81話 怪盗魔王、会議を開く
キースの配下も、ずいぶんと充実してきた。
もちろん最初からいる四天王だけでも、かなりの執務をこなすことができた。
秘書としてのディアナ。
軍師としてのギンロウ。
捜査官としてのヴィクトル。
研究者としてのアレイラ。
更にそこに、多くの仲間が加わった。
元暗殺者、今は外交官のエラーダ。
氷精のひとり、参謀のレネー。
そして総合的な相談役を務めるのは、アルドベルグ盗賊団の親分だ。
「いちど、きちんと話をした方がいいのかもしれないな……」
そう呟いて、キースはジャムを口に運び、マグカップで濃い紅茶を飲んだ。
キースはときどき砦に出向いて、盗賊団のみんなとティータイムを過ごす。
たいていはディアナもついてくる。
そのディアナは右隣に、リュカは左隣、そして対面には親分が座っていた。
「なんだァキース! マリィの姉ちゃんがいるのに浮気でもしたのか!?」
親分の隣にいるペガトンが茶々を入れる。
「うるせえよペガトン! というか、マリィとはそういうのじゃねえから!」
「んなこと言っちゃって、やることはもうきっちり……」
そう言いかけたとき、マグカップの紅茶が凍りつきそうな声でディアナが言った。
「ペガトン様、魔王様は“そういうことではない”と仰っていますわ」
口から生まれたようなペガトンが、思わずその口をつぐむほどの迫力があった。
それにディアナがキースに抱いている微妙な感情は誰もが知るところだから、あまりつつくこともできない。
「お……おう……そうか。だよなァ、だよなァ。うんうん」
ペガトンは気まずそうにジャムを舐めている。
その後ろ頭を親分がごつい手ではたいた。
「……で、話ってのはなんだキース」
「いやさ、これだけ仲間が増えたんだから、言うことは言わないとだし、聞くことは聞かないとって話だよ」
「情報のすり合わせと、今後の方針をお定めになるための、会議を行うということでよろしいでしょうか?」
ディアナの言葉に、キースは頷いた。
「そういうことになるな。ある程度ゴタゴタが落ち着いたところだし、状況整理するには良い時期だろう……どうしたディアナ?」
ディアナは、ぽーっとした顔でキースを見上げていた。
声をかけられて、はっとしたように姿勢を正す。
「いえ、あの、魔王様が御自ら政治的提案をされたのは初めてのことかと存じまして……その……我らが魔王様なのだと改めて感じ入った次第で……」
「そうか……そいつはどうも、なんだろう、ありがとう?」
「……過分なお言葉でございます」
「ねえ、キースお兄ちゃんかいぎ? かいぎするの? 私も行っていい?」
リュカはキースの肘に抱きついた。
キースはその頭をくしゃくしゃと撫でる。
「大人の話合いだから、リュカは大きくなってからだな」
「私もう1人前のレディだもん!」
リュカの言葉に、話を聞いていた盗賊団のみんながどっと笑った。
「いいか、1人前のレディってのはまず男のひとりやふたり……」
余計なことを言いかけたペガトンの頭を、再び親分がどつく。
「でも、ギンロウのあんちゃんにレネーの姉ちゃん、あとヴィクトルのあんちゃんとエラーダの姉ちゃん、みんな外国にいるんだろ?」
「アレイラの【ゲート】で召還いたしますわ。そろそろカタもつく頃かと存じます」
「じゃあ、お願いしようか。あとできれば徒の代表も集めてもらいたい。彼らも欠かすことのできない仲間だ」
「かしこまりました。仰せの通りに手配いたしますわ。」
円滑な意見交換を行うのに、謁見の間は不向きだ。
家族である親分に膝をつかせたくないという事情もある。
ディアナに尋ねると、魔王城にも会議室があるということなので、そこを利用することになった。
――そして2週間後。
ヴィクトルとエラーダ、ギンロウとレネーは帰還。
魔王領のあらゆるところから、徒の長たちが集まった。
