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フードの男(中身はへっぽこ)

なかなか小料理屋が営業できません。

タイトルを誤字しておりました。自分がへっぽこでありました^^;

今日は一日、小料理屋の店舗内の掃除だけで終わりそうだ。


この料理屋も遊びの延長だと思われているのか、お父様からお小遣いも毎月貰える。


勿論、貰えるものは貰いますよ?


それ以外にも、自分で準備した店の運転資金は、私が自領で開発した商品の利権や名義権(特許みたいなものね)で結構な額があるし、今の所は儲け度外視の趣味の料理店になってしまうかもしれないが、初めはそれでもいい。


目指せ!粋な小料理屋の女将!ビジュアル重視!


「ラジー様、先に寝室の方を片付けましょうか?」


「あ、そうね。まずは休める所がいるものね。一階のお店の方は後にしましょうか?」


マサンテが廊下から声をかけてくれたので、二階の居間の窓を開けると、寝室の方へ移動した。まだベッドしか置いていないが、何だか就職したばかりの若い頃を思い出す。ワンルームの小さな部屋で、狭かったけど…楽しかったな~。


「ベッドだけ清潔にしておけば後はどうとでもなるわ」


「ラジー様…本当に逞しい!」


当面はこのマサンテとの2人暮らしの予定だ。通いで、メイドのキナリが通ってくれる予定だ。キナリはこの小料理屋の近所に実家があるので、便利になったと逆に喜んでくれた。


さて…マサンテの部屋の寝室も掃除が終わったし、そろそろ夕食の食材を買いに行こうかな。


「マサンテ、市場に行きましょうか」


「ラジー様、何やら緊張しますね!」


「緊張どうして?」


「私、自分が食べる食材を買いに市場に行くのは生まれて初めてなのです」


あ~そういえばマサンテは元男爵令嬢だ。家督を叔父に譲り、独りで家を出た…と聞いてはいるが実際はどうなのだろう。それは聞くべきではないわね。


「何てこと無いわよ?ただのものを売るお店だし」


「本当にラジー様が前世の御記憶持ちで良かったです!」


「まあ、任せといてよ!」


と…意気揚々と市場に出かけ、魚屋や肉屋で値切り…野菜や香辛料も買って、商店街の入口近くに行った時に、目深にフードを被った怪しい男が私達の前に立ち塞がって来た。


何?この男…。


「ラ…ラジー様ぁ…」


「落ち着いて…こんな商店街の前で人攫いもしないでしょう?」


異様な雰囲気の男…はフラリフラリとこちらに近付いて来た。あれ?よく見ると…。鼻から下の唇の形とか顎のラインとか見たことが…。


「っ…スワイ…」


叫びかける途中でその男…スワイト殿下の伸びてきた手で口を塞がれた。


「騒ぐな、気付かれる」


「っひ!」


マサンテも叫びかけたが、殿下に手で制されていた。ちょっとどういうことなの?私の居場所が何故分かったの?


「何か御用ですか?」


私が不信感いっぱいでフードを被った怪しい男(殿下)に問い掛けると怪しい男は…


「ちゃんと話がしたい」


と、まるで不倫現場を見られた旦那の言い訳のような言葉を吐いて、頭を下げていた。


「殿…頭を下げてはいけません」


スワイト殿下はまだ下げている。


「スワ君…話を聞くからここから離れましょう」


私は昔から呼んでいたあだ名でスワイト殿下の事を呼んだ。すると殿下はパッと顔を上げると、静かに私の後を付いて来た。


一体なんだっていうのだ。出だしから躓いてしまった感じだ。


私達は『小料理屋ラジー』の店内にスワイト殿下を招き入れた。


「ここは…」


「私のお店です」


「ラジーの!?」


スワイト殿下は被っていたフードを下ろすと、室内を興味深げに眺めている。


「殿下、まだ片付いていませんが取り敢えずお座り下さい」


私はカウンター席の椅子を動かすと殿下に座るように勧めた。そして紅茶を入れると殿下の前に置いた。マセンタは気を利かせてくれたのか、買ってきた食材を裏庭の貯蔵庫に置きに行ってくれている。


