女将、通報される ~SIDEスワイト~
ちょっと忙しくて更新遅れてしまいました。宜しくお願いします。
こんなに穏やかでいいのかな?
夜、俺の横で眠っているラジェンタの顔を見詰める。チュチュッと口や頬に口付けると、うざったそうに手で払われた。
思わず笑ってしまう。
口に出して初めて実感した。渡り人の世界に行く…。何だか体が軽くなった気がした。それほど自分の置かれた立場が嫌だと思っていた訳じゃないけれど、ラジェンタと渡った異界…。不思議な世界だった、いつか自分が彼処に行く。
気分が高揚した…ヒコルデラ皇太子もラジェンタの記憶を見て、こんなに興奮したのかな。
でも…そこにはラジェンタがいないと楽しくないな。絶対そこにいて欲しい。物語の中の恋物語のような胸が焦がれて…とか泣き叫ぶほどの恋慕…とかはよく分からないけど、ラジェンタが傍に居てくれなきゃダメなのは間違いない。
これを口に出してラジーに言うと、ヤンデレ?とか呼ばれてしまうので何となく不名誉な呼称のような気がして、口に出さないように気を付けている。
ラジーの体を抱えて直していると、目を覚ましたのかラジーが
「スワ君…眠れないの?」
と聞いてきた。
「いや大丈夫…もう眠れるから」
「…そう」
ラジーの瞼が下がってきた。それを見ていると俺も眠くなっていた。
ラジーは元気だ。婚姻式まで目が回る忙しさだけど、その合間を縫って『小料理屋ラジー』を開店させている。俺も出来るだけラジーの負担を減らせるように手伝っている。
好きなことをしているラジーは輝いている。それをラジーに伝えると恥ずかしそうに笑ってこう言った。
「あら?そういうスワ君だって魔術の研究している時は楽しそうでイケメン度があがってるわよ」
イケメンド…何だろう?異界の言葉かな~そう言えばラジーには内緒にしているんだけど、もう自由に界渡り出来る魔術式は開発したんだよな。
でも周りが禁術だ!禁術だ!と騒ぐからまだ公にはしていない。早く界渡りしてみたいな。
そうだ、早く未来永劫お互いの魂を縛る魔術を開発しておこうかな。術式を考えていると相当悪い顔になっていたみたいで、それを見たワイセリ少佐とヒゼリに、リスベル公爵の貴族位の剥奪を考えている!と噂にされてしまった。
でもそれよりもシミ?と皺を失くす魔術だったかを作れとマジーに言われてたな。
魔術師団の事務の女性に、そういうの作って役に立つのかな?と聞いたらラジーと同じような魔力を発しながらすごい剣幕で
「もたもたしてないで早く作って下さいよぉ!」
と怒鳴られた。こっちを先に開発しようかな…。
◆ ~ ■ ~ ◆ ~ ■
秋の豊穣祭まで後少し…という時、公務の合間を縫ってラジーの作ってくれたカレーパン(試作品第三弾)を食べていると、ラジーの兄のカインダッハ大尉が執務室に顔を出した。
「あ、スワイト。今日ラジーが小料理屋に来てくれだって。マグロノカイタイショーをするんだって」
因みに今日ラジーは午後から休みが取れたので小料理屋を開店させているはずだ。
「何だって?…異界語か?」
カインダッハ大尉も首を捻っている。
「観客?を前にして振舞う技巧の包丁さばきを見よ!とか叫んでいた」
「益々分からんな?危険はないんだな?」
「危なかったらスワイトが障壁張れよ」
とカインダッハは俺に丸投げしてきた。無茶いうなぁ…爆発とかしないよな?そうだ、早めに小料理屋に行って安全確認しておいた方がいいかな。
俺が何とか早めに雑務を片付けて、小料理屋に向かうと店内で包丁を振り上げているラジーがいた…。間に合わなかった、遅かったか。
血飛沫が上がる!
