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ガツンと言う女将 ~SIDEスワイト~

去年頂いた素麺がまだ残っています…。

俺は体を丸めて小さくなる、もうすぐ40才のおじさんをジロリと見下ろした。本来なら王位継承権第二位の方なので俺より上位なのだが、甥の権限で上から見下ろしておいた。


まあ今は、俺以外にはニコライ=ワイセリ少佐、カインダッハ=バラクーラ大尉、リヒャイド=スカウデ大尉以下この砦にいる皆に見下されている…。


「閣下~あなたが一番喰らい付いちゃいけないお人でしょう?」


相変わらずニコライ=ワイセリ少佐が、遠慮も無くズバリと大将閣下を切り捨てた。


「そうですね…何故あんな小むす…失礼、女性の煽りをまともに受けてしまわれるのか…」


リヒャイド=スカウデ大尉の冷ややかな目がもうすぐ40才男を射抜く。


「ラジェンタの名前を出したら、存在のあやふやだった恋敵が目の前に現れたように感じて、そりゃいきり立ちますよ、女性なら」


「何だか、お前やけに詳しいな」


「昔、義姉上が言っていたのです。兄上に浮気疑惑が持ち上がった時に、相手の名前が分かってしまうとぼんやりとしていた浮気相手の姿形が実体を帯びてきて、浮気相手はやっぱり存在するんだと思って更に腹が立ったと…」


「なるほど」


カインダッハの薀蓄に俺が相槌を打っていると、もうすぐ40才のこの砦の中では一番偉いはずのフェノリオ=コラゴルデ大将閣下がノロノロと顔を上げた。


「すまん…」


「ホント、どうするんですかぁ…あの皇女殿下このまま砦に居ついてしまったら…生きている女を砦の外へ放り出すの、さすがに寝覚めが悪いですよ」


皆がニコライ=ワイセリ少佐の言葉にギョッとした。皇女殿下への不敬発言も大概だが、死んでいたら砦の外に投げるのか?と恐ろしいことを想像して皆押し黙ってしまった。


そう…叔父上と言い合いをした、シアヴェナラ=ジュエルブリンガー皇女殿下はそんなに言うならラジェンタを連れて来い!と開き直り、砦の客室に居座り続けているのだ。


「兎に角、ラジェンタの顔が見たいというのであれば、本人に来てもらってみるしかないな…」


と簡単にカインダッハは言うけれど…ラジーが素直に来てくれるだろうか?


俺の心配をよそに、萎れた叔父上とカインダッハを連れて転移魔法を使った。正直、俺の魔力なら世界中を一瞬で移動出来る。今はこの魔力が無駄に発揮されて、悩む間も無く小料理屋ラジーの店先に転移してしまったが…。


「相変わらず、スワイトの魔力量には驚かされるよ…」


「驚いている場合ではないですよ。叔父上は今からラジェンタに事情を説明しなければいけませんし…。」


何となく3人でどんよりしながら店内に入った。店内にはまだお客はいなかった、良かったと思いつつ…俺達の顔ぶれにラジーは慌ててカウンターを回って店の入口まで駆けて来た。


「ラジェンタ公女…お力をお貸しして頂きたい」


叔父上がそう言うと、ラジーは俺達の顔を何度も見返していた。叔父上が砦の一件を伝えるとラジーは顔色を変えた。


「じゃあ正式に何度も断っているのに押しかけて来ている…ということですか?」


「そ、そういう事だ」


あれ?何だかラジェンタは嫌がる風でもなく、ちょっと怒っているっぽい?


「分かりましたわ、私がガツンと言って差し上げましょう」


ガツン…どういう意味だろう?


という訳で、身支度を整えたラジェンタを連れて砦に戻った。ラジェンタのドレス姿久しぶりだな。


ところが砦に戻ると国境警備兵やリヒャイド=スカウデ大尉の様子がおかしい。


「殿下?!良かった…先程、エリーガ中佐と複数人の貴族が来ていて…シアヴェナラ=ジュエルブリンガー皇女殿下をこんな所にお留め置きするなんて…とか戯言を言って皇女殿下を砦から国内に連れて行ってしまったのです!」


「何だって!?」


「誰が許可した!」


俺と叔父上が怒るとリヒャイドは首を竦めた。


「殿下や大将閣下がお戻りになるまで待つように言っていたのです!今はニコライ=ワイセリ少佐が留まるように言っているかと…」


リヒャイドの言葉を聞いてすぐにワイセリ少佐の魔質とエリーガ中佐の魔質を探った。居た…!砦を出たすぐ横の街道に居る!