「それで、どうしてこちらに?」


私がそう尋ねると、スワイト殿下は目を泳がせた。


「ラジーの魔力の痕跡を辿った」


「つ…追跡魔法!」


うっかりしていた。殿下がまさか魔法を使ってまで私の行方を捜そうとするとは思わなかったのだ。


「でもどうしてそこまで…」


殿下は急に立ち上がる騎士の礼をして、私の前に膝を突いた。


「でっ…!?」


「悪かった…俺がいけなかったのだ」


私はしょんぼりとしたスワイト殿下から事情を聞くことした。


「つまり…俺が文通していた相手はルルシーナではなく、代筆していた文筆家の中年の男だったという訳なのだ」


「男と文通…」


「そうだ」


「ルルシーナ様だと思い込んで?」


「そうだ…文面はまるで若い娘のような華やかで明るい内容だった」


それは想像すると色々と気持ち悪いね。おっさんが若い娘のフリ…おえぇ。


「つまりスワ君は、その文才溢れるおじさんをルルシーナ様だと思い込んでいて、本物のルルシーナ様と会ってもスワ君とあまり会話をしてくれずに、逃げる様にいなくなっていても直接話すのは恥ずかしいからだと、勝手に思い込んでいた…という訳ね?あ、スワ君は晩御飯どうする?ここで食べて行く?」


「あ、うん。食べたい」


すっかり昔の間柄みたいな話し方に戻っていたが、元々の私達は幼馴染でこれぐらい気安かったのだ。


私は野菜を水で洗いながらスワ君に聞いてみた。


「私、言ってたよね?あの伯爵令嬢は胡散臭いから気を付けてって」


スワ君は顔を引きつらせた。


「うん、言っていたね」


「そもそもだけど、偶然に何度も危ない所を助けたり、出先で偶然に会ったりとかしないと思うのよ。どうせ伯爵家にスワ君はスト…追尾されていたんでしょうよ」


スワ君はまた落ち込んだように頭を下げた。


「そうだね、その通りだ」


「だけど、よくその文通相手が男の人だって分かったわねぇ?」


水洗いした野菜の皮を剥いていく。スワ君は困ったような泣き出しそうな顔をして私の方を見た。


「先程、ラジーがいなくなってから、リスベル公爵に話を持ち掛けられたんだ。『ルルシーナと婚姻したければラノディアを第二妃にするように』って」


「ラ…ラノディア?!ってあのラノディア様?ひえぇぇ…」


慄いて野菜の皮剥きをしていた手が滑りそうになってしまった。ラノディア=リスベル公爵令嬢といえば御年28才のこの世界じゃ行き遅れの行き遅れ…(あまり使いたくない単語だが)


しかも彼女はただの行き遅れではなくて、男遊びが激しくて毎夜毎夜…と凄まじい状態なのだとか…勿論、堕胎したこともあるとかないとか…不倫略奪やりたい放題、兎に角究極の阿婆擦れ令嬢なのだ。


そんな女を第二妃に?ルルシーナ様の後ろ盾は…リスベル公爵。そうか、それでルルシーナ様を…。


「そうか…つまり公爵は自分の娘をスワ君に押し付けたくて、ルルシーナ様の後ろ盾をするよと言ってきたと…スワ君、完全に舐められてるね」


「そうだな、舐められてた。しかもその事を確かめようと伯爵家に飛び込んで行ったんだ」


剥き終わった野菜をせん切りにしていく。


「うん、それで?」


「伯爵家でルルシーナに会わせてくれと言っても、使用人の反応がおかしいんだ。挙句に帰れと言われた」


「ひえっ…」


スワ君は王太子殿下だよ?殿下に向かってそれはない…。私は切り終わった野菜をゴマ油で炒めた。味付けは醤油と砂糖と塩。


「そしてやっと出て来たルルシーナは…まるで小さい子供のような反応だった。手紙であれほど聡明で思慮深い言葉を使っていたのに、俺に対して…難しい言葉で返せないみたいだった。白痴というのかな…」