魚の頭がゴロンと転がって…ラジーが笑顔で頭を抱えている。店内から拍手が起こる。
違う方向性の危険は感じたが、マグロノカイタイショーは爆発はしなかったようだ。ただ店内が血生臭い匂いでいっぱいになっていたので、俺が来たことに気が付いたラジーが
「スワ君、浄化!洗浄魔法使ってよ!」
と言ってきた。俺…ラジーの婚約者でもうすぐ主人で…王太子でそのうち国王になるんだけど…。
店内にはカインダッハとリヒャイドと…叔父上がいた。皆、生温かい目で俺を見ている。
仕方ないので無言で小料理屋の店内に洗浄魔法を使った。
その日は『マグロザンマイ』というラジー曰く、フェア?とかいう名前の催しをしていた。
色んな魚料理が出ていた。『ネギトロドン』とかいう料理も美味しかった。
ラジーはジュエルブリンガー帝国の例の食糧保管庫を物色もとい…見学して異界のコメという植物に似た食べ物を見付けたみたいだ。
今、エーカリンデ王国とこの植物(最近は栽培していなかったらしい)の長期栽培計画を国家事業として推進している。この『ポカロ』は主食として素晴らしい食べ物らしい(ラジー談)
ラジーの美味しい料理が食べられるなら時間も金も惜しまない。それを言ったら、カインダッハに
「ラジェンタの為に国を動かしているんですか?」
と真顔で聞かれた。…そうだよく考えたらラジーの為にラジーの喜ぶ顔を見たいが為に、コメや香辛料を求めているのかも…。
更にワイセリ少佐には
「国家規模の公私混同ですね」
と言われて気が付いた。夢中になって羽目を外して浮かれているじゃないか…これを恋して夢中になっているって言わないで何て言うんだ…!
それを意識してしまった途端に、顔に熱が籠るのが分かる。我ながらなんて鈍感で馬鹿なんだろうと思った。ラジーに捨てられて、あんなに慌ててしまっている時点ですぐに分かりそうなものなのに…。
そして10日間続く豊穣祭が始まった。この期間は各地方、そして他国からも旬の農作物、獲れたての海産物…乳製品、食材店や飲食店、お土産屋など色々な屋台が立ち並ぶ。
その一角で『小料理屋ラジー』は『ラジーのカレーパン』なる商品を売り出していた。店先にカレーパンの宣伝が書かれた旗が揺れている。
「何々?『スワイト殿下も美味しさを大絶賛!』美味しくて大絶賛は間違ってないけど、俺の名前…勝手に出したら内務省の役人がすっ飛んで来るよ?一応、王族の献上品以外は王族の名称使ったら捕まると思うけど…」
「やだぁ!?早く言ってよ!」
旗の宣伝の違法性を指摘すると、何故だが俺が怒られて『スワイト殿下』の所にあて布して隠しているラジーにジロリと睨まれた。
ラジーのカレーパンの店は大盛況だ。地元の商店街の人達が買いにきてくれるのは勿論だが、軍人や役人…そしてエーカリンデ王国から来訪している同業者の方も買いに来ているようだ。
何でも、ジュエルブリンガー帝国の炊き出しで訪れた、小料理屋ラジーの料理の美味しさが噂で広まったようで屋台にとんでもない行列が出来ている。
今日はマサンテとキマリ以外にも公爵家と王宮からメイド3名と侍従2名が手伝いで参加していた。
「私もぼんやりしている暇は無いのよ」
小料理屋ラジーの店の方ではカレーパン制作に、これまた公爵家と王宮から料理番見習いの3名が駆り出されているらしい。
「今日はスワ君と出かけてる時間ないのよ~ごめんね」
「いいよ、一応豊穣祭は王宮主催だしね。屋台の見回りもしてくるから」
ラジーは一瞬息を飲んだ。そして俺の方に体を寄せて来ると
「でも…少しなら時間は取れると思うけど…?」
顔を少し赤くしたラジーは早口でそう言うとおれを見上げた。
それなんだか可愛いからぁぁぁ!