「飛びます!ラジーッ掴まって!」


「は、はい!」


ラジーを引き寄せて転移魔法を使った。


「…っ殿下!」


現れた俺達を見て、連れて来ていた軍の者達と国境警備兵達は一斉に安堵の声を上げた。


「何とか間に合いましたかね~」


相変わらず気の抜けるような物言いをして俺達をチラリと見た、ワイセリ少佐。


叔父上が一歩前へ出た。めっちゃ怒ってるぞ?貴族の者もエリーガ中佐もどうするんだよ?


「誰の許可を得て国内へ出ようとしている」


エリーガ中佐は顔を引きつらせていた。もしかすると俺達がここに来ているということは知らなかったのかもしれない。後ろの貴族の奴らも「嘘だろう?」「どうして?」とか呟いているし…。


「シアヴェナラ=ジュエルブリンガー皇女殿下、砦にてお待ち頂くようにお伝えしましたよね?エリーガ中佐…貴様は何の権限があって他国の王族を連れ去るような真似をした?」


エリーガ中佐は叔父上に問われて真っ青になっていた。そして慌ててシアヴェナラ皇女殿下の方を顧みていた。


「話が違うっ!どういうことだっ…」


と皇女殿下に叫んでいる。あ~なるほど、何かジュエルブリンガー帝国と密約でもしていたのか?


「何だ?皇女殿下がすんなりとこの国の王太子の婚約者に収まることが出来たら、側近の椅子でも準備してもらう話だったのか?」


俺がそう聞くとエリーガ中佐以下、後ろに居る貴族の奴らは魔質をビクつかせた。


「…全員を取り押さえろ!」


エリーガ中佐と部下の軍人…それと貴族の男数人は暴れに暴れたが、何とか拘束した。そして煩く騒ぐので皆纏めて亜空間に押し込んでやった。


「さて…」


叔父上の怒りの矛先はシアヴェナラ皇女殿下に静かに向かった。


ラジェンタは背筋を伸ばして叔父上の少し後ろに歩み出ると、皇女殿下に向かって優雅に淑女の礼をした。


「ラジェンタ=バラクーラと申します」


シアヴェナラ皇女殿下は目を見開き固まっている。ラジェンタは意に介さず微笑みを浮かべた。


「突然で御座いますが、皇女殿下がスワイト殿下の事を好ましいと思っている所はどこですか?私は嬉しい時や悲しい時はすぐに顔に出てしまう素直な所でしょうか?」


な…んだって?いきなり…そんな所が好ましいと思ってくれているのか?顔に熱が籠る…。


「シアヴェナラ皇女殿下はスワイト殿下のどのような所が好ましいと思われますか?」


ラジェンタは再度シアヴェナラ皇女殿下に聞いた。シアヴェナラ皇女殿下は目を泳がせながら、叔父上をチラチラと見てから口を開いた。


「ワイジリッテルベンシ王国の王太子で、眉目秀麗だと聞くし…世界一の魔術師だとして大陸に名を轟かせているわ」


俺が目の前に軍人の姿でいるのに、気づきもしないで喋る皇女殿下。


「ええ、それで?」


シアヴェナラ皇女殿下はラジェンタに促されて少し表情を和らげている。


「将来はこのワイジリッテルベンシ王国の国王陛下になられるし、私は国王妃!これで私は…また帝国一の令嬢に戻れるのよ!」


「帝国一?」


「ええ、スワイト殿下に憎き、エーカリンデを完膚なきまで叩きのめして貰って帝国の地を私に取り戻して欲しいのよ!」


「それでは…シアヴェナラ皇女殿下がスワイト殿下を好ましいと思っている所は、憎きエーカリンデを完膚なきまで叩き潰してくれそうな地位と魔力値と外見といういうことなのですね」