「あ…ぁそうか、なるほど…」


そうかあれ…そうなのか。以前偶然にルルシーナ様に会った時に注意をしたことがあるのだが、同い年の私に向かって、おばさん煩いっと言って返してきたのは…ああ、そういう訳か。


「その時に使用人達を問い詰めて、手紙の主は雇った文筆家だということが判明したんだ。その文筆家もすでに拘束している」


雇われた代筆屋みたいなものかしらね。そりゃ文章も上手いよね、相手はプロだもんね。


「俺は初めて会った時にルルシーナの魔質を視て嬉しかったんだ。彼女の魔質は澄んでいて…とても綺麗だったから」


突然スワ君がそう言い出した。ん?視えた魔質が澄んでいる?


「スワ君、魔質が視えるの?」


「うん、結構魔質の奥の方まで視えるよ」


知らなかった…それでスワ君ってば三大陸一の魔術師と言われているのか…納得。


「へぇ魔質が澄んでいるのね~?どうして?」


「答えは簡単さ、邪心や卑しい気持ちを持っていないからだろう。彼女にそんな感情が無ければ、心が曇りようも無い」


なるほど、無垢なる心根か。白痴ね…担ぎ出されてしまったのね。


「しかしスワ君は完璧に騙されたのね」


スワ君は泣きそうな顔をした。スワ君の前に、野菜のゴマ油炒めを置いた。そして、同じくせん切りにした芋を揚げて塩コショウを振って出した。


「料理の前菜…。主菜はお肉にする?魚にする?」


「ラジー…料理が出来るのか?」


「勿論、だからこのお店をしようと思ったのよ」


スワ君は半泣きになりながら、ポテトフライと野菜ゴマ油炒めを食べていた。


「美味しい…。肉が食べたい」


「お待ち下さい」


私は鳥肉を使うことにした。香辛料をまぶし鳥肉に軽く衣をつけて揚げた。そして醤油と砂糖と玉ねぎを香辛料等々とお酒を混ぜてタレを作った。油淋鶏もどきだ。


そして、魚も薄く衣をつけるとこれも揚げて、ロールパンに葉野菜と一緒に包んだ。タレは自家製のマヨネーズもどき。白身魚フライのロールサンドだ。ついでにバターとナッツを入れたロールサンドも作ろうか。


油淋鶏もどきを包丁で一口サイズに切ってからスワ君の前に置いた。


「鳥肉の料理」


スワ君は黙って頷いて一口食べて、頬を染めていた。昔から鳥肉好きだもんね。


「ラジーは…もう戻ってはくれないのか?」


う~ん小料理屋の女将になりたいしなぁ…でもこの羽をむしられてしまって、もがいているみたいなスワ君も哀れだしなぁ…いやそもそもだけど、私が小料理屋の女将をしたいが為に、スワ君にあの女が近付いて来ても全力で退けることをしなかった…っていう私の後ろめたい事情もある訳だし…。


「ラジー…勝手なことを言うけど俺は…いつまでもラジーを待ってるから」


うわっ後ろ向き!


「あのね、スワ君?そこはビシーッと攫いに来るから覚悟しとけ!ぐらいは言わなくちゃダメよ?」


私がそう言うとスワ君はオロオロとし始めた。


「攫いに来た方がいいのか?」


「…ものの例えよ。スワ君はただ待ってるだけなの?」


スワ君はチラッチラッと私の顔を窺ってから


「ラジーが許してくれるなら、この店にご飯を食べに来て良いか?」


これまた消極的!……でもまだいいか。まだ問題は山積みだろう。リスベル公爵とラノディアとルルシーナの問題を片付けないとスワ君は動けない。


「スワ君よ、自分で蒔いてしまった種だよ?刈り取れるかい?」


スワ君は私の方に顔を近づけた。さっき見た時よりも目に生気が漲っている。


「やるよ。やられたらやり返してやる」


私はスワ君にロールパンサンドをお土産に持たせた。スワ君は嬉しそうにお礼を言って帰って行った。


さあてスワ君はどうするかな~?


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