「しかし、ハイカラな部屋ですね」
エルフの長が呟く。
ドワーフの長がそれに答えた。
「そりゃ魔王様の居城だ、これくらいの部屋はあるわい」
白を基調とした清潔感溢れる広大な部屋は、煌びやかなシャンデリアや涼しげな観葉植物に彩られている。
それよりもこの空間を異質なものにしているのは、部屋の左右が一面のガラス張りになっていることだった。
部屋の構造上、外の景色が見える窓がここにあるのはあり得ない。
これはアレイラの魔法によるものだ。
キースはまだ会議室に到着していない。
その間みなは席につき、お喋りに花を咲かせていた。
「アシュトランでやり残した仕事は多いのだが……」
苦い顔を見せる外交官エラーダの言葉を、氷精レネーが継いだ。
「コールデンの後始末も、それなりに残っています。しかしこう頻繁に状勢が変わっては、会議が必要だというのも頷けることです」
「魔王様のなさることに間違いはない……」
ヴィクトルが呟くと、ひときわ大きな椅子に座ったギンロウが頷く。
「兄弟の言う通りだ。魔王様は無謬の存在。にも関わらずこのような場を設けてくださったのは、ひとえに我々に道を指し示す為に他ならぬ」
「道か……」
エラーダは窓の外を眺めた。
相変わらずの荒野だ。
ヴィクトルはそんなエラーダの横顔を見た。
「魔王様は邪魔者を皆殺しにする力をお持ちだ……しかし貴様は生きている……それが道を指し示すということだ……」
「う……」
エラーダは、ヴィクトルのせいで棺桶で餓死しかけたことを思い出す。
今思うに、あれはおそらく魔王の指示ではないと思う。
おそらくヴィクトルが妙な勘違いをして自分は死にかけたのだろうが、それは口に出さないことにした。
「そうだ、我々だけではない、魔王様は全ての存在に道を示される。コールデンとの戦が開かずして終わったのは、ひとえに魔王様が我々に、そして民に道を示されたからだ」
「確かに、あのタイミングで聖女を取り込んだのは見事と言う他ありませんね」
ギンロウとレネーの話に、アレイラが話に乗っかってくる。
「そうだよ、だから魔王様はすっごいの!」
アレイラは金鎖で装飾された帽子を撫でた。
「私の大事な大事な帽子を取り返してくださったんだもんね! あのバロン・アンリエットがぶっくぶくになって……ぷぷぷ!」
「隷下の者には慈愛の王であり……敵と見做した者には邪悪の化身としての力を示される……」
「えれえ褒めようじゃねえか」
「これは親分殿!」
ギンロウが立ち上がって親分を出迎えた。
アルドベルグ盗賊団は、キースの家族であり、協力組織として招聘しているというかたちになっている。
よって魔王国では、コールデンの教皇などとは比較にならない、高い地位にあるものとされていた。
「殿はよしてくれよ」
親分は笑いながら席についた。
「まあ、あいつは盗賊の頃からなかなか頭のキレるやつだ。この国もうまく回ってる以上、それだけの器があるんだろう」
そう言って、用意されたグラスの水をぐぐっと飲んだ。
「まあ、それよりもあいつにはずっと良いところがある」
「親分殿、できればお聞かせ願いとうございます」
座につきながらギンロウが尋ねると、親分はニヤリと笑った。
「褒められても天狗にならないところだよ」
そこで、会議室のジョセフの声が響き渡った。
「魔王様のおなりでございます」
親分を除いて、みなざっと背筋を正す。
キースは、ディアナとマリィを伴って会議室に現れた。
「待たせて済まなかったな。いろいろと打ち合わせがあったもんで」
そう言ってキースは、見上げるように高い背もたれのついた椅子に座った。
ディアナとマリィは、その両隣に。
「じゃあ、会議を始めようか。とりあえず、この魔王国がどういう姿勢で各国に対処していくか、その指針を伝えたいと思う。ジョセフ」