砦前は異様に静まり返っている…。皆が息を詰めてラジェンタとシアヴェナラ皇女殿下を見詰めている。


ラジェンタは急に高笑いをした。そしてひとしきり笑った後、ニヤリと笑った。


「スワイト殿下の良い所を挙げられない方を、スワイト殿下のお嫁さんとしては認めてあげる訳にはいきませんねぇ!ええ?何ですって?王太子殿下だ?そんなの親が国王陛下だから当たり前でしょう?顔が良い?これまた血筋に美形が多いから当たり前でしょう?おまけに叩きのめしてだぁ?あのですね、スワイト殿下って案外受け身なんですよ。自分から挑んで行ったり、ましてや戦争だなんて~。昔、足で踏んでしまって千切れた虫を見て大泣きしていたような子が人に手を挙げられますかって」


おいっ一体いつの話をしてるんだ!それ子供の時の話じゃないか?


「そんなに帝国の地とやらを取り戻したいのなら、人に頼ってないでご自分でなんとかなさいませ。それに言っておきますが、スワイト殿下の女性の好み…あなたと正反対ですわよ?オーーホホホ」


ラジェンタ圧勝…。


叔父上はジュエルブリンガー帝国の面々を本当に砦から追い出した。


「文句があるなら兵でも差し向けてみろ。一撃で仕留めてやる」


帰って行く皇女殿下の馬車を見てとんでもなく物騒なことを言っていた。


だがその後日とんでもない事件が起こった。


我が国と国交を樹立し、交易の為の条約の調印式に出席するためにエーカリンデ王国を出発した王子殿下、マーニエル殿下が賊に襲われたとの情報がもたらされた。


叔父上と一緒にエーカリンデ王国に駆け付けると、マーニエル王子殿下も大使も外務大臣も大事はないとのことだった。ただ逃げようとして慌てて馬車から飛び降りて、大臣がぎっくり腰になったのが一番の大怪我だという事だった。


犯人達は、ワイジリッテルベンシ王国の軍服を着ていたそうだ。皆口々に『ブリンガ語』で私達はワイジリッテルベンシ王国の者だ!調印式には行かせない!と叫んでいたそうだ。


最初はマーニエル王子殿下達も突然の襲撃に慌てていたが、よくよく考えればおかしいことだと気が付いた。ワイジリッテルベンシ王国の軍人がブリンガ語?貿易に関する調印式で軍人が何故反対するのか?


エーカリンデ王国のマーニエル王子殿下は元帝国の伯爵家の嫡男だった方だ。落ち着いてワイジリッテルベンシ王国を名乗る軍人の顔を見て納得したらしい。


「ジュエルブリンガー帝国の軍人でした。顔見知りの者が数名いました」


マーニエル王子殿下は苦々しい顔で溜め息をつかれた。


「我々が帝国から独立してやっと5年が過ぎました…帝国から侵略を受けて敗れた私達、旧エーカリンデの王族は、国民の命を守る為に泣く泣く伯爵位を受けました。そして元王国民に帝国に言われるままに圧政を強いてきました。民にただひたすらに耐えろと、そして独立の機会を狙い…元エーカリンデ王国の皆とやっと勝ち取った自由なのです。今まで帝国の圧政に耐えていた王国民を守る為にも我々はここで屈するわけにはいかないのです」


叔父上はマーニエル王子殿下に拳を見せた。


「ご心配されるな!我々ワイジリッテルベンシ王国の軍人が共に戦いましょうぞ!」


まあ叔父上も張り切ってるみたいだし、任せておけば防衛面は大丈夫だろう。


だったら俺は…。


「叔父上…シアヴェナラ皇女殿下につけている追尾魔法で、ジュエルブリンガー帝国の皇宮内にいつでも侵入出来ますよ」


「…!」


「スワイト、お前いつの間に…」


俺は叔父上とマーニエル王子殿下を見てニヤリと笑った。悪い顔をしている自覚はある。


「ラジェンタは散々罵ってスッキリしていたみたいだけど、私だってもっと…え~とガツン?と言いたかったんだ」


「ガツン?」


王子殿下が首を捻っている。


「渡り人の世界の言葉らしいですよ。攻撃的な言葉浴びせて相手を驚かせるという意味があるそうです」


王子殿下は笑顔になった。


「はい、私もガツンと言ってやりたいです!」


おじさんを含む俺達は、フフフと忍び笑いをした。



暑くなってまいりましたね、熱中症お気を付けて下さいませ

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