジーに薦められるままビーフシチューにパンを浸して食べる。柔らかいパン生地にスープが沁み込み柔らかくパン生地を変化させる。そしてよりパンの甘味を引き出しているようだ。これはいくらでも入るな。
「お待たせしました。魔獣肉のワフーステーキです」
何だろう、また独創的な料理だろうか?
食べやすい大きさに切り揃えている魔獣肉の乗った皿と一緒に葉野菜のサラダと何かピッチャーに入った…これは何だ?またも匂いを嗅いでみる。これはバラクーラ公爵領の特産品のショーユか?
「お肉にはそのワフーソースをかけて食べてみてね」
ラジーは骨付き肉の調理の準備を始めながらそう俺に言った。
よしっ…ピッチャーを魔獣肉の上に回しかけた。ジュワッ…という音と共に立ち香るこの匂い…脳を刺激する強烈な官能…!匂いだけで酒が五杯は飲めるな。
まずは付け合わせの芋と根野菜のソテーをワフーソースに絡めて食べる。うん?ワフーソースに何か…野菜の擦り下ろしたものが入っているのか?顔を近付けてワフーソースを見ていると、他のテーブルの料理皿を下げに来たらしいマサンテが
「そのショーユの中にモリモという水気の多い野菜を擦り下ろして入れているんですよ」
と、教えてくれた。成程、通りで何かの辛味と甘みが口の中で不思議な触感を醸し出していると思った。
さあいよいよ、魔獣肉だ。もう涎が止まらない…フォークで刺しただけで肉汁が溢れ出ている。
急かされるように口に入れた。
ああっ…これだ。
口の中が幸せの味でいっぱいになる。噛み締める度にショーユの旨味と肉の弾力と共に肉汁が溢れる口の中が旨味の大洪水だ!
「美味い」
「ありがと!」
また目を瞑って食べてしまっていたらしい。目を開けるとラジーが嬉しそうに頬を染めて笑っていた。手には骨付き肉の塊を握っていたけれど…。
「ラジー…このソース本当に美味いな。売っていないのか?」
俺が何気なく聞くとラジーは固まった。どうしたんだ?
ラジーは骨付き肉の骨を大鍋に放り込んでぐつぐつ煮ながら、高笑いをずっとしていた。
何でも、儲けのアイデア?を俺から授かったらしい?アイデアって何だ?よく分からない…。
余裕ぶちかましていたら、小説のストックが切れてしまいました。更新速度が鈍ります、すみません。