「かしこまりましてございます」
ジョセフは壁の上方に、大きく大陸の地図を広げた。
アレイラの【ゲート】と【スカウト】が可能にした、この世界でもっとも精巧な地図だ。
「魔王と人間との歴史は、戦いの歴史だ。しかし俺がそれを望んでいないのは、みんなわかってくれていると思う」
キースは場に集まった四天王や徒の長たちを見渡す。
「俺たちは基本的に、人間と敵対しない。可能な限り融和を進める。ただ……」
斜め後方に貼られた地図を見て、キースは言った。
「ただ……降りかかる火の粉は払う。俺たちが守るべきなのは、あくまで君たちみんなだ。俺がそう考えていることは、忘れないでいて欲しい」
会議室に拍手が湧いた。
エルフの長などは、実際に女たちを救われた経験があるためか、うっすらと涙をためている。
「ではみんな。まず現在の状況を整理しよう。意見、情報のある者は挙手して欲しい」
真っ先に手を挙げたのは、氷精のレネーだった。
「コールデンでも、各国の情報は入ってきております。まずトリストラム、そしてアシュトラン、コールデン。西方4か国のうち3か国と同盟を結んだ以上、大陸西部はほぼ併呑したも同然と考えられます。残りの1か国、ラデン公国の静けさは不気味ですが、敵対の様子を見せない以上、こちらから手を出すこともないかと」
レネーは魔王領の奥地で、国政とは無縁の暮らしをしてきた。
しかしギンロウと行動を共にするうちに、政治というものがどういうものか、まるで海綿が水を吸うように学んでいったのだ。
この成長には、キースも驚いた。
続けてギンロウが手を挙げた。
「東方の大国、イヴァン帝国は、我々に対して何の反応も示してはおりませぬ。おそらくは小国との戦争に明け暮れているからではないかと存じます。しかし動向は注視しておくべきかと」
「なるほど、東には目を向けていなかったな。覚えておこう」
次に手を挙げたのはディアナだ。
「お二方の言葉通り、外患の懸念はある程度治まったのではないかと存じます。となれば、いま目を向けるべきは我々自身かと。魔王領は広大です。氷精の見張りがあるとはいえ、その末端まで目が届かせるのは難しい状況ではないでしょうか」
「確かにそれは、その通りだ。氷精にも限界がある。だろう、レネー?」
「仰る通りです。特に南方地域は気温が高いので、我々の防衛網が完全に機能するとは申せません」
南方地域には、エルフの里がある。
魔王城から遠く離れていたからこそ、エルフの誘拐などということがまかり通っていたのだ。
そこで挙手したのが、当のエルフの長だ。
若く美しい女性だが、何歳になるのかは見当もつかない。
「ご安心くださいませ、魔王様。我々も日々鍛錬を積んでいます。弓兵を中心とする常備軍も整備いたしました。もはや防備は万全と言っても過言ではないでしょう。人間どもの手に落ちるようなことはもう2度と……」
「会議中に失礼いたします!」
長が胸を張って発言しているその真っ只中に、会議室に入ってきたのは、キースも覚えている顔だった。
エルフの中でもとびきり美しく、弓兵たちを指揮するフィオーレ。
里から大急ぎで来たのだろう、その端正な顔にはおびただしい汗が流れていた。
ただ事ではない様子だ。
彼女がエルフの長に何かを耳打ちすると、長の顔は真っ青になった。
「何かあったのか?」
キースの問いに、エルフの長は震える声で答えた。
「今……我々の里が……燃えています……!」
会議室がざわめいた。
右手を広げて、キースは一同を黙らせる。
「悪いが会議は中止だ。ギンロウ、アレイラ、エルフのふたり。俺たちで直接現場に出向く。アレイラ、【ゲート】の用意を」
キースは椅子を蹴って立ち上がった。
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