言われた俺もつられて赤くなった。
「こんなとこでイチャついて、何してるんです〜?」
「!?」
声の主はワイセリ少佐だった。女性連れだった。しかも同じ軍の軍人だった。2人共ニヤニヤしている。
「若いっていいですねぇ」
「お前だって若いだろ…そっちこそこんな所に何の用…」
「いや〜屋台で違法な宣伝をしている店があるって通報が数件ありましてね〜」
「やだぁ!違いますっ違いますっ!」
ラジーは悲鳴をあげながら旗を手で丸めて隠している。通報されてしまったか…。ワイセリ少佐は多分、分かってて冷やかしに来たんだな?何で内務省の役人みたいなことしてんだよ?
「その違法な宣伝の屋台、屋号を聞いたらラジェンタ様の屋台だし…内務省の役人も困っててね。俺が注意してきますよ〜と警邏当番のこいつと一緒にきたって訳ですよ」
何だ、隣の女性軍人は警邏の巡回当番か…。
「ラジェンタ様、カレーパンまだありますか?私も食べてみたいのですが…」
その女性軍人は嬉しそうにラジーに聞いている。警邏中じゃないのか?
「はい、まだありますよ!」
それ聞くとその女性軍人はすぐさま購入の行列の最後尾に並んだ。素早いな…。
「すみません〜少佐!私今から休憩に入りますので!」
「……」
ワイセリ少佐と俺はちょっと目を合わせると、同時に溜め息をついた。
「見回りして来ようかと思う…」
「いいですね、殿下。私も付き合いますよ…」
ワイセリ少佐と肩を並べて商店街の方へ向かった。一回りしてラジーの屋台に戻ると、本日完売と書かれた看板が屋台の前にたてかけてあり、その看板の横でラジーと先程の女性軍人が2人で何か喋って笑っていた。
「あ~帰ってきた!明日の仕込みまで時間あるから屋台回りましょうよ。」
ラジーの弾けるような笑顔に釣られて、俺も笑顔で頷いた。ワイセリ少佐は大量の土産?を持つ女性軍人の荷物を持ってあげている。
なるほど、あれが女性にモテるコツか。ワイセリ少佐と警邏の女性は城に帰って行った。
「さっきのバリアス中尉から聞いたんだけど…。」
軍人の彼女はバリアス中尉なのか…顔と名前が一致した。
「スワ君、皺とシミを撃退する魔法を開発中なんですって?」
どこからの情報なんだろう?先日魔術師の事務員の女性とチラリと会話した記憶を思い出す。
「事務の女性から聞いたのかな~?ラジーに言われたのを思い出して、参考までに皺とシミを除去出来る魔法は必要か?と聞いたんだ。すごい剣幕で早く開発しろ!と言われた。やはり、女性全般が望んでいるんだな…」
「そうよっ何吞気なことを言ってるのよ!今一番最優先で開発しなきゃいけない魔法よ!」
うん、分かってるけど…結構難しいんだよ。
「あ…界渡りの出来る魔法は作れたんだけど…」
ラジーは胡乱な目で俺を見た。
「向こうに行ったってお金がなけりゃ、王子でも一文無しと一緒です。何も買えやしないわ。本当は○○〇コレクションの20○○が欲しいし、〇〇ー〇の化粧水が欲しくて堪らないけど、お金が無いのだから仕方ないの!」
正論だった…浮かれて異界に行っても皇太子のようにショクシツ?とやらを受けて警邏に捕まってしまうだろう。
「物語のようにすぐに異世界で生活なんて出来ないのよね~」
うん、そうですね。
「仕方ないからこっちの世界で頑張るかー!」
俺の手を取って歩き出すラジー。その行先は香ばしい匂いを放っている魚介類の網焼きの屋台のようだ。俺はラジーの手を握り直した。
「この国では俺はお金持ってるよ?」
ラジーの目がキラキラと輝いている。
「じゃあ、あの屋台の端から端まで欲しい!」
「了解」
後でラジーに聞いたところによると、店頭などに並んでいる商品を全種類買う事を「大人買い」と異界では呼ぶらしい。
子供では少ししか買えないところを、金に物を言わせて全部買い占める行為を指すものらしい。
異界って面白い表現をするんだな。
今年のお盆は自宅待機ですね~と言いつつ、私は年中自宅待機してます(笑)




